2020年12月13日 16:10 掲載

ライフスタイル 競走馬を運ぶ「馬運車」とはどんな車?

有名な競走馬の名前が車体に入った大型車両を見かけたことありませんか? あの車の名称は「馬運車(ばうんしゃ)」と言い、文字通り競走馬を運ぶための特装車です。いったい、あの車の中はどうなっていて、どのように運ばれているのでしょうか。

くるくら編集部 上條謙二

馬運車でも厳禁! 3つの急のつく運転

馬運車|くるくら

馬の積み込みは、馬運車の後部から。タラップを地面に下ろし、緩やかなスロープを作って馬を車内に誘導する。

馬運車|くるくら

馬房内に積み込まれた競走馬。中央の1列は、馬房内で厩務員が移動できるようにスペースを空けてある。

 馬運車は、JRA(日本中央競馬会)が直接保有しているのではなく、競走馬の輸送を専門に扱う会社の持ち物です。そんな会社の一つ、日本馬匹輸送自動車株式会社は競走馬の輸送事業で73年の歴史を有する会社。競走馬輸送を主な業務とするJRAの子会社です。同社の実績の中には、1964年のオリンピック東京大会で、馬術競技の競技用馬の輸送を受け持ったこともあるそうです。ちなみに社名にある「馬匹」は「ばひつ」と読みます。馬のことだそうです。今回お話を伺ったのは同社所属の小泉弘さん。30年以上のキャリアを持つ馬運車ドライバーです。

 「馬運車」は、例えばトレーニングセンターから競馬場への輸送なら、競走馬の住まいである厩舎で競走馬を積み込んでいきます。夏の北海道開催(札幌競馬場、函館競馬場)などではフェリーを利用した海上輸送も行われますが、競馬場までの輸送は基本的に陸路になります。

 厩舎には、厩務員という人が競走馬の世話をしていますが、輸送時はこの厩務員も馬運車に同乗し、馬運車への馬の積み込み、積み下ろしから輸送中の馬の体調管理を担当しています。

 では馬の輸送の主役である馬運車、その中は、どんなふうになっているのでしょうか?

 馬運車は大きく分けて、人間の乗車スペースで運転席のある「キャビン」と、競走馬の積載スペースで荷室にあたる「馬房」に分かれます。

 まずキャビンには、ドライバーの他、厩務員も同乗しています。厩務員は輸送中の競走馬の状態に常に気を配り、何か異変があれば即座に対応します。ドライバーは運搬の専門家であって、馬の世話の専門家を同乗させる必要があるわけですね。ただドライバーも荷物や水を運び込む手伝いなどは行います。

 ドライバーは、関東や磐越地区の競馬場への輸送では一人で、関西以西や北海道などへの長距離輸送になると2人体制での運行が基本です。

「キャビン」は、馬房とは隔壁で仕切られており、後方の馬房の様子を確認するための窓や馬房内に出入りできる扉が取り付けられています。厩務員はドライバーの横の助手席か、馬房との隔壁を背にした後列に乗車します。

 ドライバーが座る運転席周りはまるでトラック。運転席には、馬房内の馬の様子が常時映し出されるモニターが設置されており、厩務員用に取り付けられたモニターと2台のモニターでドライバーと厩務員とがそれぞれ監視します。

 特にモニターでは「キョロキョロしてるとか、汗をかいているとか、暴れる前兆みたいな挙動をとっていないかに注意します。馬も人間と同じで暴れる前には目つきが変わるんです。そんな様子を感じ取ったら、輸送中でもすぐに車を止めて、厩務員は馬を固定する枠を広げるとか、スペースを広げるとかの対応をとります。暴れてケガなどしないようにその前に対処することが重要です」。

 一方、馬房には、前3頭+後ろが3頭で、全部で6頭の馬を積み込むことができます。馬はすべて進行方向を向いて積まれ、1頭1頭のスペースは仕切られています。

 馬を積み込むときは、馬運車後部にある乗降口を開け、タラップを地面に下ろし緩やかなスロープを作って馬を車内まで誘導します。その際も馬がスロープを踏み外して落ちないように両側には転落防止板が備え付けられます。

「馬房には、最大で馬6頭分を積み込むことができます。でもJRAの競走馬を輸送する場合は、真ん中の1列、前後で2頭分のスペースを空けて、後ろ2頭+前2頭で4頭を積み込む形」(※小泉さん以下同)になります。空けられた真ん中の1列は、同乗する厩務員が馬の様子を見たり、世話をしたりするための移動用のスペースです。

 馬は車に積み込まれると目的地に着くまでは立ちっぱなしです。立ったまま寝ることもあります。しかし馬にはストレスを与えないよう、馬房内の環境は馬にとって最適に保たれています。例えば、馬は暑さに弱い動物なので、夏場は人間には肌寒い20℃くらいの温度に馬房内のエアコンを設定します。

「馬は汗っかきな動物なんです。いれ込む(興奮して落ち着きのない状態のこと)馬には特にエアコンを強めに入れたりします。馬は汗をかくと体をかゆがります。馬は自分で体をかくことができないから、体のかゆさがストレスにならないよう、汗をかかせない配慮を十分にします」。

 そんな汗っかきの馬ですから、冬場であっても、馬房には暖房は入れません。というのは、馬の平熱は37.5~38.0℃くらいと高く、「馬房内に馬が4頭いると冬場でもかなり温かくなります。馬の発熱量はかなりのものです。換気扇や窓の開閉によって、外と中の空気を混ぜて馬房の室温をコントロールしています」とのこと。車体側面に窓がいくつもあるのは、外気を取り込むためでもあったんですね。

 また馬運車によっては、天井からカーテンが下りる設備がついています。

「隣に馬がいるのを嫌がる神経質な馬には、馬同士が見えなくなるように、カーテンを下ろしてお互いが見えなくなるようにします」。ちなみに厩務員の間で使われる用語では、このカーテンを下ろすことを「幕を下げる」と言うそうです。

 現在、同社では98台の馬運車(2020年11月20日現在)が稼働している中、一見観光バスのような、トラックシャーシにバスのボディーを載せたタイプの車両が半分以上です。最近では衝突安全基準の点などから、ボディー強度のよりしっかりした、見た目がトラックの雰囲気がやや強いトラックキャビンがベースになった車両に変わりつつあります。

 何しろ馬運車で輸送するのは高額な競走馬(中には1頭数億円もするような馬も)です。

「輸送によってケガをさせることは何があっても避けなければなりません。しかも競走馬という動物はとても繊細で、長時間の輸送中にストレスが一因となって『輸送熱』という発熱を伴う病気になることがあるんです。馬運車の運転の際は、常に競走馬に極力負担がかからないように配慮しています」とのこと。

 馬の積み込みや積み下ろしはもちろん、運転中にも細心の注意が必要となります。

「とにかく急のつく運転は厳禁で、急ハンドル、急発進、急ブレーキの操作にならないように気を付けます。馬は繊細な動物なので、輸送中は予測不能な動きによってびっくりさせないような運転を心がけています」とのこと。車の急な動きで馬がお尻をついたり、不用意な力が加わって足を傷めたりしたら大変です。またビックリさせて馬にストレスがたまれば、レース結果に悪影響を与えることになりかねません。

馬運車|くるくら

馬は一旦車に載せられると目的地に着くまでは、仕切られたスペースで立ちっぱなしになる。ときにはスペースを広げたり、水や飼料を与えたりして、輸送中でもリラックスできるように世話をする。

名前が入っている馬は、その車の中にはいませんので

馬運車|くるくら

磐越自動車道を走る「エイシンフラッシュ」号。最近はこの馬運車のようなトラックキャビンがベースになったタイプの車両に変わりつつある。

 最後に馬運車のボディ側面に入っている馬の名前のことを伺いました。

「入っている馬の名前は、基本的に日本ダービーの優勝馬なんです。古いものは戦前までさかのぼりますけど、いずれも日本の競馬の歴史を彩る名馬の中の名馬たちです。ダービー馬が引退して、関係者の了解をいただいて、それで名前が入れられるのですが、近年は新規の導入車両も増えてきたので、ダービー馬以外にも年度代表馬とか顕彰馬(東京競馬場内の競馬博物館に殿堂入りしている馬)にまで対象を広げて採用しています」とのこと。

 よくある勘違いとして、車体に入っている名前の馬が、その車に積み込まれていると思われることがあるそうですが、「車体に入っている名前の馬は、その車の中にはいませんから」と小泉さん。確かにずいぶん昔に重賞レースを勝って、とっくの昔に引退してしまったような馬の名前なども見受けられます。馬運車は、名前の入った馬の専用車じゃないんですよ。

【取材協力:日本馬匹輸送自動車株式会社】

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