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最終更新日:2016.12.14 公開日:2016.12.14

道路はそのままで小説になる~『湾岸道路』と『夜霧の第二国道』

 道路の名称が、ただそれだけで小説の題名になる、とはっきり意識したのは、いつのことだったか。小説を書き始めてからのことであるのは確かだ。題名には苦労がともなう。意識と無意識の中間あたりにいまも漂っているのは、『夜霧の第二国道』という歌謡曲だ。メロディのぜんたいが第二国道であり、特に「第二国道」という言葉が譜面にのった、F、C7、Fの二小節は、こんな言葉がこうもなるのか、という感銘を大学生だった頃の僕にあたえてくれた。
 道路の名称を題名にした僕の小説は、第二国道を出発点にしている。『箱根ターンパイク置いてけぼり』という題名の短編を書いた記憶がある。ほぼおなじ時期に『小牧インターチェンジ待ちぼうけ』という題名でおなじく短編を書こうとしたのだが、いまにいたるもそれは実現していない。待ちぼうけなら、いくらでもあるはずだ。箱崎ジャンクション、という名称も短編の題名に使いたい、とせつに思った。置いてけぼり、待ちぼうけ、そしてその次は、なになのか。その次が、いつまでもないままだ。
 『湾岸道路』という題名は、すんなりと編集部の同意を得ることが出来た。『環状七号線』という題名でも長編を書きたいものだ、とかつて思った。第一部と第二部とに分かれていて、第一部は「内回り」で、第二部が「外回り」だ。東関東自動車道も使えるかな、と思ったことがある。下り坂を下りきると、いきなり日本海側の世界に入るところが、どこかの自動車道にあった。あ、日本海側だ、と全身で感じるあの瞬間を、小説の題名に出来ないものか。首都高速道路、という六文字も、字面は良いのではないか。しかしこれだけでは殺風景なので、なにかをつけ加えなくてはいけない。高速3号渋谷線ならいいかもしれない。高速湾岸線もある。千葉街道もなぜか使いたい。どんな言葉を加えれば、千葉街道が引き立つのか。第三京浜では、泣きながら第三京浜、という題名を考えたのだが、よせよ、泣かすなよ,からっと笑えよ、という意見があり、考慮中だ。これで笑うか千葉街道、というのはどうか。東海道、山陽道、国道2号線なども、使いたい。
 ずっと以前の時代劇映画の題名に、『勢揃い東海道』というのがある。道中とか五十三次といった言葉も、いまの小説の題名のなかに使えないものか。第二京浜多摩川大橋、という言葉もいいと思う。自動車でこの橋を渡るあいだという、きわめて短い時間がストーリーの核になっている、切れ味鋭い、クールのきわみのような短編を書きたい。

文=片岡義男

公式サイト「片岡義男.com」https://kataokayoshio.com/

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HARLEY-DAVIDSON FXS1200ローライダー

『湾岸道路』に描かれる空気感は、現在の湾岸道路を思い描くと、かなりイメージが違ってしまう。小説の舞台となった湾岸道路は、35年以上昔の開発途中だったそれである。信号機や道路標識はもちろん、地面や草木までもが人為的に作られたその埋立地は、まるで未完成のジオラマのように、次の空間が埋まるのを待っていた。当時の湾岸道路一帯は、心地よい空虚に満たされた、東京の中の異空間だった。
 そんな場所で繰り広げられるストーリーもまた、とびきりシュールでクールな味わいだ。美男と美女、誰もが憧れるような夫婦関係に訪れた、突然の別れ。もちろん伏線はあるのだが、主人公の女性の視点に立てば、それはあまりに唐突な出来事だった。
 男はハーレーに乗って立ち去った。ひとり湾岸道路に置き去りにされた女性は、消えてしまった男を客観的に理解しようと努め、やがて同じようにハーレーに乗って旅立つという回答を導き出す。そして誰もいなくなる。
 彼女を旅に駆り立てたものはなにか。その真意は定かではないが、彼女がハーレーに跨って旅立ったことは理解できる。日常を脱し、男を追いかけるでもなく、まったく新しい生き方に踏みだす彼女には、Ⅴツインが生み出す強大なトルク感と鼓動が必要だった。ハーレーには、目的地のない旅にライダーを誘う「原動力」が秘められているのだ。湾岸道路という非日常的空間で描かれる、非日常的な物語の中で唯一のリアル。ハーレー・ローライダーとは、どんなオートバイなのだろうか。

■混乱期に誕生した、奇跡の純正カスタムモデル

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FXS1200ローライダー(1977年):全長×全幅×全高=2,337×711×‐(㎜) 車両重量=275kg エンジン形式=4サイクルV型2気筒OHV 排気量=1,207㏄ 最高出力=65ps/5,600rpm

 1907年に誕生したハーレーダビッドソンは、アメリカを象徴するオートバイとして、不動の地位を確立している。だが、決してその経営は順風満帆なものではなかった。ハーレーダビッドソンに最大の危機が訪れたのは、69年のAMFによる買収劇であった。
 日本車の台頭などにより、かつての好調な販売に翳りが見えていたハーレーは、経営不振から、製造機器メーカーのAMF(アメリカン・マシン・アンド・ファウンドリー)による買収を受け入れた。だが、大量生産で利益を上げようとするAMFの方針は、やがて品質の低下という事態を招いてしまう。そんな苦境を救ったのが、創立者の一人、オールド・ビル・ダビッドソンの孫である、ウィリー・G・ダビッドソンであった。
 当時、デザイン部門に籍を置いていたウィリー・Gは、それまでのハーレーファンの中核を担っていた保守的なユーザーたちではなく、まだ少数派だったカスタム好きたちに注目。既存モデルのパーツを組み合わせた、まったく新しいハーレーを生み出す。これが71年に発表された「FX1200スーパーグライド」だった。ビッグツアラーであるFL系のフレームに、軽快なXLスポーツスター系のFフォークを移植したこのモデルは、FXというコードを与えられ、ハーレーの新たな潮流となる。
 77年、彼はこのスーパーグライドをベースに、ドラッグバーハンドルを装備し、燃料タンクに速度計と回転計を縦に配置した斬新なモデルを送り出す。スーパーグライドのシート高を低くした着座ポジションから、「FXS1200ローライダー」と名付けられたこのモデルは、クールなカスタムハーレーを求めていた多くのファンの注目を集め、発売と同時に大ヒットを記録した。
 翌78年、CDI点火を採用したローライダーは、ヘッドアングルをさらに寝かせたスタイルに進化。79年には排気量を1,340㏄に拡大し、バックホーンタイプのアップハンドルを装着した「FXS80ローライダー」もラインナップに加えられた。

■AMFからの独立とニュー・エンジンへの転換

 環境問題に対応するための設備投資の増加など、ハーレーを取り巻く状況は、80年代になっても相変わらず好転しなかった。しかし、それが逆にAMFにハーレーを売却するという決断を下させ、ハーレーは、売却されたハーレーを自ら買い戻すことで再び独立に成功。81年には「ハーレーダビッドソン・モーターカンパニー」として再出発を果たした。そして84年に採用したのが新しいエボリューション・エンジンだ。
 ハーレーの歴史はエンジンの歴史でもある。29年のサイドバルブから始まり、初のOHVを採用した36~47年のナックルヘッド、シリンダーヘッドが鍋に似ていることに由来する48~65年のパンヘッド、同じくシャベルに似た66~84年のショベルヘッドと、ハーレーのエンジンは進化してきた。
 エボリューションは、AMF傘下で失った信頼を回復すべく、コンピューター解析と高度な品質管理によって生まれたエンジンだった。ローライダーにこの新エンジンが搭載されたのは85年のこと。さらに従来のグライドフレームに代わって、すべてをアーク溶接で仕上げた新フレームも採用された。「FXRSローライダー」と名付けられたこのモデルは、スポーツエディションやコンバーチブルといった、数々の派生モデルを生み出した。また、93年には、「ダイナグライドフレーム」という剛性の高いダブルクレードル式のフレームに変更。その名称から、FXDLダイナ・ローライダーと呼ばれることになった。

■動力性能の向上、そして最新のローライダーへ

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FXDLSローライダーS(2016年):全長×シート高×全高=2,390×685×‐(㎜) 車両重量=305kg エンジン形式=4サイクルⅤ型2気筒OHV 排気量=1,801㏄ 最大トルク=143Nm/3,502rp

 99年、ハーレーのエンジンは、それまでのエボリューションから、カムを2本に増やした「ツインカム88(88キュービックインチ=1,450㏄)」となる。この変更は、大排気量時代にふさわしい快適なクルージング性能を得るためで、04年には環境対応によるインジェクション化(FXDLIローライダー)も実施された。ツインカム88は、その後も排気量を96、103と拡大。2016年にはついに1,801㏄のツインカム110を搭載した、最新型の「FXDLSローライダーS」が発売された。
 FXDLSローライダーSは、基本的にはFXDLローライダーにツインカム110を搭載したモデルである。だが、そのスタイルは大きく異なっている。渋いブラックに統一されたカラーリングにビキニカウル、日本人デザイナーが手掛けたというその外観は、驚くべきことに、初代ローライダーと同じ77年に登場した伝説のカフェレーサー「XLCR1000」へのオマージュそのものなのだ。デザインモチーフを同じ年に誕生したもう一台の歴史的オートバイに持ってくるとは、その遊び心のなんとも粋なことか。
 メーカー純正カスタムとしてウィリー・Gが生み出したローライダーは、「低く、長い」という伝統を守り続けながらも、カスタムという本質を見失っていなかった。伝統と変革を併せ持つローライダーは、いつでも新しい可能性を模索し続ける存在なのだ。

写真協力=ハーレーダビッドソンジャパン
参考資料=ハーレーダビッドソンの100年(八重洲出版)、100 YEARS of HARLEY-DAVIDSON 日本版(ネコ・パブリッシング)、ハーレーダビッドソン80年史(グランプリ出版)

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