【フリフリ人生相談】第400話「隣家ダンサーの騒音問題」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「となりの部屋の騒音問題」です。 答えるのは、主婦でありママでありビジネスウーマンの恵子です。
旦那はビビってる?
な、なんと、フリフリ人生相談、今回で第400話達成です! スタートは2006年春。かれこれ16年の長きにわたり連載が続いてきたわけです。それもこれも読者のみなさまのおかげ……というより、常識はずれの編集長の忍耐強さのおかげ、ですかね。まぁとにかく、読者のみなさまと関係者のみなさま、ありがとうございます。
500回、そして1000回と続いて、こうなりゃめざせギネスだぜ、ってところまでがんばりますぜ。
で、今回のお悩みは、400回を飾るにふさわしい話題! というわけでもなく、ごくごくふつうの、いつもの感じなところが「フリフリ」なのでございますなぁ。
30代の主婦からのメールです。イニシャルA.H.さん。引っ越したばかりのマンションで勃発した騒音問題……。
「主人の仕事の都合で、ある地方都市に引っ越してきました。築数年のマンションの1階・角部屋を借りました。陽当たりもよく、2Kで、夫婦ふたりには少し広すぎるくらいなのですが、ここで子どもができてもいいね、なんて話しています。ところが、入居して2週間で、大変な問題が発覚しました。となりの部屋からの騒音です。ドンドン、ズンズンという振動が壁を伝ってきて、ベランダに出てみると、ものすごい大音量の音楽が聞こえます。どうやら、となりの住人はダンサーのようで、ジャージみたいなラフな服を着た若いカップルを見かけます。週末になると、仲間たちがやってきて宴会みたいになり、ダンスがはじまるのです。壁が薄くて騒音が丸聞こえというわけではなく、重低音が響き、部屋のなかで踊っているのがわかります。うちの旦那に抗議してくれるように言っても、ダンサー風の若者にビビっているのか、まったくなにもしてくれません。旦那のその態度にも腹が立っています。部屋のなかで踊る、なんていう非常識に、どう立ち向かったらいいのか、お知恵を授かれれば幸いです」
なんてお悩みです。隣家の騒音。よくありそうな大問題ですが、となりがダンサーっていうのがどうなの? という感じです。
今回は、恵子に回答をお願いしました。主婦の視線と経験から、なにか鋭いアドバイスでもあれば、と、思ったわけです。
「ふん」
と、お悩みメールを聞き終わるなり、いきなり、恵子は鼻を鳴らして顔をしかめたのです。
「なになに、あまりによくあるお悩みで、不満なの?」
「っていうかさぁ……私からの答えをひとことで言っとく」
と、恵子は鋭い視線で私を見つめ、
「おだまり!」
と、射すように言い放ったのです。
そのあと、少しだけ頬をゆるめて、
「……って感じかなぁ」
と、笑いました。
私もつられて笑いました。
「ビビってないで、となりの家に言って、おだまり! って、ビシッと言ってやれってことだね」
自分で解決しろってこと
すると、恵子は大袈裟に首をふり「違うわよ」と大きな声を出します。
「私が言いたいのはそっちじゃなくて、この主婦よ、A.H.さん、だっけ? 今回のお悩みの当事者! 旦那さんもビビってなにも抗議しないって怒ってる、その人、その人に言いたいわけ、おだまりって! ほんと、最近、そういうこと言う連中ばっかりなのよ、私のまわりも。やれ、A社の担当がまぬけで、とか、B社が能力低いとか、あそこの現場担当が遅刻したとか、そんなことばっかり。納期とか、予算とか、クオリティとか、とにかくうまくいってないことは、全部、他人のせいなのよ。おかしいでしょう? 私はそんなことを聞きたいんじゃないの、自分の仕事なんだから、責任ある立場で現場を仕切ってるんだったら、いちいち取引先の担当者の悪口言うなって話よ。わかる?」
「いや、あの、それって……」
などと、私は口ごもるしかありません。
「問題はとなりの騒音で……週末の大音量とダンスなんだけどね」
ズンズン、ドンドン、と、きっとライブハウスの階段をおりていく雰囲気なんだと想像します。となりの部屋にダンサーがたむろしている、なんてことが大問題なのです。
「だったら、となりの家に行けばいいじゃない?」
「は?」
「旦那になんとかしろ、なんて言ってないで、自分でとなりにピンポンするしかないじゃない。ピンポンってやって、出てきたら、となりに引っ越してきた者ですけど、ものすごい音がするんですけど、なにやってるんですかって聞いてみる。ふつう、それしかないでしょ?」
「いや、でも、ジャージ姿のニーチャン&ネーチャンだよ……わかんないけど、髪の毛を派手に染めたヒップホップだよ、ダンサーだよ、怖くない?」
「なにそれ」
と、恵子はあからさまに馬鹿にしたように笑います。
「バッカじゃないの? 騒音問題とか言いながら、結局のところ、幼稚園ができた子どもの声がうるさいって抗議する老人の感覚って話じゃない?」
「へ? どういう意味?」
なんだか、とんでもないところに話が飛んでるような気がして、私はあたふたと恵子を見つめるしかありません。
そんな私のうろたえている様子を見て、恵子は少しだけ声のトーンを落としてくれました。
「かわいい孫ができてデレデレしてるお爺ちゃんは、幼稚園から聞こえてくる音を騒音だとは思わないのよ。うちの両親も、孫ができたころ、近所の幼稚園に行ってお遊戯を習いたいって真顔で言ってたもん」
「…………」
「となりでダンスしてるなら、そこに入っていっしょに踊ってくればいいのよ。30代の主婦ならダイエットにちょうどいい、くらいの感覚で、仲間に入れてもらう。そしたら、となりのダンスミュージックは騒音でもなんでもなくなる。まずは、そうやって自分で解決しないとダメ。旦那がビビってなんて、口が裂けても言っちゃダメなの」
「そう……なのかなぁ」
と、私はまたまた口ごもってしまったわけです。
理解なくして解決はない
「えーと……」
ゆるゆると言葉を選びながら、私は恵子に笑いかけました。
「今回のお悩み……隣家からの騒音問題に対する恵子の回答は、となりに行ってダンスを習えってことで、いいのかな?」
「そうね、いっそね。すっきりとまとめると、そういうことよね。取引先の担当者に文句ばっかり言ってる会議なんて、不毛なのよ。居酒屋行っていっしょに酒飲んでこい、カラオケに行って肩組んで歌ってこいって言ってる昭和世代のおっさんたちのほうが、まだまし」
「はあ」
昭和世代のおっさんとしては、苦笑するしかありません。
「ワガコトとして考えて仕事するって、そういうことだと思うのよ。相手と話しもしないで、大家に訴えるとか弁護士立てるとか、そんなのがクールな解決策って思ってるんなら、馬鹿よ。ただの仕事ができないヤツ……。アメリカってさぁ、訴訟社会とか言いながら、けっこうホームパーティとかやるじゃない? まずはビール持ちこんでピザを取って馬鹿騒ぎするってことよ。それが、となり近所との関係をうまく維持する方法」
「なるほど……」
私は深くうなずいたのです。
ホステス気質の恵子が、となりに住んでるのを想像してみました。そんな奥さんにホームパーティに誘われたら行っちゃいそうです。ただ、それがどの家庭にも通用するかというと、むずかしい。恵子みたいな主婦はまず、いません。
「なに?」
と、勝ち気な目で見つめる恵子に、たじたじしながら、私は言葉を選びます。
「いや……今回、よくわかったことがあるなぁって」
「なに?」
「恵子ネーサンは、いまの部署の若い連中に言いたいことがある」
「そうね。そうなのよね」
「山のように」
「うんうん……ほんッとにね」
と、恵子の愚痴はまだまだ続きそうなのでした。