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公開日:2025.12.29

現存する世界最古の車名を持つ「ロールス・ロイス ファントム」が今年で生誕100周年!その初代モデルとは?──名車伝説はこの1台からはじまった【世界の名車・珍車図鑑】Vol.21

8代目にして最新のロールス・ロイス ファントム

歴史に名を残した名車・珍車を紹介するコーナー。今回は2025年で生誕100周年を迎えたロールス・ロイス初代ファントムが登場!

8代目にして最新のロールス・ロイス ファントム

文=武田公実

写真=ロールス・ロイス・モーター・カーズ

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1925年に誕生! ロールス・ロイス初代ファントム

歴代モデルを通して悠久の歴史を誇るブランド、あるいは往年の名作がのちに復活を遂げたブランドなど、現代の自動車界には長い歴史を持つ車名が数多く存在する。そしてその数だけ、「初代」モデルが存在している。

その初代の成功があればこそ後世まで長く作り続けられ、また後年に蘇る原動力ともなった──。本特集では、そんな素晴らしき名車たちを紹介していく。

今回は、自動車界において現存するもっとも古いモデルネームを持つ存在であり、ロールス・ロイスの最高級プレステージカーとして君臨し続ける「ファントム」の初代についてお話ししよう。

ロールス・ロイス 40/50HP ファントムI (1926年式)

ロールス・ロイス 40/50HP ファントムI (1926年式)

偉大なるシルヴァーゴーストの後継車

ロールス・ロイス「ファントム」には、二つの重要な要素がある。ひとつは言うまでもなく、世界で最も高級なプレステージカーであること。

もうひとつが、自動車界における世界最古のモデルネームであることだ。今からちょうど100年前、1925年に初代となる「40/50HP ファントム」が登場して以来、途中に二度、約10年の空白期間を挟みながらも、通算で一世紀に及ぶ歴史を綴ってきたモデルネームなのである。

第一次世界大戦が終結し1920年代を迎えたころ、「The Best Car in the World」を自ら標榜し、世界的名声を博していた「40/50HP シルヴァーゴースト」も、1907年のデビューから約20年が経過し、その神通力に次第に翳りが見え始めていた。

当時、「イスパノ・スイザ」をはじめとする超高級車市場のライバルたちは、戦時中に獲得した航空機技術を反映したSOHCエンジンなど、ヴィンテージ期(1919〜1930年)の最新テクノロジーを次々と導入していた。一方でロールス・ロイス40/50HPシリーズは、依然としてエドワーディアン期(1905年〜第一次世界大戦前)の設計に留まっており、商品力の面からも早急な刷新が求められていた。

そこで1925年5月2日、新たなるロールス・ロイスのフラッグシップとして発表されたのが、40/50HPシリーズ第2世代にして、現代でもグレード名として受け継がれる「ファントム」の初代である。

「ファントム」とは英語で「幻」「幻影」、あるいは「幽霊」を意味する言葉。すなわち「銀の幽霊」を意味するシルヴァーゴーストの正統後継者であることを、ネーミングによって明確にアピールしていたのだ。

1923年、イギリス・チチェスター近郊のウェスト・ウィッタリング、エルムステッドの自宅で、プロトタイプのロールス・ロイス・ファントムIに乗ったサー・ヘンリー・ロイス卿

1923年、イギリス・チチェスター近郊のウェスト・ウィッタリング、エルムステッドの自宅で、プロトタイプのロールス・ロイス・ファントムIに乗ったサー・ヘンリー・ロイス卿

もっとも、初代ファントムは、モデル末期のシルヴァーゴーストとほぼ共通のシャーシーに、まったくの新設計となる直列6気筒OHV・7.7Lエンジンを搭載したモデルとも言える。裏を返せば、20世紀初頭の設計でありながらヴィンテージ期初頭まで延命されたシルヴァーゴーストの完成度の高さが、あらためて浮き彫りになったともいえる。

のちに「ファントムⅡ」が登場したことで遡って「ファントムⅠ」と呼ばれるようになったこのモデルには、シルヴァーゴースト時代のサイドバルブから一歩進化した、オーバーヘッドバルブ(OHV)方式のエンジンが搭載された。

ロールス・ロイスは第一次大戦中、航空機用エンジン「ホーク(液冷直列6気筒7.3L)」の開発・生産を通じてSOHCの十分な経験を積んでいたが、それでもファントムⅠではOHVに留めている。そこには、石橋を叩いて渡るがごとき、ヘンリー・ロイスの保守的かつ慎重な設計思想が色濃く表れていると言えるだろう。

加えて、小型モデル「20HP」開発時に、試作エンジン「ゴスホークⅠ」のDOHCヘッドで苦労した経験も影響していたのかもしれない。

完璧主義者、ヘンリー・ロイス渾身の初代ファントム

ロールス・ロイス 40/50HP ファントムI (1926年式)の優雅なインテリア

ロールス・ロイス 40/50HP ファントムI (1926年式)の優雅なインテリア

ロールス・ロイス 40/50HP ファントムI (1926年式)

ロールス・ロイス 40/50HP ファントムI (1926年式)

ファントムⅠ用ユニットの基本設計は、「ベイビー・ロールス」と呼ばれた20HP用の直列6気筒OHVに近いものだった。ただし、20HPが全6気筒を一体鋳造したモノブロック式だったのに対し、ファントムⅠのそれは、シルヴァーゴースト同様、3気筒ずつ鋳造した2分割ブロック式を採用している。

ボア×ストロークは108.0×140.0mmで、総排気量は7668cc。ブロックと同じ鋳鉄で作られるOHVヘッドは、吸排気ポートが左側に並ぶカウンターフローで、1気筒あたり2本のプラグを備えるツインイグニッションを採用。キャブレターはロールス・ロイス自社開発品が組み合わされた。

そしてOHV化によって高回転化が進んだ結果、パワーピーク時の回転数は後期型シルヴァーゴーストより500rpm高い2750rpmに達する。最高出力はロールス・ロイスの慣例により公表されていないが、推定で約90hpまで向上していた。また、1928年にはシリンダーヘッドを軽合金化などのモディファイが施され、その推定出力は約100Hpに達した。

一方、ファントムⅠのシャーシーは基本的にシルヴァーゴーストの設計を踏襲したコンベンショナルな構成ながら、ロールス・ロイスの生産者として初めて実用的なショックアブソーバーを装備した点は、大きな進化と言えるだろう。

ロールスロイス ファントム I セダンカ ドゥ ヴィル BY フーパー (シャーシ 101CL)

ロールスロイス ファントム I セダンカ ドゥ ヴィル BY フーパー (シャーシ 101CL)

1933年式ロールス・ロイス ファントム II

1933年式ロールス・ロイス ファントム II

937年式ロールス・ロイス ファントムIII フーパーサルーン(ディビジョン付き)(シャーシ3BT85)

1937年式ロールス・ロイス ファントムIII フーパーサルーン(ディビジョン付き)(シャーシ3BT85)

ロールス・ロイス ファントム IV(HJ マリナー製、マーガレット王女殿下専用、シャーシ 4BP7)

ロールス・ロイス ファントム IV(HJ マリナー製、マーガレット王女殿下専用、シャーシ 4BP7)

1966年式ロールス・ロイス ファントムV リムジン ジェームズ・ヤング作 (シャーシ 5LVF65)

1966年式ロールス・ロイス ファントムV リムジン ジェームズ・ヤング作 (シャーシ 5LVF65)

1977年式ロールス・ロイス ファントムVI リムジン(パークワード社製)

1977年式ロールス・ロイス ファントムVI リムジン(パークワード社製)

ロールス・ロイス ファントム VII クーペ

ロールス・ロイス ファントム VII クーペ

8代目にして最新のロールス・ロイス ファントム

8代目にして最新のロールス・ロイス ファントム

また、ブレーキについても新機軸が盛り込まれた。もちろんこのブレーキは、ヴィンテージ期の常識に従って全4輪に装着されていたが、イスパノ・スイザ社の主任設計者としてヘンリー・ロイスにも負けない名声を誇るスイス人エンジニア、マルク・ビルキヒトが特許を持つ車速反応式のメカニカルサーボを導入。これにヘンリー・ロイス独自の改良を加えて装備された。

このシステムは、ギアボックスの回転からエネルギーを得る画期的なもので、速度が高く、車重が重いほど強力に作用するという特性を持つ優れモノ。宿命のライバルとも言えるイスパノ・スイザから特許を買うという判断は、頑固で排他的と見られがちなヘンリー・ロイスが、実は以外にも柔軟な判断力を備えていたことを物語るエピソードと言えるかもしれない。

もっとも、ロイスはビルキヒトのアイデアをそのまま用いることはなく、細部に至るまで徹底した改良を施して完成度を高めた。「ヘンリー・ロイスは、ほかの設計者がペンを置いたところから開発をスタートさせる」と言われる由縁である。

そしてこのサーボシステムは、その後すべてのロールス・ロイス車、さらにはR-R傘下に入ったベントレー各モデルにも一斉採用。戦後モデルたる「シルヴァー・レイス」からは油圧系と併用するなどのアップ・トゥ・デートが施されるものの、最終的には「ファントムⅥ」の生産が終了する1990年代初頭まで使われ続けることとなった。

こうして「ニューファントム」として正式発売されたファントムⅠは、当初シルヴァーゴーストと併売され、ローリングシャーシー状態の販売価格もシルヴァーゴーストと同じ1850英ポンド(LWB仕様は1900英ポンド)に設定されていた。

そして、1929年夏までの約4年間で、2212台のファントムⅠがダービー工場からラインオフされたのである。

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