第5回 京都のお菓子は上質、可愛い、微笑ましい ●しぐれ傘
京都といえば、まずは和菓子を思い浮かべる方も多いと思います。春の桜、秋の紅葉の季節だけでなく、一年中賑わっている印象の京都に、私が繰り返し行くようになったのは随分前ですが、仕事がきっかけで通っているうちに、お寺に寄って、市場に寄って、コーヒー店に、少し遠くの和菓子屋さんに、と一回の滞在が長くなっていきました。
それと同時に、和菓子=小豆の面白さに興味津々になり、京都とは? 和菓子とは? と考えるようになったのです。奥深い京都のお菓子。今回は、二条通りを東に入った京華堂利保(きょうかどうとしやす)を訪ねました。
賑やかな四条河原町を出発点とすると、例えば河原町通りを三条、二条と北上したところで鴨川を東に入り、少し歩いたあたりに京華堂利保の店舗があります。いつ訪ねても変わらない佇まいに、毎度のこと京都にいるという実感が湧くというもの。また買いに来ることができたという嬉しさで、必要な数をメモして来たつもりでいても、やっぱりもうひとつ、と欲張る気分も出てきます。
代表的なお菓子と考えると、どれもが同列に並ぶと思いますし、実際ひとつ選ぶのはとても難しいのですが、誰が見ても食べても喜びそうな、一番可愛らしい形、そして自分で食べるだけではなく、誰かに贈りたくなるのが「しぐれ傘」です。
これは、戦後間もなく蕪村の俳句に因んで、二代目主人が考案したお菓子で、生活にゆとりができて旅行をする人も増えてきた頃、日持ちする焼き菓子として販売を始めたそうです。その頃も、珍しくてもらって嬉しいお土産だったことでしょう。
以前、取材に伺った時に製造過程を少し見せていただいたことがありますが、あれから時間も経っているので、四代目ご主人の内藤さんにふと道具のことを聞いてみました。長年の間に、職人が減ったり変わったりしていくと、道具もそれにつれて作ることが難しくなったり、職人の技術が絶えてしまったりということも珍しくはなく、かつて柳宗悦が書いたような「手仕事の日本」の一部は消えかかっているとも言えます。
特に、葦(あし)のような自然素材を使って手作りしていた簾(す)などの道具が、プラスチックで作られるようになったりすると、当然使い勝手も違ってきます。蒸し物の水分を程よく吸収する機能が自然と備わっていたのが、その部分は他のもので代用しなければならなかったり、ちょっとしたことのようで長年続けてきた作業の流れが変わるとしたら、それは結構大変なこと。私も以前、長年の間使い続けてきた片口のお鍋を買い足そうとした時、口の形が変わっていることに気づきました。注ぐ部分が鋭角に尖っているのが特徴だと思っていたのが、すっかり小さくなって角度も違っていたということもありました。日々使う道具は、毎日同じように手に馴染んで欲しいもの。道具の工夫をしながら、またいい材料を探しながらのお菓子づくりをされているようです。
しぐれ傘の全貌をお見せしましょう。宝尽しのような可愛らしい柄の紙箱に、まん丸な形に焼き上げられたお菓子が入っています。封を開けると8本の小さな黒文字が。一台のしぐれ傘は8人分ですから、表面の放射状の線を頼りに切り分け、黒文字を刺して完成です。茶色いどら焼きに似た生地と少し柔らかい羊羹と、地味な色合いながらこれほど可愛げのあるお菓子も珍しいのではないでしょうか。日持ちは2週間ほど(開封後は2、3日)、上下の生地と羊羹は、次第に馴染んで一体化していくといいます。出来たてよりむしろ時間を経たほうが美味しくなる、まさに遠く離れた土地への手土産にふさわしいお菓子です。
こちらは、お茶席に使われ続けてきた「涛々(とうとう)」。大徳寺納豆が加えられた餡を、香ばしい麩焼で挟み込んでいます。表面の美しい砂糖蜜の模様は、千家好みの波を表しているそうです。気楽にいくつも食べるタイプのお菓子ではありませんが、麩焼の香ばしさゆえか、あるいは生地に刻み込まれた大徳寺納豆の熟成した塩気のせいか、ついもうひとつ食べたいと思わせる魅力があります。
次は、小豆を包んだきな粉、青のり、そして甘納豆がそれぞれ袋に入って並んでいる「福寶(ふくたから)」。これも、おめでたい雰囲気が満載の掛け紙が巻かれた、なんとも幸福感に溢れた箱入りです。食べてみれば、丁寧に作られた和製のプチフールという感じでしょうか。丁寧にお茶を淹れてゆっくり味わいたい、小さなお菓子です。
ここまでの3種類が、京華堂利保を代表する3つのお菓子といえます。それぞれは、決して大きなものではなく、こじんまりとちょうどいいボリューム感なのですが、それにも増した味の充実で、誰もが満足するはずです。毎回、誰かにこの美味しさをお裾分けしたいと思うのですが、たまには逆に、誰かからお土産にもらってみたいなぁと思ってしまいます。
このこんがりと焼き色がついた筍と松茸は、ボリュームのある懐中汁粉です。その名は「たけの露」。「京に田舎あり 春は筍 秋 松茸」と説明が入っていました。京の都とはいえ、昔の洛中を考えると、洛外とされる範囲の広いこと。現在は、街の中心とされるところが広がったようでいて、街中から山が見える景色や、少し外れてすぐに畑が広がることなどで、京に田舎あり、という言葉がよくわかります。そして、その田舎が料理やお菓子にとってどれほど大事かも見えてきます。何の飾りもない素朴と洗練の良いバランスが、京華堂利保のお菓子、いやもしかすると京都のお菓子から読み取るべきことなのかもしれません。
予約注文で、季節ごとに意匠が変わる上生菓子は、今回訪ねた時は冬と春の間で両方の雰囲気が箱に詰め合わされていました。冬のかぶらと春駒、梅の花。季節を満喫する方法は、ここにもあるというわけです。
●京華堂利保
京都市左京区二条通川端東入難波町226 ℡075-771-3406
【営】9:00~18:00 【休】日祝・第3・4・5水曜
しぐれ傘ミニ1,404円
京都を歩く
京華堂利保を出て鴨川方向に戻りかけると、すぐそばに漬物屋さんがあります。
加藤順漬物店です。色鮮やかな「ちりめん菜の花漬け」は、60年近く前から、温暖な宮崎にある自家農園の摘みたて菜の花を塩漬けし、軽く味付けをするやり方で、長年人気だそうです。
漬物の種類は、季節のもの、通年のものなど、「舌つづみの志ば漬」から「ならづけ(瓜・胡瓜)」まで40種近くの品揃えです。色と味付けと季節で選んで、盛り合わせてみるとそれだけでご馳走になります。
●加藤順漬物店
京都市左京区大文字町165-2 ℡ 075-771-2302
【営】9:30~18:30 無休
京都に行く時は、日程が合えば21日の弘法さんか25日の天神さんに合わせます。弘法さんは、東寺の弘法市(東寺縁日)、天神さんは北野天満宮の天神市です。
特に弘法さんは馴染みがあり、毎月カレンダーの21日を見ると気になってしまうほどですが、野菜、果物、お饅頭に、漬物や包丁まで、縁日の出店の楽しさと、骨董市と植木市までセットになっているので、私にとっては昔から京都といえば、のお馴染みの場所です。
東寺近くで、焼きたての東寺餅を買い、古い郷土玩具店を覗き、東側の駐車場入口か、九条通りに面した南大門から入ります。
まずは食堂(じきどう)にお参りし、のんびりと骨董市を見て回ります。いつも買う気で張り切っていくわけではないのですが、今までその時々に買って使っている和食器や塗り物は、大部分がこの骨董市で見つけたものばかりです。
好みも予算も、その時々で変わるものですが、気に入る器はそんな事情とは関係なく不意に現れるもの。それも骨董市の面白いところで、ここ数年、あちこちで開かれている和洋取り混ぜた骨董市も、そんな面白さ故に増えてきたような気がします。
掘り出し物は、そう都合よく見つかるわけではないし、買う気満々で行って手ぶらで帰ることも多い。逆に、散歩のつもりで行ったら帰りは大荷物、ということもあります。長年行くうちに、顔馴染みになった骨董屋さんにこれはどうだと勧められて買ったり買わなかったり、探し物は見つからなくても、気にいる物はあるかもしれない、というところが何とも面白いのです。
家族や友人と一緒に行っても、いつの間にかはぐれてしまうこともあります。子供の迷子は困りますが、大人は楽しめる迷子状態です。しばらくそれぞれが勝手気ままに宝探しをし、再会の約束はしておいたほうがいいでしょう。何しろ、お昼頃からの人出は相当なものですから。五重塔か食堂か南大門かわかりやすい場所で。ひとしきり古いものを楽しんだら、少し野菜を買ったり果物や乾物やらを買ったりしながら、そろそろ終了に近づきます。大抵、午前中早めに行きますから、お昼にはもう終わり。次はお昼ご飯の心配です。
京都の食
京都ではできるだけ、京都らしいもの、日本的なものを食べたいと思います。実はパン屋が多く、京都人は相当なパン好きだとか、ビストロやワインバーもなかなかいいとか、食べ物に関してだけでもきりがないのですが、それをあえて脇に置いておきます。なぜかといえば、郷土料理が一番面白いと思うから。
きずし(しめ鯖)は、お店によってしめ方が違うせいか、酢と塩の加減が様々で、それを比べるだけでも興味深いですし、鯖の棒寿司、にしんそば、蒸し寿司などを食べていれば満足。以前は張り切って、それこそ洛中洛外といろんなところに行ったこともあったのですが、予約は一軒するかしないか、直前に電話で聞いて見る程度で、いたって気楽な食事しかしなくなりました。
あれこれと欲張っていたのが、京都における好きな過ごし方が決まってきたのか、ずいぶんとのんびりした時間割で過ごすようになってきました。なかでも、使い勝手のいいのは質のいい居酒屋ではないか? ということを発見して以来、特別なものを食べるより、地元のペースに乗って行くと言ったらいいのか、まるで近所にちょっと出かけているような気楽さが心地良くなりました。
ご飯だけを定食のようにして食べる人、お酒にコロッケを肴に飲む人、とお手本もたくさんあるのです。普段のものが美味しいというのは、どこへ行っても重要だから、いいと思うお店を見つけたら、京都の日常食を知ることができて興味深いのです。
錦市場周辺は、京都に行く人なら必ず立ち寄る場所だと思います。私も同様で、到着後と帰り際に寄ることが多く、どこか少し離れた場所にいても、錦市場の入口に面した寺町通にもお菓子屋さんやら喫茶店やらあるので、結局この界隈は延々と歩き回ることになります。寺町通を挟んで市場の反対側は錦天満宮。この小さな天神さんは、市場のシンボルのようです。
京都で神社仏閣のことを考え出したらきりがないですが、商店街や市場の氏神様にお参りしてみるというのも、いかに馴染んで頼りにする場所かがわかって、しばらく風景を眺めているだけでも面白いものです。
一番好きな時期は年末ですが、どうしてもせわしない時期ですから、おせち料理の材料を買いに暮れも押し迫ったころに行ったのはたったの一度きり。またいつか年末近くに、活気ある市場に行きたいものです。
市場では、冬は黒豆などの乾物のほか、たまにお惣菜や佃煮を買って帰ります。ますます観光客も増え、年々変わってきている通りでもありますが、古くから続けている確かなお店も根強く存在し続けていますから、それを目指して行くのも楽しいものです。乾物の扱いを聞いて、家に戻ってから言われた通りに作ってみる。それも旅の楽しみの続きなのです。
大原の日曜市や天神さんの門前のお餅、個性的な堂本印象美術館、たわし屋さんに昆布屋さん、動物園や桂川の景色、独特な東山方面、何度も行ってしまう河井寛次郎記念館。大小の美術館のほか、通りの名前にも惹かれます。京都はいろいろありすぎて、毎回行ききれず追いつかない。それもまた行きたくなる理由です。
写真・文○長尾智子
料理家。雑誌連載や料理企画、単行本、食品や器の商品開発など、多方面に活動。和菓子のシンプルさに惹かれ、探訪を続けている。『食べ物帖』『毎日を変える料理』ほか著書多数。