免許を取ってわかる、自転車の危険な走り方|長山先生の「危険予知」よもやま話 第29回
JAF Mate誌の「危険予知」を監修されていた大阪大学名誉教授の長山先生からお聞きした、本誌では紹介できなかった事故事例や脱線ネタを紹介するこのコーナー。今回は免許を持たない人に多い自転車の危険な走り方の話から、以前関西では、車用の青信号が点滅するタイミングがあった! という驚きの話に。
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免許を取ってわかる、自転車の危険な走り方
編集部:今回は住宅街の交差点で右折しようとしている状況です。歩行者用信号が点滅し始めたので、左折する対向車に続いてすばやく曲がろうとしたところ、左折車の陰から自転車が直進してきてぶつかりそうになる、というものです。歩行者用信号が点滅し始めると、つい急いで曲がろうとしがちですね。
長山先生:そうですね。住宅街の小さな交差点には右折矢印信号が付いていないことが多いので、歩行者用信号が赤になると、すぐ車両用信号も黄色から赤に変わってしまいます。右折できる時間的余裕がないので、どうしても慌てて曲がろうとしてしまいますね。
編集部:そのようなときに自転車が対向左折車の陰から直進してくるのはとても危険だと思いますが、私も若い頃は自転車で同じことを平気でしていたような気がします。クルマを運転するようになってから、このような走り方が危険であることがわかりました。
長山先生:運転免許を取ってクルマを運転するまでは、自転車でどのような走り方をすると事故に結びつきやすいかなど、なかなか理解できないものです。歩行者や自転車に乗る人の中には運転免許を持っていない人も多いので、その点を理解して、クルマ等の運転者がフォローする必要がありますね。
編集部:今回、車両用信号は青のようでしたが、すでに黄色や赤になっていたら、さらに急いで曲がってしまい、事故の危険性が高まっていたでしょうね。
関西では、車両用の青信号が点滅していた!?
長山先生:ちなみに、現在では信号が黄色でも、すでに停止線を越えていたり、停止線に近づいていて安全に停止できない場合はそのまま進むことができますが、昔はそうではなく、黄色信号は「車両は、交差点の直前において停止しなければならないこと。」と、明確に止まれの意味でした。
編集部:本当ですか? じゃ、赤信号とあまり意味は変わりませんね。
長山先生:そうですね。赤信号は信号の種類として「止まれ」と明記されていましたが、信号の意味としては黄信号と同じく「車両は、交差点の直前において停止しなければならないこと。」とされていましたから。これらは昭和35年の道路交通法に規定されていましたが、同じ時期、西日本各府県の交通信号には、青信号の次に青信号が点滅し、その次に黄信号に変わるという方式が取り入れられていました。
編集部:歩行者用信号でなく、車両用の青信号が点滅していたのですか!?
長山先生:そうです。青→黄→赤の3段階の信号から、青→青点滅→黄→赤の4段階の信号が用いられていたのです。先ほどお話ししたように、黄信号でも止まらなければならない法律では、交差点の手前のある区間で黄色に変わった運転者にとっては、止まるべきか進むべきかのディレンマに陥るわけで、その区間を“ディレンマゾーン”と名づけて盛んに研究の対象としたものです。
編集部:たしかに、黄色でも止まらなければいけないルールなら、ちょうど交差点に差し掛かったときに、信号が青から黄色に変わったりしたら、かなり迷いますね。ブレーキが間に合わずに停止線を越えて停止してしまう可能性はありますし、ヘタに急停止したら、後続車に追突される危険性もありますから。青が点滅するタイミングがあるのは合理的で、ドライバーにとって助かりますね。でも、なぜ西日本だけだったのですか?
警察庁から「青点滅信号はやめるように」とのお達しが
長山先生:青点滅信号を経験したことのある運転者全般には好評だったのですが、この制度に対して警察庁から取りやめるようにとのお達しがありました。その理由は、確か千葉の運転者が大阪の岸和田かどこかで赤信号違反で検挙されたものの、裁判になった際に「道路交通法に規定のない青点滅の灯火が用いられている不法な信号機での当人の行為は無罪」との判決が下され、警察庁ではその処理に苦悩していたからです。
編集部:警察庁からのお達しが出たら、やめざるを得ませんね。それで廃止になったのですね。
長山先生:いえ、大阪府警は青点滅方式をぜひとも活用したいと考えて、新しく発足した交通総務課交通安全調査室(近藤初代室長)が私に、青点滅方式に関する調査を依頼してきました。そこで、各種の調査研究を実施して、運転者の心理・行動面においては有効な方策であることを実証し、存続することが望ましいとの報告書を提示したのです。
編集部:それはすごいですね。警察庁のお達しは絶対という感じがしますけど、大阪府警はそれに反旗を翻したみたいですね。でも、どのように調査したのですか?
長山先生:研究の第一は、豊中市役所屋上にメモモーションカメラを設置して、交差点での停止車の挙動を撮影し、青点滅の有無別に停止行動のスムーズさを測定比較し、点滅がある場合において急停止などが起こらないことを明らかにしました。
編集部:メモモーションカメラとは、どのようなカメラですか?
長山先生:車両の動きなどがわかるように、一定の間隔(1秒に1回)で長時間スチール写真を撮り続けることができるカメラです。動きの把握にはビデオ撮影など動画が適切ですが、長時間となると、動画はテープなどの記録媒体が莫大に必要になります。その点、メモモーションカメラなら限られた記録容量で長時間記録することができるので、定点観測などによく使われていました。
編集部:パラパラ漫画のような感じですね。他にはどんな研究をされたのですか?
長山先生: 第二の研究では、開通前の沿岸道路の交差点で多数の運転者に対して、うそ発見器に用いられるポリグラフを自動車に搭載して運転者の呼吸・脈拍・血圧などを測定し、青点滅の有無によって心的緊張度がどのように異なるかを明らかにしました。その結果、直接黄色に変わる場合に比べて、青点滅がある場合のほうが、いかに心的緊張度が低く負担が少ないことが明確になりました。
編集部:事故の原因になる「急停止」などがなく、運転者の心的緊張度も低ければ、いいことづくめですね。
長山先生: 青点滅に対する運転者の意識がどうなのかも重要なので、さらに第三の研究として運転者の意識調査も実施しました。免許更新時講習受講者を対象に、日常運転のうえで青点滅信号をどのように受け止めているかの質問紙調査を行いました。すべての交差点で青点滅が行われているわけでないので、運転者としましては青点滅信号のある交差点のほうがありがたいとの意見が圧倒的でした。
編集部:3つの調査結果すべてで青点滅の有効性が証明されたなら、警察庁も納得せざるを得ませんよね。
国際信号条約加盟を理由に、警察庁から「ノー」の回答
長山先生:それが、警察庁の結論は「ノー」でした。青点滅に対して高い評価が得られた報告書に対して、二つの理由でなぜ青点滅信号を道路交通法に採用できないかの回答書を提示してきました。一つは国際信号条約加盟国になれない点、今一つは東京都警視庁鮫洲運転免許試験場での運転者に対しての意識調査の否定的結果からでした。
編集部:ドライバーへの意識調査では否定的な意見が多かったのですか? 意外ですね。
長山先生:東京のみで実施したからだと思います。東京のドライバーは青点滅信号を経験したことがないので、突然、青点滅信号に対して可否を問われても、否定的な回答が多く出ることは当然だと思いますね。それをもとにしての反論には納得できませんでしたが、国際信号条約への加盟と言われると、大阪府警も従わざるを得ませんでした。
編集部:そもそも、国際信号条約とは何ですか?
長山先生:1965年当時は「国際信号条約」と言われていましたが、いまでは「道路標識及び信号に関するウィーン条約」と呼ばれるもので、この条約は1968年10月7日から11月8日に開催された国際連合経済社会理事会の国際会議にて合意されました。
編集部:各国で運用している標識や信号を、国際的に統一する目的で作られたものでしょうか?
長山先生: 簡単に言うとそうですね。国際条約に加盟するという理由があれば、青点滅信号の採用は残念ながらやむを得ないとあきらめていた私ですが、あとで国際信号条約に加盟しているはずのオーストリアにも青点滅信号があるのを発見しました。
オーストリアで青点滅信号を発見!
編集部:それはおかしいですね。大阪府警の採用拒否の根拠に反しますから。いつ見つけたのですか?
長山先生:1970年に訪れたヨーロッパ訪問で、オーストリア、ウィーンのオーストリア交通安全センターを訪れたときです。ウィーン市内で西日本にあった青点滅信号と全く同じ信号方式を発見しました。日本の青点滅は、回数や点滅の速さが各信号でばらばらでしたが、ウィーンのそれは点滅の回数と点滅の速さが見事に一定で、さすがドイツ語を話す国の人間のシステムはしっかりしたものだと感心したものです。ちなみに、点滅は1秒ごと、回数は3回で、NHKの時報と同じでした。センターの心理学者ヘフナー博士と話し合ったところ、彼はその回数が3回で良いか、4回が良いかの検討を行っているところだと言っておりました。
編集部:日本よりずっと進んでいる印象ですね。でも、オーストリアでも採用されるほど青点滅信号にメリットがあることが明らかなのに、日本では採用されず残念でしたね。
長山先生:そのとおりで、調査でもメリットが大きいことがわかったので、それが日本の信号に反映できず、悔しい思いをしました。ただ、青から黄になった途端に「止まれ」となるのは運転者にとって走りづらいのも確かだったので、その後、信号が変わるサイクルや黄色信号の意味が変更されました。
編集部:「黄色に変わっても、停止位置に近づいていて安全に停止できない場合はそのまま進むことができる」というルールですね。
長山先生:そうです。また、「全赤(ぜんあか)」という、全方向の信号がすべて赤になる時間が設けられました。全赤とは、青→黄→全方向赤→赤の信号サイクルです(図参照)。全方向赤が取り入れられると、たとえ運転者が黄信号で止まれず交差点に進入してしまっても、横方向(交差側)の信号も赤なので、すぐ横方向のクルマが進入してくる危険性がなくなります。
編集部:私はこの業界に入って初めて「全赤」という言葉を知りましたが、信号の変わり目で発生しがちな出会い頭事故を避けるのに、とても有効なものだと感心したものです。
長山先生:そうですね。いったんすべての信号を赤にして交差点内をクリアにするというシステムは、出会い頭事故などを減少できる安全な信号システムと言えますね。青点滅は認められませんでしたが、その代わりに全赤制度が採用され、今日に至っています。ただ、これらの変更によって運転者は黄信号で止まる意識が希薄になり、赤信号でも進行するクルマが時に見られるようになりました。赤信号では絶対に進んではいけないとの観念も薄くなったように思いますね。
『JAF Mate』誌 2017年7月号掲載の「危険予知」を基にした「よもやま話」です。
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