交差点より予測しづらい施設への左折。|長山先生の「危険予知」よもやま話 第24回
JAF Mate誌の「危険予知」を監修されていた大阪大学名誉教授の長山先生からお聞きした、本誌では紹介できなかった事故事例や脱線ネタを紹介するこのコーナー。今回は追突事故の原因の多くが「脇見」という話から、これまで長山先生が調査した脇見の種類と事例を紹介。実は、車内への脇見も多いという興味深い話を教えてくれました。
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交差点より予測しづらい施設への左折。
編集部:今回は左車線に車線変更しようとしている状況です。左側のミラーを見ながら車線変更したところ、2台先を走る車が店舗に左折しようと減速したため、その影響で減速した前の車に追突しそうになる、というものです。私も車線変更の際にミラーばかり見ていて、前車の減速に気づくのが遅れてヒヤッとしたことがあります。
長山先生:おっしゃるとおり、よくあるケースです。問題の場面をよく見ると、左ドアミラーに映る四輪車の横に、明るい二輪車のライトらしきものが見えるので、それが気になって見てしまうおそれもあります。
編集部:たしかに、バイクの速度は速いことが多いですし、ミラーでは速度を見誤る可能性がありますね。
長山先生:そうです。二輪車ですと猛烈な速度で近づく危険があるので、気になってじっと見てしまう可能性があります。しかし「じっ」と見ることは「脇見」の原因になります。
編集部:安全を確かめるには「じっと見ること」が重要な気がしますけど、そうすると脇見になってしまうのですね。
長山先生:そうです。後ほど詳しく説明しますが、じっと見るということは、それだけ長い時間その対象を見てしまい、その間、前方を見ていないことになるので、危険な「脇見」になってしまうのです。
編集部:なるほど。ちなみに、今回のように左折車が原因で追突事故になるケースは多いのでしょうか?
長山先生:これまで数多くの事故事例分析を行ってきましたが、左折車両があってそれが追突事故の誘因となったケースをかなり見てきました。それは国道や県道沿いのスーパーやコンビニなどの買い物施設、レストラン、食堂などの食事関連施設、ガソリンスタンドなどの運転関連施設が多い場所です。
編集部:交差点より、そのような施設へ左折する車との事故が多いのですか?
長山先生:そうですね。交差点でしたら、かなり手前から交差点があることに気づき、そこでは左折車があることを想像できますが、施設に入ろうとする左折車の存在は必ずしも予測していないので、気づくのが遅れることになります。特に植え込みや並木などの植樹帯が車道に沿ってある道路では、施設につながる入り口が見えづらく、そこへ入ろうとする車の存在に気づきにくいものです。
編集部:たしかにありますね、そういう場所が。車が左折するのを見て、初めて駐車場の入り口だと分かったことがありました。看板がなかったり、あっても目立たない施設などは、本当に分かりませんね。
長山先生:しかも、そのような施設への出入口は必ずしも広くなく、左折車はスムーズに曲がれずにもたつく場合もあり、後続車から追突される原因となります。
編集部:たとえ入り口が広くても、歩行者や自転車がいることで左折車が一時停止することもありますね。
長山先生:そうです。後続車のドライバーが歩行者や自転車の存在を予測せず、「左折車はすぐ曲がるだろう」と安易に考えていると、急ブレーキを踏むことになります。施設以外でも、目立たない路地などに左折する際にも追突事故の危険性があります。以前、路地を曲がろうとした左折車が原因になった追突事故を目撃したことがあります。
編集部:長山先生が現場にいて見たのですか?
長山先生:追突した車の後方を走っていました。国道1号線から自宅がある住宅街に入る場所でのことでした。3台先の車が左折することで、その後ろの車が急ブレーキを踏み、3台目の車が追突する現場に遭遇したことがあります。
編集部:長山先生は追突せずに済んだのですね。
長山先生:私の車は少し車間距離を取っていて、同じように左折するのでスピードも落としていました。また、前の車が追突事故を起こす可能性も予測していたので問題なく停止できました。でも、最初の左折車は自分の車が原因で事故になったことは全然感知していませんでしたので、我関せずで行ってしまいました。
編集部:そうなんですか。やはり車間が短かったり、前方への注意が十分でなかったために追突してしまったのでしょうね?
長山先生:追突事故の事例分析をすると、次のような傾向が認められます。
「急ブレーキの連鎖反応の遅れ」で追突!
長山先生:数台先の車が追突を防ぐために急ブレーキを踏んだところ、その後ろの車は気付いて急ブレーキを踏み、その車は何とか止まれたが、さらに後ろの車は急ブレーキを踏んだものの間に合わず、追突してしまうというものです。
編集部:後ろの車になればなるほど、どんどん車間が詰まって止まり切れず、追突してしまうようですね。
長山先生:そうです。前車のブレーキに対して後続車が連鎖反応でブレーキを踏みますが、ブレーキに気付いた時の車間距離が次々と短くなって、最後の車で追突してしまうのです。最初から短い車間距離で走っている車が何台も続いていると、次々と多重追突事故になってしまうわけです。でも、1台でも十分な車間距離を取っていると、それが緩衝剤になってその後の追突が防げます。車間距離の取り方はその人の事故防止の運転センス(危険予知能力)になりますが、追突事故を避けるには、車間距離を短くして走ることはぜひとも避けなければなりません。
編集部:ただ、具体的に車間距離はどれくらい取ればいいのか、意外と分からないですよね。高速道路では「時速100kmで100m」なんて言われていますが、そんなに車間距離を空けたらすぐ車に割り込まれてしまい、現実的ではないかと。
長山先生:たしかにそうですね。外国では「2秒の間隔」を空けた運転が推奨されています。前車の最後尾が通過した位置(道路上の白線など)に自分の車の先端が達するまでの時間を2秒間取るものです。時速100kmなら約56mになるので、日本よりだいぶ現実的ですが、個人的にはそれでも十分すぎる車間距離のように思えますね。
編集部:そうですか? 長山先生なら余裕のある車間距離で走っていそうですが、わりと一般ドライバーの感覚に近いのですね。
長山先生:決して交通量の多い高速道路でよく見かけるような短い車間距離を推奨しているわけではありませんが、人の反応時間は体調や意識レベルでかなり変わってくるので、しっかり前を向いて運転に集中している状態なら、もう少し短い車間距離でも対応できると思うからです。逆に前を見ていても、ボーッと意識レベルが低い状態で運転していれば、たとえ100m車間距離を取っていても、前車のブレーキへの対応も遅れて追突しかねません。
編集部:推奨されている車間距離は、そんな反応時間のバラつきや個人差も考慮した余裕のある目安なのでしょうね。追突事故は短い車間距離や注意の欠如など、追突する側に主な原因がありますが、ブレーキの踏み方など追突される側にも注意すべき点はありますよね。
同乗者の急なリクエストが追突の原因に?
長山先生:そのとおりです。前述したように目立たない店舗や路地に左折して入るような場合、後続車に配慮したブレーキを踏む必要があります。特に急に思いついて施設へ入ろうとするような場合が危険です。
編集部:思いつきで行動に移すと、当然ブレーキやウインカーも遅れそうですね。
長山先生:そうです。遅れるどころか、左折の合図も出さずに急減速したため、事故になったケースもあります。例えば、助手席の上司に、突然「このレストランで食事をしていこう」と言われたケースや、同乗者に「トイレに行きたいから、コンビニで止めて」と言われたことが原因で追突されたケースもあります。
編集部:上司やトイレを急いでいる同乗者に言われたら、すぐ行動に移してしまいそうですね。同乗者ではありませんが、私はガソリンが残り少なくなって困っていたとき、やっと見つけたガソリンスタンドに慌てて入ったことがあります。後ろをまったく確認していなかったので、もし後続車が迫っていたら危なかったです。
長山先生:トイレやガス欠など緊急を要するときほど周囲を確認する余裕がなくなるものです。どんな状況でも、急な思いつきの行動は禁物です。一息おいて行動するように努めましょう。当たり前のようですが、左折する場合、後続車に左折する意思を伝えるため、必ずウインカーの合図を出すようにします。出さないで曲がる車がときどき認められます。
編集部:たしかにいますね、ウインカーを出さずに曲がる車。路肩に停止する車でも、同じようにウインカーやハザードランプを点けずに停止する車がいます。後続車の存在をまったく意識していない車が少なくありませんね。
長山先生:左折時に追突されないためには、かなり手前から左端に寄ってスピードをうんと落として走行することで、後方の運転者に左折の意思を伝えます。さらに、後ろの車に車間距離を取ってもらうためにはブレーキを何回かに分けて踏んで、ブレーキランプでも減速する意思を伝えます。
編集部:たしか「追突事故」は事故形態の中でもっとも多いケースですが、ブレーキの踏み方や車間距離の取り方など、ドライバーのちょっとした注意でかなり事故を減少できるのかもしれませんね。
「脇見」に注意すれば、追突事故は半減?
長山先生:おっしゃるとおり、交通事故を事故類型別にみると「追突」が19万5,105件ともっとも多くなっています。2位は「出会い頭」で12万245件、3位は「右折時衝突」で4万2,216件となっています(2015年データ)。前車に追従して走る場合にもっとも注意しなければならないのが「追突」で、道路が交差する場所での注意ポイントは交差道路からの車両(自転車も含む)との「出会い頭衝突」なのです。
編集部:追突事故の原因は、やはり「車間距離」になるのでしょうか?
長山先生:いいえ、「車間距離」も原因の1つですが、追突事故19万5,105件中、圧倒的に多いのは「脇見」で10万7,890件、次に「動静不注視」が4万6,306件と続きます(2015年データ)。追突事故を起こさないために注意しなければならないのは「脇見」なのです。
編集部:脇見に注意すれば、追突事故は半減できる計算ですね。そういえば、「脇見」は長山先生の研究テーマで、「脇見運転」に対しても長山先生ならではの心理学的な解釈がありましたね。
長山先生:そうです。脇見運転を辞書で見ると「他のことに気を取られた状態で車両などを運転すること。とくに前方から視線を外して車を運転すること」と書かれていますが、私は脇見とは「見るべき方向以外に目をやること」を意味し、 「今の運転に最も必要な対象・事象・状況以外のことに目をやること」が脇見運転だと考えています。
編集部:長山先生の解釈は安全に運転するためのポイントを踏まえた、より具体的なものですね。
長山先生:脇見は現象としては目線を外すことではありますが、心理学の立場で脇見の事故を分析すると、目線の背後には意識の問題があります。運転以外のことに意識・心が向き、「気がとられて」目線がそちらに向くことなのです。典型的な脇見の一例を挙げてみましょう。
「じーっ」と見ず、「ちらっ」と見る!
【事例 対向車への脇見による事故】
当事者:40代男性/車両:普通貨物(a)/時間:9時40分/天候:曇り
交差点の少し手前でホーンを鳴らした対向車(c)があり、こちらに手を振っていたので誰かと見ると、知り合いだったのでこちらも手をあげて挨拶をした。目を戻すと、そのまま進むと思っていた前の車(b)が交差点手前で止まっているのに気がつき、慌ててブレーキを踏んだが間に合わず追突してしまった。
長山先生:前から来た車がホーンを鳴らして、相手の運転者がこちらに手を振っていたら、「自分に手を振っているのかな?」とか「誰かな?」と思うはずです。そして相手が分ったら、こちらも手を振って合図を交わしてから目線を前に向け直すでしょう。
編集部:そんな状況に遭遇したら、私も同じようにすると思います。
長山先生:しかし、相手の合図に誰かなと思い脇見している間に前を見ないで走る時間は少なくとも2秒、あるいは3秒程度はかかってしまうでしょう。この状況を想定して、目を相手に向けて戻すまで、何秒かかるかを実際に計ってみてください。
編集部:たしかに、2、3秒はかかりそうですね。
長山先生:2、3秒と聞くと、あっという間と思われるかもしれませんが、時速40kmでは1秒で11m進むので、2秒では22m、3秒では33mも走ってしまいます。車間距離を取っていても、「じーっ」と2、3秒も脇見してしまうと、その間に状態が急変している可能性があり、それによって追突が起こってしまうのです。
編集部:22mや33mと聞いてもピンと来ませんが、短い距離ではないですね。
長山先生:小学校のプールがふつう25mなので、プールの端から端まで前を見ないで走ってしまうことになります。
編集部:小学校のプールを想像したら、脇見の怖さが実感できます。でも、相手からクラクションを鳴らされたら、つい脇見をしてしまいます。
長山先生:「じーっ」と脇見をするということは恐ろしいことと認識して、「ちらっ」と見るようにします。バスやタクシーの運転手さんは、向こうからやってくる仲間に対してお互いに合図を交わしていますが、「ちらっ」と見るだけで、それは脇見とは言えないものです。私たちも何か見たいものがあっても、「ちらっ」と見るだけで「じーっ」と見ることはしない習慣を付けておかなければなりません。私もそのように心がけて実行していますが、「じーっ」と見てしまいがちなケースにはどんな対象があるか考えておくことも大切です。
編集部:どんなときに脇見をしがちなのか、敵を知っておく必要があるのですね。
長山先生:そのとおりです。『JAF Mate』での危険予知訓練では、外部の対象への危険予知が主なものになりますが、自分がやってしまいかねない脇見の「危険行為の危険予知」ということも自動車の安全運転には欠かすことができない必要条件なのです。
編集部:「危険行為の危険予知」ですか? 危険な脇見につながる行動をあらかじめ予測しておく必要があるということでしょうか?
長山先生:そうです。私は現実の事故事例を分析していて「意識の脇見」という概念を用いましたが、それは「車外への脇見」と「車内への脇見」に分類できます。さらにサブ概念としまして「車外への脇見」は「興味・関心への脇見」と「目的地探索の脇見」に分類でき、「車内への脇見」は「物への脇見」と「人への脇見」に分類できるのです。表をご覧ください。
【車外への「脇見」】
◆興味・関心対象への脇見
- 犬好きな運転者が歩道上を人につれられて歩いている珍しい犬を見ていて
- 野球好きで草野球を見ていて
- 川原のゴルフ場を見ながら走っていて
- 自分の子どもと同年代の子どもが可愛らしい服を着ているのでそれに気をとられて
- 事故現場を通ってそれを見ていて
- 右手の工事現場に気をとられて
- 同業の会館に目をやっていて
- 歩道の若い女性を見ていて
- 友人に似た歩行者とすれ違ったのでそれが気になって
- 目をひく看板を見ていて
- 雨が降るかなと思い真っ暗になってきた空を見ていて
- 山の上からのきれいな風景に見とれながら運転していて
◆目的地探索の脇見
- ガソリンを早く入れなければとガソリンスタンドを探しながら走っていて
- 行きつけの薬屋が休みだったので、薬屋がないかと探しながら走っていて
- 道に迷ってどの道を曲がればよいかを探していて
- 左方の駐車場の入り口はどこかと探していて
- 車を止める脇道を探していて
- 不慣れな土地で案内標識を見ていて
【車内への「脇見」】
◆物への脇見
- タバコを窓を少し開けて捨てようとしたが、雨のためタバコが窓ガラスにへばりつき、それを落とそうとしていて
- タバコの火を消すために灰皿の方を見ていて
- タバコに火を付けていて
- タバコが足元に落ちたのでそれに気をとられて
- カーラジオの選局スイッチに気をとられて
- 助手席においた荷物が床に落ちたのでそれに気をとられて
- 助手席に立てかけた傘が倒れてきてそれを直していて
- こぼれたジュースに気をとられて
- 雑誌に目を向けながら運転していて
- 配達伝票を見ながら走っていて
◆人への脇見
- 助手席の妻が眠りこけ、抱っこしている赤ん坊の手がねじれているのでそれを直していて
- 助手席の同僚の方を見ながら運転していて
- 助手席の同僚との雑談に夢中で同僚の方を見ていて
- 助手席で眠っている友人を起こしていて
- 子どもたちが喧嘩するのでそれに気をとられて
- 後部座席から前に移ろうとする子どもに注意していて
- 同乗の子どもが「ママ、これ見て」と小物を差し出したのでそれを見ていて
- 助手席の妻に、あれが自分の親戚の家だと教えていて
編集部:脇見というと、対象は外のことと思いがちですが、意外と車内への脇見も多いのですね。
長山先生:そうです。車内の出来事に「気を取られて」事故の原因になることが少なくないのです。人間というものは、車外でも車内でも、自分が興味や関心を持っているものを見に行ってしまうものです。車内では、「処理や対応を必要とすること」に「意識の脇見」が起こってしまうものです。
編集部:では、脇見をしないためには、どうしたらいいのでしょうか?
長山先生:脇見運転を防ぐための方策としてもっとも大切なことは、自分はどのようなことに関心・興味を持って見たくなるかを充分認識しておくことです。脇見は職業などと関係しています。自動車ディーラーの運転者が競争相手の販売店のウインドーの飾りに目を取られていて追突してしまった事例や、葬儀社の職員が他社の前に示されていた葬儀者名に気を取られて追突した事例などがあります。
編集部:なるほど、そんな事例があるのですね。スーパーカー世代の私などは、スポーツカーが走っていると、つい凝視してしまいます。それも脇見ですね。
長山先生:自分の傾向を知っておくことと同時に、運転しているときに「脇見をしたがっている自分」に気づいて、「脇見をしてはいけない」と自分の心をコントロールすることが重要なのです。
『JAF Mate』誌 2017年1月号掲載の「危険予知」を元にした「よもやま話」です
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