バックモニターの死角を長山先生がフォロー!?|長山先生の「危険予知」よもやま話 第20回
JAF Mate誌の「危険予知」を監修されていた大阪大学名誉教授の長山先生からお聞きした、本誌では紹介できなかった事故事例や脱線ネタを紹介するこのコーナー。今回は車の後方を映像で確認できる「バックモニター」の話。モニターがあることで逆に起きがちな危険って、何?
バックモニターの死角を長山先生がフォロー!?
編集部:今回はパーキングエリアの駐車場からバックで出ようと、バックモニターの画面を見ている状況です。一見、変わったシチュエーションですが、最近バックモニターが装備されている車は多いので、意外と身近なケースかもしれません。
長山先生:そうですね。ミニバンやSUVのような死角が大きい車はもちろん、いまの車はセダンでもトランク部分が高くて後方が見づらいので、バックモニターが付いている車は多いですね。
編集部:本当ですね。車によっては後席のヘッドレストも視界を遮りますし、後席に人が乗っていたら、さらに見えづらく、後ろを振り返っても後方の状況は十分確認できませんね。私の車には付いていませんが、会社の車やレンタカーに付いていることが多いので、けっこう使っています。
長山先生:私は自分自身でバックモニター付きの車を運転したことはありませんが、知人のステーションワゴンにはバックモニターが付いていて、何度かその車の助手席に乗せてもらったことがあります。その際、路地からバックで出る機会があり、バックモニターに映らない道路の左側から来る自動車や自転車、歩行者の存在を目視で確認して、運転者に注意喚起する役割を果たしたことがあります。
編集部:長山先生がバックする際の誘導をしたのですか!? それはすごいことですね。ドライバーがかえって緊張してしまったのではないでしょうか?
長山先生:そんなことはないと思いますよ。バックモニターでは後方は見えますが、後方の左右は確認できませんので、路地からバックする際の運転はかなりたいへんで、私の誘導はとても重宝したのではないでしょうか。
編集部:そうですね。最近の車には、車の周囲を写したカメラの映像を画像処理して、自分の車を俯瞰して見ることができたり、車の周囲の移動物を検知してくれる装備も出ています。でも、通常のバックモニターにはそのような機能はないので、後方の左右など、バックモニターでも見えづらい部分を同乗者が確認してくれるのは助かりますね。
長山先生:今回のようにバックしようとする態勢でバックギヤに入れれば、もはやバックモニターだけに注意が集中し、後方を移動する人が通過するまではモニターだけを注意して見ていることになるでしょう。
編集部:たしかに、なまじ人が歩いていると、その人が通り過ぎるまで画面に目が釘付けになってしまいますね。
長山先生:その可能性が高いでしょうね。モニターを見ている時間は数秒あるいは十数秒ですが、その間に状況が変わることがあります。それが今回のケースで、わずかな間に車の前を歩いていた子供が車の横に入り込んでいたのです。でも、その間バックモニターに意識が集中しているので、その子供を知覚(見る)できませんので、その子供の危険を認知することもできません。
編集部:“魔の数秒間”といった感じですね。
“魔の数秒間”で状況が一変!?
長山先生:そのとおりです。わずかな時間でも、危険源の一方に注意が集中してしまうと、もう一つの危険源を見落としてしまう危険性があります。これは避けがたい重要な事故発生要因のひとつです。時間経過にともない危険が生じる典型例として、交差点で右折する事例があります(図参照)。
編集部:交差点で右折待ちしている状況ですね。
長山先生:そうです。右折するときは必ず曲がった先の横断歩道を渡っている歩行者や自転車、これから渡ろうする歩行者などの存在を確認するでしょう。ただし、対向車が途切れず、しばらく待機してから右折するときは、確認したときにはいなかった歩行者や自転車が急に現れてびっくりした経験をされたことはないですか?
編集部:あります、あります! 「やっと曲がれる」と思って曲がり始めたら、右側から歩行者や自転車が駆け込んで来て、慌てて急ブレーキを踏んだことが何度かありました。
長山先生:それです。特に自転車の移動速度は速いので、事前に確認したときは遠くにいたのに「曲がろうとしたら、すぐ近くまで来ていた!」というケースが起こります。歩行者用信号が点滅して赤に変わりそうなときは、歩行者も駆け込んでくることが多いので、右折開始時にもう一度曲がった先の左右の確認をすることが必要です。
編集部:前回解説していただいた「安全確認」がここでも重要になるのですね。
長山先生:前回は「安全確認」について話しましたが、自動車を安全に運転するためには、「安全態度」「危険予知・予測」「安全確認」の3つの要素が必要です。
危険予知・予測は安全確認の母!?
編集部:「危険予知・予測」と「安全確認」はこれまでよく出てきましたが、「安全態度」は、あまり聞かない用語ですね。
長山先生:そうだったかもしれませんね。私は心理学、特に交通心理学・産業心理学を専攻していましたので、心理学的概念である「安全態度」が危険予知・予測や、安全確認の背景にあると考えています。安全態度とは、「安全を最重要のものとし、事故を起こすことは許されないとする態度(心の状態)」のことです。
編集部:でも、事故を好む人はまずいないので、誰でも「安全態度」を持っているのではないでしょうか?
長山先生:そうでもありません。人によっては「安全なんて、なんや」、「少々危ないことをするのが男やないか」と考えている人もいます。このような心を持たれる方には安全態度はないと言えましょう。
編集部:なるほど。私にも思い当たるふしが。若い頃、高速道路でスピードを出したり、山道のカーブを攻めるのが好きでした(苦笑)。そのようなドライバーはけっこういると思うので、「安全態度」が低い人は少なくないのかもしれませんね。
長山先生:「危険予知・予測」という概念も心理学的なものですが、実際に出会う場面の中に存在する「危険源」を発見できるために、あらかじめ身につけている「心の働かせ方」だと言えます。安全態度は心の構造であって、「危険予知・予測」は心の機能なのです。
編集部:3つめの「安全確認」も「危険予知・予測」に似ているので、「心の働かせ方」になるのでしょうか?
長山先生:そのとおりです。前回の「よもやま話 第19回」で説明しましたが、まさに「間違いなく安全であるかを確かめる」『心の働かせ方』なのです。安全確認が運転中の安全・危険の分岐点であることは皆様もお考えのことだろうと思います。今一度安全確認が行える背景を考えてみたいと思います。私は「安全態度」と「危険予知・予測」と「安全確認」の関係を図のように表せると思っております。
編集部:「危険予知・予測」ができるには、「安全態度」が備わっていないといけないのですね。
長山先生:そうです。「危険予知・予測」を学び、実行できる背景には安全であろうとする人の心、すなわち「安全態度」があることが必要です。危険予知・予測を行えて初めて、安全確認が行えます。安全確認を行うのは危険予知・予測を行っているからです。危険予知・予測なくして安全確認なし。すなわち「危険予知・予測は安全確認の母である」という標語が作れるほどです。
編集部:「危険予知・予測は安全確認の母」ですか? 面白い表現ですね。
長山先生:繰り返しになりますが、危険予知・予測をしていて初めて、そこを安全確認しに参ります。危険予知・予測もしていないところを確認しになど行きません。例えば、右折しようとしていて対向車が止まって右折させてくれた場合に、対向車の右側(側方)を二輪車が走ってこないかを確認するかどうかは、右直事故(右折車が対向直進二輪車と衝突する事故)の危険をよく知り、どこを見て確認するかがよく分かっていなければなりません。
編集部:たしかに「右直事故」や「サンキュー事故」が問題になって知っていなければ、対向車の右側をバイクがすり抜けてくるなんて、想像できませんね。特にバイクに乗ったことがないドライバーの場合、想定外ですね。
長山先生:上の図では危険予知・予測が対応の準備に関わっていることを示しました。危険の発生を予知していますので、それへの対応の構えができます。そうすれば、危険が発生したときにすばやく対応できるわけです。安全確認を積極的に行いにいけば「発見が早く」行え、対応の構えができていれば「対応が早く」できるので、事故が予防でき、安全が確保できます。
編集部:「安全確認を積極的に行う」という表現は、初め聞いたときピンと来なかったのですが、先ほど例に挙がった右直事故と同じ状況に遭遇した場合、「これは前に聞いた事故ケースでは?」と思い出し、二輪車のすり抜けを想像し、より積極的に二輪車やライダーが見えないか探しますね。そういうことですよね?
長山先生:そのとおりで、下の図では安全態度が危険予知・予測を可能にする関係と、危険予知・予測の学習が安全態度を作り出す「好循環」の関係を示しました。『JAF Mate』や自動車学校などで何回も危険予知・予測の教材に接して、いろいろな危険の可能性を考える機会が与えられると、安全-危険を常に意識するようになり、安全態度がいつしか形成されるようになります。『JAF Mate』の「事故回避トレーニング 危険予知」にはこのような意味があるのです。
『JAF Mate』誌 2016年8・9月号掲載の「危険予知」を元にした「よもやま話」です
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