歴史に残る名レース! 100周年のルマン24時間はフェラーリがトヨタを破り劇的勝利。
世界中のモータースポーツファンが注目する年に一度の自動車レース、ルマン24時間が今年も開催されました。記念すべき100周年大会の勝者はどのチームに? フランス・サルトサーキットから大谷達也がリポートします。
今年で100周年! ルマン24時間とは?
一般的に世界3大レースといえばルマン24時間、F1モナコGP、インディ500の3つですが、このうち、今年もっとも注目を集めたのはルマン24時間だったかもしれません。なにしろチケットは1月の段階で完売(決勝日分)。そして週末の来場者数は32万5000人で、史上最高を記録したというのだから驚きです。ルマン24時間がこれだけ注目された最大の理由は、今年が記念すべき100周年大会だったことにあるといっていいでしょう。
第1回のルマン24時間が開催されたのは1923年。これは、日本の年号ではなんと大正12年にあたります。したがって当時の自動車は信頼性や実用性が低く、高速走行性能に関しても多くは望めませんでした。たとえば、夜間の高速走行で必要不可欠となるヘッドライトの性能にしても心許なかったことは明らかです。
そこで「どの自動車メーカーのクルマがいちばん壊れにくく、24時間でもっとも長い距離を走れるか?」を比べるために始まったのがルマン24時間でした。
コースに一般道が多く、それも長い直線路を使って高いスピードで走行できるようにしたのは、そのためです。
また、長距離を走るためだけでなく、ヘッドライトの性能を確認するためにも、昼夜を問わず走り続ける24時間レースは有効。ただし、夜間の走行があまり長引くと事故のリスクが高まるので、陽が出ている時間がもっとも長い夏至(6月中旬)の週末に開催されるのがルマン24時間の伝統となっています。ちなみに、この時期のルマンは日没が午後10時ごろで、日の出は午前6時ごろ。つまり、陽の沈んでいる時間はたったの8時間ほどしかありません。
ルマンはいま、ハイパーカー・クラスがおもしろい!
話を「今年のルマンが注目された理由」に戻しますと、100周年レースにあわせて主催者や自動車メーカーが様々な取り組みをしたことも、注目された理由のひとつでした。
たとえば、2021年からルマンの最高峰クラスはハイパーカーと呼ばれるカテゴリーのクルマによって競われていますが、今年からは、このハイパーカー・クラスに従来からのLMH車両にくわえてLMDh車両のエントリーも認め、より幅広いメーカーの参戦を可能としたのです。
ちなみに、LMHはもともとルマン24時間を主催するACO(フランス西部自動車クラブ)が定めた車両規則で、ルマン24時間を含むWEC(世界耐久選手権)に出場できるのに対し、LMDhはデイトナ24時間を柱とするアメリカのIMSAと呼ばれるレースシリーズ主催者が制定した車両規則で、今年からWECとIMSAの両方にエントリーができることになりました。
この規則に基づいて今年のルマン24時間に挑戦したのが、ルマンで史上最多勝を誇る強豪ポルシェ、そしてアメリカのモータースポーツ界で数々の成功を収めてきたゼネラル・モータースのキャデラックでした。
さらにLMH勢としては、昨年までのトヨタとプジョーに加えて、今年からフェラーリが参戦。ルマン24時間で歴代3位となる通算9度の総合優勝を果たしているフェラーリですが、最高峰クラスに挑むのはこれが実に50年ぶりとあって、こちらも大変、注目を集めました。
トヨタいじめはあったのか?
ちなみに、ルマン24時間までに開催された今年のWECでトヨタは3戦全勝。去年もタイトルを総ナメしているので、今年のルマン24時間でもトヨタは大本命とされていました。
そんな「強すぎるトヨタ」に対して突然の“ハンディウェイト”が科せられたのは、レースまで2週間を切った5月31日のこと。彼らには、実に37kgものウェイトが追加で搭載することが義務づけられたのです。
これをもってして「トヨタいじめだ!」と主張する人々がいますが、同日の発表でフェラーリにも24kg、キャデラックには+11kg、ポルシェにも+3kgのウェイトが追加で科せられており、大メーカーのなかで変更がなかったのは昨年から参戦してここまでゼロ勝のプジョーだけでした。
つまり、ACOはトヨタを“いじめた”わけではなく、全チームがより拮抗した戦いをできるように工夫したのだと考えられます。
このタイミングでの性能調整はあらかじめルールに記載されていたものではないので、その意味では非難されても仕方ないでしょう。ただし、記念すべき100周年レースを少しでも盛り上げたいというACOの意図は、私にはわからなくもありません。
トヨタ対フェラーリ
彼らの狙いは図に当たり、スタートして5時間が経過した時点でも、5大メーカーのうちの1台はトップから最大で1分半の遅れで周回を重ねていました。5時間経過の段階で1分半の遅れであれば、残る19時間で逆転したとしてもまったく不思議ではありません。私はルマン24時間を取材するようになって30年以上になりますが、ここまで白熱したレースを見たのは初めて。つまり、歴史に残る名レースになったといっていいでしょう。
その後は徐々にトヨタ対フェラーリの構図が明らかになっていきましたが、フィニッシュまであと2時間を切った日曜日の午後2時過ぎに、2番手を走行中だったトヨタ7号車がコース脇のバリアに接触。これで前後のボディカウルを交換したためにフェラーリとの差は1分以上にまで広がり、結果的に彼らは1分21秒遅れの2位でフィニッシュ。50年ぶりに参戦したフェラーリが100周年のルマン24時間で通算10勝目を挙げるという劇的な幕切れとなったのです。
こうして、今年もルマン24時間は感動的なドラマを生み出しました。これもまた、ルマン24時間が世界3台レースのひとつと呼ばれる所以でしょう。
なお、9月8〜10日には日本の富士スピードウェイでWEC第6戦が開催。トヨタ、フェラーリ、ポルシェ、キャデラック、プジョーなどが参戦する予定なので、こちらも注目したいところです。
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