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最終更新日:2024.01.09 公開日:2023.05.16

障害や認知症になった親の車。子どもが売却できる?~弁護士に訊いてみた~【クルマと法律vol.08】

交通問題やクルマに関する相談について、法律の見地から分かりやすく解説する連載「クルマと法律」。今回は、障害や認知症などによって判断能力が低下した親のクルマを、その子どもが売却できるのか。その場合、どのような手続きが必要か、弁護士・芳仲美恵子先生に話を聞きました。

文=弁護士・芳仲美恵子

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「障害や認知症により判断能力が低下した親の車を、その子どもが売却手続をしたら問題がありますか?」

親のクルマを売却するには委任が必要

相談者:実家の父が、3か月ほど前に突然の脳出血で倒れ、最近リハビリ病院に転院しました。実家は交通の便がよくないし、父は高齢ですが元気でしたので、買い物や母の通院のためにほぼ毎日クルマを運転していました。しかし、父が入院したため、今後、クルマを使わないなら、維持費がかかるばかりです。私が父のクルマを売却しても問題ないでしょうか?

芳仲弁護士:まずは、たとえ親族でも、自分のものでない物を勝手に売ることはできないという基本を押さえておきましょう。お父様が所有するクルマである以上、クルマを売ることはお父様にしかできません。

相談者:親族でもダメなのですね。

芳仲弁護士:もちろん、本人に頼まれて親族が売却手続きをすることはありますが、その場合でも、売却は本人の意思に基づいているわけです。つまり、委任者たる本人と受任者たるご親族との間における委任契約に基づいて、本人からご親族に対して、売却のための代理権が授与され、その代理権に基づいて、ご親族が売却手続をとるということが必要です。お父様に事情を説明して、クルマの売却を委任して頂くことは難しいご病状なのでしょうか?

相談者:昨日、父を見舞いに行きましたが、まだベッドに寝たきりでした。母が話しかけると返事をするときもありますが、私や弟が話しかけても微笑むだけで、どうも話の中身が伝わっていないようなのです。回復の見込みについて、医者からは、本人の気力次第だが、身体には麻痺が残るだろうから自宅に戻って暮らすのは難しいと言われてしまいました。

芳仲弁護士:確かに、それではクルマの売却を委任して頂くことはまだ難しそうですね。

意思確認ができない場合、売却が無効になることも

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相談者:実をいうと、父の印鑑登録カードを使って印鑑登録証明書を取得すればクルマは売却できると思っていたのですが…。

芳仲弁護士:手続き上はそれで売却できてしまうかもしれませんが、お父様の委任が得られない以上は、お勧めできませんね。

相談者:やはりそうですか。

芳仲弁護士:売買は、所有権の移転や、代金の支払義務といった、さまざまな権利や義務を発生させる「法律行為」です。しかし、「法律行為」をした結果として、権利や義務を発生させるためには、そもそも「法律行為」の当事者がその意味を理解していること、すなわち意思能力を有していることが必要なのです(民法3条の2)。意思能力を欠く「法律行為」は無効ですから、無理して売却すると売却相手にも迷惑がかかります。

相談者:売却相手に迷惑をかけるのは、よくないですね。

芳仲弁護士:お父様がどこまで回復なさるかはわかりませんが、実際上、判断能力が低下して意思能力の有無が疑われる状態において、本人の意思をどうやって確認するのかは、実務上は大変困難な課題です。判断能力が低下した親の財産管理を巡る紛争や、売買や贈与の有効性が争われる例は少なくなく、強引なことは決してお勧めできません。

相談者:紛争は避けたいですね。とはいえ、もし、父からクルマの売却を委任して貰えない場合、父が死んで誰かが相続するまでクルマは売却できないのでしょうか?

芳仲弁護士:その場合、ご親族としては、家庭裁判所に手続きをとり、成年後見人を選任してもらうという方法もあります。成年後見人は法律で権限を与えられている法定代理人ですので、お父様からの委任は必要なく、法定代理権に基づいてお父様に代わりさまざまな法律行為をすることが可能となります。

相談者:成年後見ですか…。先日、妻が役所で話を聞いてきましたが、成年後見制度を使うと、父の全財産を調べられて毎年財産目録を裁判所に提出しなければならないとか、後見人や後見監督人の報酬もかかるとか聞きました。今、差し迫って処分したいのはクルマだけなので、正直、成人後見制度を使うことは考えられないです。

事前に委任されていたら売却できる可能性も

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芳仲弁護士:ちなみに今回、お父様は突然、脳出血で倒れられたとのことでしたが、仮に、何かのご病気が徐々に悪化して、お父様ご自身がクルマはそろそろ乗れないとお考えになって、予めお子さんにクルマの売却を委任していた場合は、多少、話が違いますよ。

相談者:どういうことですか?

芳仲弁護士:民法では、委任関係は、委任者ないし受任者の各当事者がいつでも解除することができるほか(民法651条)、それ以外にも、各当事者が死亡するか破産したときと、受任者に成年後見審判が開始したときに終了すると定められています(民法653条) 。つまり、委任者の意思能力の喪失は、法律上は、委任の終了原因とされていませんので、委任した時点で委任者たるお父様に意思能力があれば、クルマを売買する時にお父様の意思能力が失われていても、そのことだけで受任者は売却の代理権を失うわけではなく、売却を有効と考えることが可能となってくるのです。ただ、そうはいっても、取引の相手方からすれば、本人の意思能力が失われてしまうと、代理人が権限を濫用しているかどうかを本人に確かめることができませんから、あとで取引の有効性を争われるリスクがあり、積極的に取引する人がいないのが実情です。

相談者:なるほど。理屈上は、事前に委任されていればいいということなのですね。

芳仲弁護士:先程、お父様の印鑑登録カードで印鑑証明書が取得できるとおっしゃいましたが、暗証番号はどうやって知ったのですか?

相談者:父がメモを書いてくれていたのです。父は、常日頃から家族に対して「万が一自分になにかあったときは、床の間の桐箱に大切なものを全てまとめてある」と言っていました。今回、母と弟と一緒に、その桐箱を開けてみたのです。

芳仲弁護士:桐箱ですか。中身は何だったのでしょう。

相談者:そこには、実家の権利証などさまざまな重要書類のほか、実印と印鑑登録カードが封筒に入っていて、その中に印鑑登録カードの暗証番号が書いてある便箋も入っていました。さらに、私と弟宛に「もし、自分が認知症になって長生きし、金に困るようなことがあれば、これを使って家やクルマを金に換えなさい。くれぐれもお母さんを頼みます」と添え書きしてあったのです。そのほかにも、銀行のキャッシュカードの暗証番号や生命保険の一覧表などを書いた便箋、遺言書らしきものもありました。

芳仲弁護士:なるほど。素晴らしいお父様ですね。そのメモの作成時期や作成経緯次第では、作成時点において条件付きでクルマの売却委任があったと捉える余地はあるかもしれません。

相談者:では、クルマは売却できますか?

芳仲弁護士:基本的にはやはり難しいように思いますね。

 売却のためには「金に困る」ことが必要とのことですが、「金に困る」という表現は、通常は「お金が足りなくなって困る」という意味ですから、まだ条件が満たされていないように思われます。委任者が指定した条件が整っていないのに代理人がそれを無視して売却すれば、それこそ代理権の濫用に当たってしまうおそれがありますよね。

 それに、そのメモを作成したのが間違いなくお父様なのか、作成時期はいつか、といったことも問題になってきます。そのメモを実際に拝見して記載内容を精査させて頂く必要や、桐箱の準備された状況や桐箱内の他の書類、物品等の状況、ご実家の経済状況についても、さらに詳しくお伺いする必要がありそうです。

相談者:そうですか。なかなか難しいですね。

芳仲弁護士:そうですね。委任があると認められる場合であっても、売却にあたり実際上なによりも重要なことは、お父様の推定相続人にあたるご親族の意見が一致していることと、受け取った売却代金をお父様名義の口座に入金するなどして適切に管理することです。

相談者:実は、親族の意見も一致しているとはいえません。母は、頭では医者の説明も分かるというのですが、父が家に帰ってきたときクルマがないと困るなどと言って、クルマを売るのを渋っています。

弁護士:そうでしたか。お母様のお気持ちを考えると、やはり、急いでクルマを売却するのはお勧めできませんね。万が一、売却したにも関わらず、後になって取引が無効であったとされたり、取り消されたりしたら、事情次第では、最悪の場合、有印私文書偽造、同行使、電磁的不正記録作出罪といった犯罪が成立する可能性もあります。

相談者:ええ! 犯罪になってしまうのは困ります!

芳仲弁護士:当面はご親族でお父様の財産の管理を行うと思いますが、親族間でよくよくご相談をして信頼関係を維持しながら進めることがとても大切です。かなりデリケートな内容ですので、気になることや疑問点があればその都度専門家から助言を得たほうがいいでしょう。

相談者:わかりました。

芳仲弁護士:とはいえ、お父様の意識が回復して、クルマの売却意思が確認できたら何の問題もなく、それが一番です。是非、お父様にはリハビリを頑張って頂きたいですね。

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