『サーキットの狼』はかくして誕生した!──ロータス ヨーロッパと漫画家・池沢早人師<前編>
「な、なんだあの車は?」。東京・新井薬師に現れた一台の車が、漫画家・池沢早人師の人生を変えた。自動車漫画の金字塔『サーキットの狼』の誕生へと繋がった愛車ヒストリーを語る新連載。今回は「ロータス ヨーロッパ<前編>」をお届けする。
東京・新井薬師で受けた二度の衝撃
1974年12月から1979年まで週刊少年ジャンプで連載した漫画『サーキットの狼』には、さまざまなスポーツカーとスーパーカーを登場させました。でも登場人物たちが乗っていた車って、その多くは「僕自身が乗っていた車たち」なんですよね。まぁもちろん僕ではなく、僕の友人・知人が乗っていた車も出てきますが、メイン的な扱いで登場した車はすべて、僕自身が1970年代に愛し、実際に乗っていた車たちなんです。
そんなすべての車種に思い出と思い入れはありますが、やはりまずは主人公である風吹裕矢が乗っていた「ロータス ヨーロッパ」についてお話ししましょう。
漫画家になって最初に買った車は、少年ジャンプの編集者に無理やり勧められた地味な国産セダンでしたが(笑)、編集者には内緒ですぐ日産 フェアレディZに買い替えました。そして当時住んでいた中野区の新井薬師という地味な町をたまたま走っていたトヨタ 2000GTの姿に衝撃を受け、甲州街道沿いの車屋さんでトヨタ 2000GTの中古車を買ったんです。
トヨタ 2000GTにはもちろんおおむね満足していたのですが、またまたなぜか新井薬師で(笑)見てしまったんですよ、ロータス ヨーロッパという車を。
その日、新井薬師の地味な商店街を走っていたロータス ヨーロッパ S2のボディは赤で、白のストライプが入っていて。もうとてつもなくカッコよくてね、これ以上ない衝撃を受けたんです。「な、なんだあの車は?」と思って、当時は今みたいにネット検索ができる時代ではありませんでしたから、『カーグラフィック』とかの自動車雑誌で一生懸命調べて、「どうやらあの赤い車は『ロータス ヨーロッパ』という英国車であるらしい」ということを把握しました。
試乗させてください!
ちなみに初めてロータス ヨーロッパを見て衝撃を受けた頃は、まだ『サーキットの狼』の連載は始まっていませんでした。構想中の段階でしたね。
で、僕はジャンプでギャグ漫画の連載をしながらもロータス ヨーロッパに夢中になっちゃって、試乗しに行ったんですよ。トヨタ 2000GTの中古車を買った甲州街道沿いの車屋さんにヨーロッパのS2が置いてあったので、「試乗させてください!」って言ってお店まで行ったんです。
そしたらねぇ……もうシフトフィールがぐにゃぐにゃで。いやシフトフィールがぐにゃぐにゃなのはロータス ヨーロッパの特徴なんですが、その中古車は特にひどくて。1速で発進して、さて2速に入れようかと思ったら「……2速はどこにあるの?」っていうぐらいのぐにゃぐにゃっぷり(笑)。それで「中古車はダメだ、新車のロータス ヨーロッパを買おう」と思い、またカーグラで「ロータス ヨーロッパの新車はどこで買えるのか調べる」というレベルから始めました(笑)。
すると、どうやら六本木の飯倉片町にロータスの代理店があるらしいとわかったので、夜な夜なショールームの前まで行ってましたね。
夜中に漫画の仕事が終わるじゃないですか? するとトヨタ 2000GTでドライブがてら六本木まで行って、そこから飯倉片町まで南下して、ロータス代理店のショールーム前で20分か30分、とにかくじいいいいい……っと、ロータス ヨーロッパの姿を眺めるわけですよ。もうね、アトランティックカーズさんがやっていた飯倉のロータスディーラーの前まで深夜に何回行ったか、数え切れないし、覚えてませんね。
で、まだまだそのときは『サーキットの狼』の連載はぜんぜん始まってないんですけど、結局はそのディーラーで新車のロータス ヨーロッパ ツインカムスペシャルを買いました。それまではずっと夜中に行ってたんですが、ある日ふと昼間の営業時間中にディーラーまで行ってみたとき、それまでの逡巡が嘘だったかのようにあっさりと、1974年製ツインカム スペシャルを買ってしまいましたね。納車日は、忘れもしない1974年7月4日でした。
ただ、そこに至るまでには「トヨタ 2000GTを売却して、ロータス ヨーロッパを買えるだけのお金を工面する」という必要があったのですが……。
〈後編に続く〉