私でも自転車をはねてしまうかも!?|長山先生の「危険予知」よもやま話 第11回
JAF Mate誌の人気コーナー「危険予知」の監修者である大阪大学名誉教授の長山先生に聞く、危険予知のポイント。本誌では紹介できなかった事故事例から脱線ネタまで長山先生ならではの「交通安全のエッセンス」が溢れています。
2022年8月、長山泰久氏がご逝去されました。
長年に渡る監修への感謝を込めて心からご冥福をお祈り申し上げます。
本連載は、JAF Mate誌掲載時に長山先生からお聞きした内容で構成しています。
私でも自転車をはねてしまうかも!?
編集部:今回の問題は住宅街を抜ける片側1車線の道路で、路地から自転車が急に飛び出してくるというケースです。このような状況で飛び出されたら、ドライバーとしては対処しようがないような気がしました。
長山先生:私も今回の写真を見たとき、「自分でも下手をすると、自転車をはねてしまいかねない」と感じました。歩道がなく脇道が道路に直結している狭い道で自転車が飛び出してくることは、事故の危険性が高い最も恐ろしいことです。自転車の姿が直前まで見えないので、タイミングによっては事故を回避するのはかなり難しいですね。
編集部:そこで「とびだし注意」の看板とカーブミラーに注意することが大切になるのですね。
長山先生:そうです。今回の場所には、事故の危険性をドライバーに伝える「とびだし注意」の警戒看板がありました。このような警戒看板は実際に事故が起きた場所に設置していることが多いので、ドライバーにとって有益な情報といえます。また、カーブミラーがあれば、飛び出す自転車や人を事前に確認できますし、はっきり映っていなくても、脇道があることがそこから分かるので、注意することができます。看板やミラーに気づいたドライバーは飛び出しの危険性を意識して走るので、突然の飛び出しにも対応することが可能となり、事故を防ぐことができるのです。
編集部:時々、いつ設置されたのか分からないような古い看板もあって、軽視してしまうこともありますが、写真の看板はきれいで、わりと新しく設置されたもののようなので、最近にも飛び出し事故があったのかもしれませんね。
長山先生:そうですね。このような看板は、公安委員会が設置する「警戒標識」と違って標語的なものも多いので、ドライバーに対してどれほど強い効果を持っているか疑問ですが、地域の警察署で設置しているものは、その場所での事故件数や事故事例が元になっているので注意する必要がありますね。
日本にはない、子供や自転車に対する警戒標識
編集部:そういえば、警戒標識には動物の飛び出しはあっても、人や自転車の飛び出しはありませんね。
長山先生:そうですね。「学校、幼稚園、保育所などあり」の警戒標識はありますが、直接的に子供や自転車の飛び出しを注意させる標識はありません。しかし、ドイツや英国の警戒標識の中には、子供や自転車に関する警戒標識があります。下の標識はドイツのもので、左の子供の警戒標識の場合、「十分に注意、必要ならブレーキの準備、必要な場合、速度を落とす」ことが求められます。右の自転車の場合、「自転車が前を横断する可能性があることを考えに入れる」ことが求められます。
編集部:ドイツの警戒標識は赤の縁取りなのですね。
長山先生:警戒標識には下のように欧州式と米国式があります。赤い縁取りがあるのが欧州式で、欧州式が国際社会では多数派です。一方、米国式は黒の縁取りがある黄色の菱形で、日本の標識は米国式になります。
編集部:じゃ、米国や日本の標識は世界的には少数派なのですね。
長山先生:そうです。ちなみに下の標識は韓国のもので欧州式ですが、縁取りの中は黄色く塗られています。
編集部:派手なぶん目立つので、欧州式と米国式のいいとこ取りって感じですかね?
長山先生:上に挙げた韓国の警戒標識は、一見、日本の「学校、幼稚園、保育所などあり」と絵柄は似ていますが、スクールゾーン的な速度注意を促すだけでなく、子供に対する直接的な注意を示しています。
編集部:米国式より欧州式のほうが、より注意対象を具体的に示しているような感じですね。
長山先生:そうですね。今回の「とびだし注意」の看板のように、日本の警戒標識にも、直接的に子供や自転車に対する注意を促すものも取り入れられるといいでしょうね。子供や自転車は交通弱者であり、行動の善悪はともかく、いざ事故が起きて死亡させてしまったり、負傷させてしまったら、それこそ「取り返しがつかないこと」になります。”覆水盆に返らず”という格言がありますが、私はある経験がきっかけで、この格言が生き方のベースになりました。
“覆水盆に返らず”が安全運転のベースに
編集部:“覆水盆に返らず”が生き方のベースになるなんて、相当悔やまれる苦い思い出があったのでしょうか?
長山先生:小学校6年生の頃でした。同級生に、ときどき突拍子もないものを持ってきて、私たちを驚かす子がいました。ある日、鬼の金棒のようなものを持ってきて、皆でそれをいろいろと使って遊んでいましたが、私はそれを床に向けてドンドンと突いていたところ、木の板を張った床だったので穴が開いてしまったのです。
編集部:それはまずいですね。先生に怒られたのではないですか?
長山先生:先生に謝りに行きましたが、こっぴどく叱られました。でも、何よりも辛かったのは、毎日そこに気をつけて歩かなければならなかったことです。戦争中ですから、それを張り直す余裕がなかったのでしょう。卒業式まで修理されることはありませんでした。
編集部:見せしめじゃないでしょうけど、床が壊れたままだと、ずっと他の人に迷惑を掛け続けることになりますし、自分の過ちからも目を背けられず、辛いでしょうね。
長山先生:まさにそのとおりで、やってはいけない行為をしてしまうと、どうしても元に戻らない、取り返しがつかないことになってしまうのを嫌というほど思い知りました。もし交通事故を起こしてしまうと、こんな程度では終わらないぞ! 絶対に事故を起こしてはならないぞ! という私の厳しい安全に対する心構えの背景には、子供の頃のこんな経験があったのです。その後、「化学の授業」を受けて「非可逆性」ということを学んで、「それをやると元に戻らないことがあるぞ、大変なことになるぞ」という戒めと結びつきました。
編集部:子供心に深い思いを残したのでしょうね。でも、同じ交通事故でも、今回のような無謀な自転車の飛び出しについては、ドライバーだけの注意ではどうしようもない部分がありますよね?
親や祖父母による自転車教育も必要!
長山先生:もちろん、そうです。自転車で路地から交差道路に入るときは、一時停止の規制があるときはもちろん、たとえなくても見通しが利かない路地から出る際は、必ず一時停止か徐行をする必要があることを認識しておく必要があります。
編集部:左折の場合、ほとんどの自転車は一時停止もせずに出てきてしまいますね。そういう私も免許を持つまでは、同じような走り方をしていました。
長山先生:そうですね。車を運転して初めて、自転車の無謀さがよく分かるものです。ただ、「路地から出るときは一時停止か徐行!」という教え方ではダメです。「止まれ」ということは単に動作上止まるということではなく、止まる理由は左右の自分と関係するものや事象を見落とすことなく確認するために止まるということをしっかり認識させないと、形だけの一時停止となってしまいます。
編集部:そうですね。今回のように一時停止の規制がないと、なぜ一時停止や徐行をしないといけないのか、免許を取るまでなかなか危険性が実感できないので、「あんな走り方で出てしまうと、こんな危険がある」というように、具体的に危険性を説明してもらわないと、なかなか身に付かないかと思います。
長山先生:それには、日頃から両親や祖父母など、子供にとって身近な大人が自転車の安全な走り方やルールを守ることの重要性について、子供に本気になって繰り返し教えることが大切です。
『JAFMate』誌 2015年10月号掲載の「危険予知」を元にした
「よもやま話」です
【長山泰久(大阪大学名誉教授)】
1960年大阪大学大学院文学研究科博士課程修了後、旧西ドイツ・ハイデルブルグ大学に留学。追手門学院大学、大阪大学人間科学部教授を歴任。専門は交通心理学。1991年4月から2022年7月まで、『JAF Mate』誌およびJAFメイトオンラインの危険予知コーナーの監修を務める。2022年8月逝去(享年90歳)。