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最終更新日:2022.08.18 公開日:2022.08.18

なぜ「アストンマーティン DB5」はボンドカーに選ばれたのか?──映画を彩った名車たち(第1回)

映画を彩った名車たちを1台ずつ深堀りしていく新連載がスタート。第1回は、映画「007」で登場するボンドカーとして知られる「アストンマーティン DB5」を紹介。モータージャーナリストの武田公実氏が、その歴史を紐解く。

文=武田公実 写真=アストンマーティン

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名車の名演

アストンマーティン DB5|Aston Martin DB5

 ともに19世紀末に誕生した「自動車」と「映画」は、とても親和性が高い。

 もともと産業革命以後の最新テクノロジーから生まれた「文明」として誕生しつつも、いつしか「文化」へと昇華し、全世界に熱心な愛好家を得るに至ったのは自動車と映画くらいのもの。また、これまで銀幕には数多くのクルマたちが登場してきたことも、誰もが知ることであろう。

 とりわけ、まさしく名車というべきクルマたちが名演を披露してきた事例も、決して少なくはない。そこで当連載では、名画に登場した名車たちをピックアップし、その栄光のヒストリーを探ってみることにした。

The Most Famous Car in the World(世界一有名なクルマ)

 一世紀を遥かに超える映画の歴史の中で、もっとも存在感の高い自動車と言えば、やはり「007」シリーズにおけるアストンマーティンの「ボンドカー」をおいてほかにあるまい。

 まずは映画版007史上初めて登場したボンドカーが、「007ゴールドフィンガー(1964年)」に、ショーン・コネリー扮する主人公ジェームズ・ボンドの愛車として登場した「DB5」のサルーン(アストンマーティンでは伝統的に4座クーペをサルーンと呼んだ)モデルである。

 1963年夏にデビューしたDB5は、第二次世界大戦後にアストンマーティン社の社主となった中興の祖、デーヴィッド・ブラウンの時代を代表する偉大な三部作、DB4‐5‐6の中でも、総合バランスや完成度の圧倒的な高さから”最高傑作”と称され、現在のクラシックカーマーケットにおける評価も、もっとも高いモデルである。

 そのオリジンとなったのは、1958年に発表された「DB4」だ。完全なハンドメイドによる美しいアルミニウム製ボディに、こちらも総アルミニウム軽合金製の直列6気筒DOHC・3670ccユニットを搭載。1960年代初頭における世界最速車の一つとなったモデルである。

 そして満を持して登場したDB5は、DB4の最終型シリーズ5と比較すると、3995ccまで拡大されたエンジン。独ZF社製5速トランスミッションの採用(最初期型のみはデーヴィッド・ブラウン自社製4速が組み合わされる)。後席のヘッドルームを拡大するため若干かさ上げしたルーフラインなどが比較的目につく変更点だが、そのほかにも細かい仕様変更は多岐に亘っていた。

 DB4時代には、トリプルキャブレターは高性能版「ヴァンテージ」の特権だったが、DB5からは標準モデルにも3連装の英国SU社製キャブが与えられ、DB4ヴァンテージから16psアップの282psを発揮。また、DB5のヴァンテージ仕様は伊ウェーバー社製キャブレターを三基装着し、314psのパワーを得ていた。ほかにも、DB4のレーシングモデル「DB4GT」に端を発し、DB4シリーズ5のヴァンテージ版にも採用された、丸みを帯びたヘッドライト周辺の意匠がスタンダード化された。

かくしてボンドカーは誕生した

アストンマーティン DB5 ゴールドフィンガー・コンティニュエーション|Aston Martin DB5 Goldfinger Continuation

 そして1964年9月に、まずはイギリス国内で公開された映画「007ゴールドフィンガー」に登場したDB5ボンドカーは、ヴァンテージではなくSUキャブつきのスタンダード版サルーンがベース。もちろん改造を担当したのはMI6の特殊武器工廠「Q」ではなく、実はアストンマーティン社の旧ニューポート・パグネル工場内スペシャルコーチワーク部門にて特別に開発・製作された文字どおりの「ワークスカー」だった。

 もともとイアン・フレミング著の原作小説「ゴールドフィンガー(1953年出版)」では、「アストンマーティン DB3」なるクルマがボンドの愛車として登場するものの、「DB3」はオープンボディの純レーシングスポーツマシン。本来はDB4の前任モデルである「DBマークIII」のつもりで書かれたのが、翻訳の段階で混同されてしまったものと推測されている。

 いずれにせよ、原作の段階からアストンマーティンがボンドカーとして選ばれていたのは間違いのないところなのだが、当初アストン側では車両提供に難色を示したそうだ。それでも、007シリーズの製作会社イオン・プロダクションは再三にわたる説得により協力を取り付け、まずは二台の撮影用車両が製作された。

 用意されたガジェットは、ブローニング社製の機関銃や複数のナンバーがクルリと回転する可変ナンバープレート。原始的なものながらナビゲーションシステム。後方からリヤウインドーとキャビンを守る防弾装甲、携帯発信器、煙幕/オイル散布装置、助手席射出シートなど、当時としては夢のような秘密兵器が並び、当時の子どもたちのみならず、大人の映画ファンたちも夢中にさせてしまった。

ボンドカーは実際に販売されていた!?

 さらにDB5は、翌65年の「007サンダーボール作戦」でも再登板して大活躍を見せたのち、1995年公開の「007ゴールデン・アイ」でボンドカーの座に復帰。今世紀以降はほぼレギュラーとして登場し、現状における最新作「007ノー・タイム・トゥ・ダイ(2021年)」に至っても再三出演を果たすなど、時代を超えた007の象徴的存在となってゆく。

 そして、いつしか「The Most Famous Car in the World(世界一有名なクルマ)」という、栄誉ある称号で呼ばれるようになり、1980年前に上梓されたDB5の研究書でも「The Most…」がタイトルとして引用されていた。

 さらに映画の公開から56年もの時を経た2020年には、アストンマーティン社が自ら再生産したDB5に、ボンドカーと同様のガジェットを盛り込んだ「DB5ゴールドフィンガー・コンティニュエーション」を世界限定25台のみ製作すると発表。

DB5 ゴールドフィンガー・コンティニュエーションに装備されたガジェットの数々。

 ナンバー登録はさせない、つまり公道での走行は不可能という条件での販売であり、しかもプライスは275万ポンド(発表時のレートで約3億7000万円)という驚くべきものながら、発表とほぼ同時に25台すべての受注枠が埋まってしまったことでも話題を呼んだ。

 それは「The Most Famous Car in the World」のカリスマ性が、依然として健在であることを示す、何よりの証左となったのである。

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