クルマのある暮らしをもっと豊かに、もっと楽しく

Cars

最終更新日:2023.06.19 公開日:2022.06.28

メルセデス・ベンツ、1回の充電で1200km以上走行可能なEVを開発。「ビジョンEQXX」の驚異的性能とは?

1回の充電で1200km以上を走破。メルセデス・ベンツが実験開発中のプロトタイプEV「ビジョンEQXX」とは一体どんなクルマなのか。モータージャーナリストの大谷達也氏が解説する。

文=大谷達也

記事の画像ギャラリーを見る

ビジョンEQXXが目指すもの

メルセデス・ベンツ ビジョンEQXX|Mercedes Benz VISION EQXX

 メルセデス・ベンツは「ビジョンEQXX」という名のプロトタイプEVを開発し、電気自動車の新たな記録を次々と樹立している。まず、今年4月にメルセデス・ベンツのドイツ・ジゲルフィンゲン工場から南仏カシスまでの約1000kmを途中で充電することなく走行。しかも、このときはフィニッシュしてもまだ140kmの走行が可能な状態だったという。

続いて去る6月に行なったテストでは、ドイツ・シュトゥッツガルトから再びフランス・カシスを経由。そこからイギリスへと足を延ばし、F1グランプリが開催されるシルヴァーストーン・サーキットでバッテリーの電力を使い果たすまでを周回し、総計1202kmを走りきったのである。

これでおわかりのとおり、EQXXは1回の充電で走行できる航続距離が驚くほど長い。なにしろ、100kWh前後の大容量バッテリーを積んだ最新EVの航続距離は600kmほど。メルセデスでもっとも航続距離の長いEQSでさえ最長780kmなのだ。

では、EQXXとはどのようなモデルなのか?

はじめに申し上げておくと、EQXXは特別な高級車でもなければ航続距離だけに特化したレーシングカーのようなクルマでもない。ビジョンEQXXの開発を指揮したメルセデス・ベンツのマーカス・シェーファーは、その位置づけを次のように説明する。

「EQXXで開発した技術は、2024年ないし2025年にデビューするコンパクトサイズのEVに用いられることになります。その際の価格も、同じ時期に発売されるコンパクトサイズのメルセデス・ベンツと同程度になります」

ちなみに、メルセデスのモデル名で最初に”ビジョン”とつくのはコンセプトカーを意味していて、発表から2〜3年で”ビジョン”のないモデル名に改められて量産されることが多い。ただし、EQXXはひとつのモデルとして発売されるのではなく、将来的なコンパクトEVに用いられるテクノロジー全般を開発するためのコンセプトカーと目されている。

エネルギー効率は一般的なEVの2倍以上

ホイールベース2800mm、車両重量1750kgということ以外、ビジョンEQXXのサイズについては明らかにされていない。

 続いて、1000km以上の航続距離を実現した技術的特徴をご説明しよう。

EVの航続距離を伸ばすのにもっとも一般的な手法は、バッテリーの容量を大きくすることだろう。ただし、バッテリーは重く大きいので、バッテリー容量の拡大はそのまま車重増に結びつき、効率の低下を招く。効率が低下すれば、たとえバッテリー容量を増やしてもそれが航続距離の拡大にはダイレクトに貢献しにくくなる。EQXXの場合も、バッテリー容量は100kWhと、ある意味で常識的な範囲に収まっている。

では、どうやって航続距離を延ばしたかといえば、効率を改善したのである。ちなみに、6月にシルヴァーストンまで走行した際の効率は実測値で8.3kWh/100km。これは、現在市販されている一般的なEVの2倍から3倍に相当する効率である。

これがどのくらいすごいことか、ガソリンに換算して説明してみよう。ガソリン1リッターが持つエネルギーを、バッテリー容量を示すkWhという単位で示すと、9.269kWh/リッターとなる(石油連盟のウェブサイトより)。つまり、8.3kWhはおおよそガソリン0.9リッターに相当する。この0.9リッター分のエネルギーで100km走行できる効率を、EQXXは有しているのである。

もっとも、エンジンの効率は燃費がいいモデルでも40%前後(残りの60%は動力にならず、熱や音として捨てられている)なのに対して、電気モーターは条件にもよるが90%を越すとされる。したがって、この分は勘案しなければいけないけれど、それにしてもEQXXは燃費換算で50km/リッターくらいのエネルギー効率を現実の路上で実現している計算になるので、やはり驚異的と言わざるを得ない。

EQXXはバッテリーから得られるエネルギーの95%をホイールに伝えることができるという。

 EQXXに用いられた効率改善技術について、前述のシェーファーは次のように解説する。

「さまざまな交通環境で効率を改善することを目標としました。この場合、エネルギーを消費するもっとも大きなファクターとなるのは空気抵抗です。EQXXの空気抵抗係数(Cd値)は0.17で、これは新たなベンチマークといっていい数値です。重量も重要なファクターですが、もしも転がり抵抗の小さなタイヤがあれば、あまり大きな問題とはなりません。そして、私たちには転がり抵抗の小さなタイヤが手元にありました」

ちなみに、EQXXに装着されているタイヤはブリヂストン製で、環境性能と運動性能を両立するタイヤ技術の「ENLITEN(エンライトン)」を採用したトランザ・エコである。

メルセデスの考える他社との差別化

空気抵抗係数(Cd値)0.17という驚異的な数字を叩き出すビジョンEQXX。ちなみに現行の市販車で世界トップレベルにあるのは、トヨタ・プリウスの0.24である。

 では、どうしてメルセデスはEVの効率を高め、航続距離を伸ばそうとしているのか? これについてシェーファーはこう説明している。

「EV用の充電施設が現在のガソリンスタンド並みに普及するようになるまでには、長い歳月が必要でしょう。そこで私たちは航続距離の長いEVを顧客に提供する戦略を立てています。これによって他社製EVとの差別化を図る戦略です」

私自身は、すべてのEVに1000kmを越す航続距離が必要かと問われれば、間違いなくノーと答えるだろう。なぜなら、バッテリーの生産にはさまざまな天然資源が用いられるので、できればバッテリー容量は小さいほど好ましいと考えるからだ。

しかし、効率の向上については諸手を挙げて賛同する。そもそも、同じ航続距離を実現するなら、効率が高い方がバッテリー容量も小さくて済むほか、走行時の電力消費も減らせる。多くの電力が化石燃料などから作られている現状を考えれば、消費電力の減少がCO2排出量削減に役立つことは間違いない。したがって、今後はメルセデスだけでなく、他メーカーもこれまで以上にEVの効率改善に取り組むことを期待したい。

記事の画像ギャラリーを見る

この記事をシェア

  

Campaign

応募はこちら!(1月5日まで)
応募はこちら!(1月5日まで)