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最終更新日:2021.07.12 公開日:2021.07.12

プジョーのル・マン・ハイパーカーはリアウイングの無いレーシングカーだった!

プジョーが、ル・マン24時間レースなどの世界スポーツカー選手権(WEC)に2022年から参戦するために開発するレーシングカー9X8(ナイン・エックス・エイト)を公開した。その姿は衝撃だった。なんとレーシングカーに不可欠なリアウイングが無かったのだ。あるべきものが無いプジョー9X8について、モータースポーツライターの大串信が解説。

文・大串信(モータースポーツライター)

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リアウイングが無いプジョー9X8

ボディ後端はウイング形状になっているが、ステーなどでボディから独立したリアウイングが存在しないプジョー9X8 写真=プジョー

 プジョー9X8(ナイン・エックス・エイト)は、あまりにも衝撃的な姿だった。プジョーは7月6日、オンライン発表会を開き、2022年の世界スポーツカー選手権(以下WEC)に投入する新型ル・マン・ハイパーカー(以下LMH)、プジョー9X8の実車を初めて公開したが、なんと高性能レーシングカーには不可欠なアイテムだと考えられてきたリアウイングを備えていなかったのだ。

LMH、LMDhと混沌するWECのレギュレーション

 プジョーは2019年末の段階でWECおよびル・マン24時間レースへの参戦を表明していたが、WECの車両規則が変更したため、具体的な参戦体制についてはこれまでなかなか明らかにしなかった。

 当初ACO(フランス西部自動車クラブ)とFIA(国際自動車連盟)は、昨年まで現在のLMP1(ル・マン・プロトタイプ1)の後継規定としてLMHを2019年6月の段階で発表した。LMP1でル・マン3連覇を達成したトヨタはいち早くLMHでのWEC参戦を決めた。

 ところが2020年9月、ACOとアメリカのスポーツカーレースを統括するIMSA(国際モータースポーツ協会)が現在のLMP2(ル・マン・プロトタイプ2)規定の延長上にLMDh(ル・マン・デイトナ・エイチ)規格を発表したところ、トヨタ以外の自動車メーカーが続々LMDhでのレース活動参入を決め始めた。

 シャシーやパワーユニットをメーカーが独自開発するLMHに対して、LMDhはシャシーが指定された4つのコンストラクターから供給され、ハイブリッドシステムを含む主要コンポーネントを共通化するなど、独自で開発できる領域を狭めてある。これらによって開発・参戦コストが抑制されている。

 その結果、LMHは初年度である2021年シーズンのWECにエントリーしたのはトヨタとグリッケンハウスのみに対し、2022年から導入されるLMDhにはポルシェ、アウディ、BMWなどが参加予定で、現状ではハイパーカーレースの主流がどこにあるのかがわかりにくくなる事態となっている。

2021年からLMHに参戦しているトヨタGR010HYBRID。ベースとなっている車両は、GR SUPER SPORT 写真=トヨタ

 しかしプジョーは2022年にLMHへの参入を正式に発表し、トヨタを相手にル・マン24時間レースの総合優勝および世界選手権のチャンピオンを争うことを選択した。

 プジョーはここまで来年用マシンの詳細を明かしてこなかったが、そのコンセプトの主軸は斬新な空力デザインと進歩的なハイブリッド4輪駆動制御システムにあるとしてきた。発表された9X8はまさにそのコンセプトを具現化したマシンだった。

リアウイングのメリット・デメリット

プジョー9X8が今後の開発でどんなレース仕様になるか注目 写真=プジョー

 ウイングを装備してダウンフォースを発生させ、コーナリング性能を上げるレーシングカーが一般化したのは1960年代終盤のことだ。しかし、ウイングはダウンフォースを得られる一方で、空気抵抗(ドラッグ)も増えてしまうという宿命を抱えていた。技術者たちはなんとかダウンフォースだけを得て、ドラッグを減らす方法はないものかと試行錯誤を重ね、車体下面で発生するグラウンドエフェクトを応用してダウンフォースを生み出す手法を考え出したりもしたが、ウイングの撤廃はできずに現在に至っている。

 今回プジョーがリアウイングを廃するに至ったのは、LMH規定でダウンフォースの最大値とドラッグの下限値及びダウンフォースとドラッグの比である空力効率(L/D)に上限が設けられたことを受けた結論だったのだろう。その仕組みについては空力開発を担当したジャン-マルク・フィノにリアウイングを廃したことに関する質問をすると「詳しくは聞かないでください。できる限り秘密にしておきたいと思っていますから!」と語っている。失われたリアウイングのダウンフォースをどうやってリカバーしているのかは、今後のレース参戦で明らかになってくるだろう。

「LION INSIDE」とうたうハイブリッド4輪駆動制御システム

 そして進歩的なハイブリッド4輪駆動制御システムの中核であるパワーユニットは、最大出力500kW(約680PS)を発揮する排気量2600ccのV型6気筒エンジンにツインターボを装備し、フロントに搭載された200kWの電動モーターを組み合わせたものとなる。LMH規定で電動モーターは通常走行時に時速120kmに達した段階(ウエットタイヤ使用時には時速140~160km)、またはピットロードでのみ作動させることができると定められている。モーターが働いているときは4輪駆動になり、モーターが働いていない低速時は後輪駆動となる。またエンジンと電動モーターの出力の合計は最大500kWに制限されているので、電動モーターが働いている間エンジンの出力は抑制されることになる。

 したがって、いつモーターをどれだけ働かせるか、どこでどれだけ回生してバッテリーに電気を貯めるかなど、パワーユニット制御の最適化はきわめて複雑になる。今回公開された9X8が搭載する制御ユニットのケースには「LION INSIDE」と描き込まれていた。プジョーがハイブリッド前輪駆動制御システムに自信を持っている証拠だろう。

 9X8は2022年のル・マン24時間レースとWECに2台が出走する予定で、今年後半にテスト走行を始める予定だ。今回公開された9X8は、ウイングレスのボディのみならず、前後のライトユニットが、今にも獲物に飛びかかろうとする獣の爪をイメージした縦3本の形状となっている、多分にデザインを優先した姿だった。

 これまでウイングを設けずに闘おうとしたレーシングカーはいくつかあるが、どれも失敗に終わっている。プジョーは果たして「ウイングレス」の現在の姿で思い通りの性能を引き出すことができるのかどうか、トヨタGR010HYBRIDとの闘いがどう展開するのか、注目されるところではある。

<プジョー9X8発表動画>

<プジョー9X8のスペック>

参戦カテゴリー:ル・マン・ハイパーカー(LMH
全長:5000mm
全幅:2080mm
全高:1180mm
ホイールベース:3045mm
車重:未発表
パワートレイン:プジョー・ハイブリッド4
駆動方式:4輪駆動(前輪モーター駆動、後輪ガソリンエンジン+モーター駆動)
ガソリンエンジン排気量2600cc
ガソリンエンジン型式: 90V6気筒ツインターボチャージャー
ガソリンエンジン出力:500kW680PS
トランスミッション:7速シーケンシャル
フロントモーター出力:200kW(電動モータージェネレーター+1速減速機)
バッテリー:プジョー・スポール、トタルエナジーズ、サフトの共同開発による高密度の900ボルトバッテリー

1992、19932009年にル・マン24時間レースを制したプジョーのマシンたち 写真=プジョー


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