GTに痛車が生まれるまで!初音ミクGTプロジェクトの誕生ストーリー
SUPER GT GT300クラス、初音ミクの痛車で人気を誇るグッドスマイルレーシングは、2021年7月、100戦目を迎えた。2008年に「ファンと共に走るレーシングチーム」というコンセプトではじまり、今なおファンに愛される続ける人気チームだが、その運営母体は秋葉原のフィギュアメーカー。そもそもそんな会社がなぜレーシングチーム運営に携わることになったのか、その誕生の背景とは。
きっかけは知人からの相談
初音ミクの描かれたレーシングカーをグッドスマイルレーシング(以下、GSR)が走らせるようになったのは、たくさんの偶然が積み重なった結果だった。現在、初音ミクGTプロジェクトの運営に関わっているGSRのスタッフの話を聞いていると、そんな思いを強く抱く。
「2008年シーズンに向けてBMWでSUPER GTに参戦しようとしていたチームの設立メンバーがスポンサー営業で悩んでいたとき、『最近はやりの「痛車」にしたら注目されて、スポンサーが集まるんじゃないか?』との提案があったそうです。当時は「痛車」という言葉が今ほど浸透しておらず、「イタ車」と言えばイタリア車のことだった時代です。この会議に出席していた一人が「痛車」にふさわしいキャラクターを探すうちに初音ミクに辿り着き、その初音ミクを使用するにはどうすればいいかと更に調べていくうちに、人づてに知り合ったのが弊社代表の安藝でした」
株式会社グッドスマイルカンパニー(以下、GSC。グッドスマイルレーシングの運営母体)の安藝貴範代表は、当時ボーカロイドのキャラクターとして誕生したばかりの初音ミクにいち早く注目した人物のひとり。そもそも初音ミクは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社(以下、クリプトン)という会社が、ボーカロイド(ヤマハ株式会社が開発した歌声合成技術で、コンピューター上で歌詞とメロディーを入力して、誰でも歌を歌わせることができる音楽制作ソフトウェアのこと)の新製品として2007年8月に発売したもので、発売直後から大勢のクリエイターがニコニコ動画などのメディアに制作した音楽を投稿し、一躍ムーブメントとなった。パッケージに描かれたキャラクターにも注目が集まり、バーチャルシンガーとしてグッズ展開やライブを行うなど今に至る大人気を博した。安藝代表自身も、自らが経営するGSCでそのフィギュアを製作して、大ヒット商品となる経験をしていた。このレーシングチームの願いを実現する為に協力を買って出た安藝代表は、すぐにクリプトンと交渉し、レーシングチームのマスコットキャラクターとして初音ミクを使用する許可を得たという。
「ただし、クリプトンさんは安藝に『どんなことが起きるのかよくわからないので、グッスマ(GSCの通称)さんでしっかり看て下さいね』と条件を付けたそうです」
ファンが喜ぶ特典を!個人スポンサー制度を発案
こうして初音ミクGTプロジェクトは誕生した。GSRは、初音ミクの権利を有するクリプトンの代理人のような形でこのレーシングチームと関わるようになる。これが2008年のこと。
初音ミクが描かれたBMWがサーキットにお目見えすると、すぐに多くの初音ミクファンがサーキットに詰めかけ、大注目チームとなった。しかし一方で、チームが期待したほどにはスポンサー企業が集まらず、すぐに活動継続の危機を迎える事になる。このとき安藝氏が考え出したのが、初音ミクを軸とする個人スポンサー制度というアイデアだった。
「グッスマは、人気キャラクターをデフォルメしてフィギュアにする”ねんどろいど”というシリーズを持っているのですが、チーム専用の初音ミクのねんどろいどを用意して、それを特典にした個人スポンサーを募りました。今で言うふるさと納税の返礼品みたいな。そして、ここで集めた資金をレーシングチームの運営費に充てたのです」
個人スポンサーの名前はピットや公式Webサイトに掲出され、金額によってはレーシングカーのルーフにも書かれた。もちろんここでしか手に入らない、ねんどろいど初音ミクのお陰もあって、このアイデアは多くのファンの心を掴んだ。安藝代表は、これを続けて更に盛り上げていけば、チーム運営は十分可能だとの感触を得ていた。
ところが、2010年の計画を策定する段になって、レース活動の基盤となるレーシングチーム側から「参戦を続けられなくなった」との申し出があった。しかしクリプトンの代表から「初音ミクを頼む」と言われている安藝氏にしてみれば、既に大勢の個人スポンサーを集め、更に多くの初音ミクファンの期待を背負っている以上、簡単にこのプロジェクトを諦めてもらうわけにはいかなかった。そこで翌年はポルシェにマシンを換え、GSCもメインスポンサーとなる形で資金を提供。こうしてGSRはみずからレーシングチーム運営に乗り出すことになる。
チーム強化でついにチャンピオンに!
2011年にはマシンを再びBMWに戻し、トップドライバーである谷口信輝がチームに加入。さらに元F1ドライバーの片山右京がチームに加わるとチームの実力も一段と向上し、なんと参戦4シーズン目にして早くもGT300クラスのチャンピオンに輝いたのである。
その後もGSRは初音ミクをシンボルに、「ファンがチームを直接支援する」という枠組みを基本的に維持したまま、綿々とレース活動を継続。2012年に谷口のチームメイトにGT500ドライバーだった片岡龍也を迎えると、2014年と2017年にもタイトル獲得に成功。いまやGSRは押しも押されもせぬトップチームとして広く知られる存在となった。
これからもファンとともに走り続ける
今後の目標をGSRのスタッフに訊ねたところ、こんな答えが返ってきた。「(GSRが参戦する)SUPER GTのGT300クラスでは、2年連続でチャンピオンに輝いたチームはまだありません。代表はこれをチームの目標として掲げています。そのためにはまず2017年以来なれていないチャンピオンにならないといけません。それから2年目ですからね。ちなみに、もしも2連覇を達成できたとしたら、その時は必ず『次は3連覇だ!』と言い出すでしょう。GSRはきっと止まらずに上を目指し続けると思います。応援してくださるファンの方々のためにも精一杯頑張りますので、引き続きのご支援をどうぞよろしくお願いします」
GSRのさらなる活躍に期待したい。