宇宙に一番近いクルマたち「JAXA編」。H-IIIロケット運搬用の新型56輪車登場!
日本は独自開発したロケットを有し、各種人工衛星を打ち上げられる技術力を持つ。ここでは、ロケットを発射地点まで運搬する特殊車両や、ロケットのパーツや人工衛星など、日本の宇宙開発の最前線で活躍するクルマたちを紹介する。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)が運用するロケット発射場は2か所ある。ロケットは赤道に近い地点から打ち上げるほど、地球の自転エネルギー(遠心力)を利用できて燃料の節約につながることから、どちらも鹿児島県にある。ひとつは、鹿児島市の南方、海を渡った先にある種子島宇宙センターだ。ここは総面積が970万平方mある日本最大のロケット発射場で景観も素晴らしく、「世界一美しいロケット発射場」ともいわれている。
そしてもうひとつが、鹿児島市の南東、大隈半島の東側、太平洋に面した内之浦宇宙観測所だ(画像1)。こちらは60年近い歴史を有し、日本初の人工衛星「おおすみ」(大隅半島に由来)が打ち上げられた日本で最初のロケット発射場でもある。また、初代「はやぶさ」が2003年に打ち上げられたのもここだ。種子島宇宙センターと甲乙つけがたい美しい景観のロケット発射場だ。
2台1組で移動発射台ごとロケットを運ぶJAXAの56輪車「ドーリー」
JAXAの基幹ロケット「H」シリーズ(※1)を打ち上げているのが、種子島宇宙センターだ(画像2)。同センターは種子島の東南東の海岸線に設けられており、大型ロケット発射場、大型ロケット組立棟、衛星組立棟など、打ち上げのための各種施設があるほか、液体エンジン試験場、固体ロケット試験場など、ロケット(エンジン)開発のための試験場も備える。
ロケットの発射地点を「射点」といい、種子島宇宙センターの場合は、そこから500mほど離れたところに大型ロケット組立棟がある。「H」シリーズを製造している三菱重工から搬入された各種パーツは、この巨大な組立棟において、「大型ロケット移動発射台」(以下、移動発射台)の上に立てた状態で組み立てられる。そして燃料の注入以外のすべての準備が整えられてから、ロケットは移動発射台に載せられた状態で射点まで運び込まれ、打ち上げとなる。ちなみに、2007年から打ち上げはJAXAから三菱重工に移管され、現在は商用サービスとして行われている。
移動発射台の足として、2台1組で息を合わせて射点と組立棟の間で運搬を担うのが、「ドーリー」の通称で呼ばれる専用運搬車だ(画像3)。三菱重工製で、25mを超える全長のボディに56輪を備え、クルマというよりは列車に近い迫力を持つ。ドーリーは2台で移動発射台の下に入り、ロケットごと移動発射台を持ち上げ、運搬を行う(画像4・5)。
ちなみにロケットや衛星などを含めた移動発射台の合計重量は、通常のH-IIAロケットと、国際宇宙ステーション(ISS)用無人補給機「こうのとり」専用の推力を増強した大型のH-IIBでは大きく異なる(※2)。H-IIAの場合は、ロケット本体が約290トン、衛星・探査機の重量が最大10トンまで、H-IIA用の第1移動用発射台約850トンで、合計すると最大で約1150トン。
一方のH-IIBの場合は、ロケット本体がより大型なので約530トン、「こうのとり」が貨物を含めて最大16.5トン、H-IIA/Bどちらにも対応している第3移動発射台が約1100トンで、合計すると最大で1650トン弱となる。この大きな重量物を支え、最高時速2kmでゆっくりと確実に運搬するのがドーリーの役目である。まさに、日本の宇宙開発を支えるなくてはならない運搬車なのだ。
なお、ドーリーのタイヤはパンクの危険性をなくすため、空気を使用しないウレタンソリッド製となっている。56輪の向きは90度真横に向けることも可能で(画像6)、左右真横への移動(横行)や、その場で旋回する超信地旋回も行うことが可能だ。また移動時は、路面に埋設された磁気マーカーを検知して自動走行する機能も備えている。スペックは以下の通りだ。
全長×全幅:25.4×3.3m
全高:2.84~3.44m(移動発射台運搬時に全高を高くして持ち上げる)
総重量:約150トン
タイヤ数:14軸列・56本
タイヤ素材:ウレタンソリッド
最高速度:時速2km
駆動方式:ディーゼル発電式モーター
備考:ロケットを搭載した移動発射台を積載して前進後進、横行(真横への移動)、定地旋回(その場での180度回転)が可能
新型ロケット「H-III」の開発に合わせてドーリーも新型が登場
新型基幹ロケットH-IIIの打ち上げのため、騒音を従来よりも低減させる仕組みを備えるなど、移動発射台も新型が開発された。そのため、ドーリーもH-III用移動発射台を運搬することのできる新型が2018年に公開された(画像7・8)。ドーリー2018年式は56輪車である点など、従来型とほぼ同じ仕様となっているが、信頼性や運用性などの点で向上が図られている。なおH-III専用ではなく、従来のH-IIA/B用の移動発射台の運搬も可能だ。
ドーリー2018年式の信頼性は大幅に高められており、万が一故障しても30分以内に復旧して運搬作業を継続できるという。そして、これまでの運用経験を活かし、メンテナンスしやすいよう部品の配置に工夫がなされている。
それらに加え、維持費の低減にも力が入れられた。まず部品は汎用のものを多用したという。そして、これまで定期的に人の目で点検していた項目の一部に対してセルフチェック機能を導入。健全性データをモニタリングし、定期的に行うのではなく必要になったときに必要な点検を行うことで、年間のメンテナンス費用を従来の半額以下に抑えたとしている。
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ロケットや衛星などの輸送の様子を紹介
巨大なロケットの輸送はまるで建造物の引っ越しのよう
続いては、ロケットのパーツや「はやぶさ2」を輸送する様子を紹介する。まずは、H-IIロケットの巨大さがわかる輸送場面から(画像9)。コンテナが巨大なため、まるで建物を運んでいるようなイメージだ。コンテナは高さがあるため、西之表港~種子島宇宙センターや、内之浦港~内之浦宇宙観測所までのルート上の信号機は、信号機を回転させられるよう作られている。
そして画像10は、内之浦宇宙観測所で打ち上げられている小型の固体燃料ロケット「イプシロン」試験機の第1段モーター(エンジン)を輸送している様子。イプシロンのパーツは海路で内之浦港まで運ばれ、そこから肝付町(2005年7月に内之浦町と高山町が合併して誕生した、内之浦宇宙観測所が所在する町)を抜けて内之浦宇宙観測所まで輸送される。通行止めを実施して上下線を使ってトレーラーが通行する。そのため、一般の交通に支障が出ないよう、輸送は夜間に行われる。
続いて画像11もイプシロンロケットで、こちらは4号機の第1段モーターの輸送の様子。輸送用の大型トレーラーのタイヤの数もさることながら、車軸ごとに角度が異なるなど、かなり特殊な輸送用車両であることが見て取れる。その理由は、内之浦宇宙観測所は山中に切り開かれた特殊なロケーションにあるロケット発射場のため、内之浦港からの陸路には急カーブなどの難所がいくつかある。そうした難所を無事通れるようにするため、特殊な運搬車が用いられているのである。
続いては、種子島宇宙センターの施設間でロケットの先端部分の衛星などを収納するフェアリングを輸送する様子(画像12)。ISS用無人補給機「こうのとり」の4号機を格納したフェアリングを、第2衛星フェアリング組立棟から大型ロケット組立棟へ輸送する際に撮影された。これもまた建物の引っ越しレベルのスケール感だ。
最後は、「はやぶさ2」の輸送の様子だ。「はやぶさ2」は2014年12月3日に、種子島宇宙センターからH-IIA(26号機)で打ち上げられた。それに先立ち、組み立てと点検が行われたJAXA相模原キャンパス(宇宙科学研究所)よりトレーラーで送り出され(画像13)、フェリーでトレーラーごと海を渡り、同年9月22日に種子島北部の西之表港に上陸(画像14)。そこからは国道58号などを利用して、島をほぼ縦断する形で南東部にある種子島宇宙センターへ運ばれた。大型の人工衛星や探査機などを輸送する際、トレーラーの荷台は車高を下げてある低床型が使用されることが多い。これは、コンテナが路上で信号機や標識、電線などに接触しないようにするためだ。
打ち上げの瞬間が印象として強いロケットであるが、しかし、その華やかな打ち上げも、今回紹介したような車両が支えているのだ。次にロケットが飛ぶのを見たときは、そこに至るまでにさまざまなクルマたちの働きがあることをぜひ想像してみてほしい。