吉田 匠の『スポーツ&クラシックカー研究所』Vol.02 初期型ポルシェ911、通称「ナロー」。
モータージャーナリストの吉田 匠が、古今東西のスポーツカーとクラシックカーについて解説する新連載。第2回は、初期型ポルシェ911、通称「ナロー」について。
911誕生前夜
前回は911の先祖、ポルシェ最初のスポーツカーである356の話をした。だから今回はいよいよポルシェ911そのものの話に入る。とはいっても911の歴史は長く、とても1回では話が終わらない。そこでまずは911の最初の9年間に造られた初期型、通称「ナロー」の話をしよう。
911が初めて公衆の面前に姿を現したのは1963年9月、当時の西ドイツ、フランクフルトのモーターショーでのこと。クルマは市販型ではなくプロトタイプで、その車名は「901」だった。それは356のネーミングと同じく、ポルシェ設計事務所の901番目の作品だったからだ。ところがこの車名に、フランスの自動車メーカー、プジョーからクレームが入った。真ん中にゼロが入る3桁の数字はプジョーが登録しているから、他のメーカーは車名に使えないというのだ。901はそれからおよそ1年の熟成期間を経て64年秋に発売されたが、そのとき車名は「911」に変更されていた。プジョーのクレームを受け容れたのである。
そのポルシェ911、2ドア2+2座クーペボディの後端に空冷水平対向エンジンを搭載して後輪を駆動する、という基本レイアウトは356を受け継いでいたが、細部は356と大きく異なっていた。
最大のポイントはエンジンで、同じ空冷水平対向ながら356の標準仕様の1.6リッター4気筒から2リッター6気筒に拡大され、バルブ駆動メカニズムも古典的なOHVからモダンなSOHCに変更されていた。その結果、356の標準型では75㎰と95㎰だったエンジンパワーは130psへと一気に増強され、変速機も356の4段型から5段型に進化した。
さらにボディもやや長くなった反面、幅が狭くなって空気抵抗も減少した。それらの結果、最高速度は356の最後期モデルCの高性能版SCで185km/hとされていたのが、911では210km/hと発表されていた。この911のスタイリングをデザインしたのはフェリー・ポルシェ社長の長男、フェルディナント”ブッツィ”ポルシェだった。
当時の911は簡単に運転できるクルマでなかった!?
1964年秋に65年型として販売開始された911は、72年夏に発表された73年型までのあいだ、ボディ型式タイプ911、通称「ナロー」と呼ばれる初期型が生産された。「ナロー」とは幅が狭いという意味で、ボディがオーバーフェンダーのないスリムなデザインだったことに由来するが、実際、初期型911の全幅は1610mmと、5ナンバーサイズに楽々収まる幅狭さだった。と同時にナローのもうひとつの特徴は、スリムなバンパーを備えるツルンと丸くて低いノーズのデザインにあり、いかにも1960年代のリアエンジンスポーツカーという、クラシックな雰囲気を醸し出していた。
ナロー=タイプ911は、65年型から73年型に至る8年間に、主に2つの項目に関して変更進化していた。ひとつはエンジンで、初期の65年型は排気量2リッターでパワーは130psだったが、2リッター最後の69年型911Sに至っては170ps まで強化されていた。一方、70年型になると排気量が2.2リッターに拡大され、72年型からはさらに2.4リッターに。そしてレース仕様のベースとして生み出された73年型の高性能モデル、カレラRSに至っては排気量2.7リッターにまで拡大され、210㎰を発生していた。
ただし、当時の911、なかでも特に2 リッター時代の高性能モデルのエンジンは低回転で扱いにくい高速トルク型で、しかもクラッチの繋がり方も独特だったから、スムーズに走り出すのに繊細なテクニックの要るクルマだった。60年代後半当時、最も高性能な911Sを初めて購入した顧客が、東京の飯倉交差点にあった輸入代理店の三和自動車から家に向かって出発したものの、エンストするまいと高回転でクラッチを繋ぎながら六本木界隈を走って、三和自動車から1㎞もいかない麻布警察の前でついにクラッチを使い切ってストップしてしまった、という都市伝説がある。その話は真実よりもかなり大きく盛られたものだと思うが、当時の911が誰にでも簡単に運転できるクルマでなかったのは事実だといっていい。
日常でもサーキットでも
911の進化のポイント、もうひとつはシャシーとボディにあった。初期の911はエンジンが重いわりにホイールベースが短いため、高速での直進性が悪かった。それはまずサスペンションやその取り付け部分の改良で改善され、67~68年にはヨーロッパの高名なレースやラリーで優勝するほどの実力を身に着けていた。さらに69年型になると、エンジン搭載位置は従来のままホイールベースを後方に57mm伸ばすという方策が採られ、結果としてアウトバーンでも安心して高速走行できる直進性と、安定した高速コーナリングが確保された。それをうけてワインディング好きの腕のいいドライバーからは、ショートホイールベース時代の俊敏なコーナリングを惜しむ声も聴かれたが、69年型以降のモデルがクルマとして正常進化していたのは間違いない。
こうしてナロー時代のポルシェ911は、乗りこなす腕さえあれば普段の足にも使える日常性と、レースやラリーに出れば同クラスで最速のタイムを叩き出す実力の両方を備えた、高品質にして高性能なスポーツGTとしてのイメージを決定的にしたのだった。