気品ある超高級車ロールス・ロイス史 その2【古き良き英国車の世界】
1970年代までの英国の名車を紹介する「古き良き英国車の世界」シリーズ。ロールス・ロイス編その2をお届けする。今回は第2次大戦後、1950年代から1970年代にかけて(1台のみ特別に1980年代)の6車種7台だ。
クルマ作りにおいて徹底した品質第一主義を貫いた、超一流のエンジニアであるフレデリック・ヘンリー・ロイス(1933年没・享年70歳)。貴族の子息でクルマの利便性をいち早く見抜き、社会に貢献するものとして普及に尽力したチャールズ・スチュワート・ロールス(1910年没・享年32歳)。この二人が出会ったことで、超高級車ロールス・ロイスは誕生した。
その1では1907年に登場した初期の傑作「シルヴァーゴースト」から、1929年登場の「ファントムII」までを取り上げた。その2では、1955年登場の「シルヴァークラウド」から1977年登場の「シルヴァーシャドウII」までを紹介しよう(特別に1988年の「コーニッシュII」も掲載した)。
北米市場を意識した新機軸の第2弾「シルヴァークラウド」(1955~1959)
1949年、それまでとは異なる系譜の新型車「シルヴァードーン」が誕生する。同車の大きな特徴は、輸出先の米国市場で販売台数を増やすことを目的とし、生産性を重視したこと。ロールス・ロイスはこれまで一貫してボディはコーチビルダーに任せていたが、1台当たりの生産にとても時間がかかっていた。そこで、自車においてスチール製ボディ(「スタンダード・スチール・サルーン」と呼ばれた)を量産し、生産性を高めたのである。
しかしその「シルヴァードーン」は北米でも欧州でも販売台数が伸びなかったため、ロールス・ロイスは後継モデルとして「シルヴァークラウド」を1955年に投入する。シャシー、サスペンションが新たに開発されたほか、エンジンも改良が施された。「シルヴァードーン」で採用されていた排気量4887ccの直列6気筒をベースに、シリンダーヘッドをアルミ製に変更。これ以降、8気筒エンジンが搭載されたことから、同エンジンは”究極のロールス・ロイス6気筒”と呼ばれた。
V8エンジンを搭載した大きく進歩した「シルヴァークラウドII」(1959~1962)
「シルヴァークラウド」は1959年、モデルチェンジを行い、「シルヴァークラウドII」となる。最大の違いは、エンジンが直列6気筒からV型8気筒に載せ替えられたこと。これにより排気量は6227ccとなった。このV8化も、V8が好まれている米国市場をにらんでのことだった。
気筒数を増やしたことに加え、シリンダーヘッドだけでなく、シリンダーブロックもアルミ化を実現。当時のロールス・ロイスは、アルミのエンジンへの利用については、どのメーカーよりも豊富といわれた。そのほかの変更点は細かいところが多く、「シルヴァークラウドI」から目立った差はなかった。
そして1962年に再びモデルチェンジが行われ、「シルヴァークラウドIII」となる。「シルヴァークラウドIII」は1966年まで生産された。
「シルヴァーシャドウ」のスペシャルモデル「コーニッシュ」(1971~1987)
ボディに関して大きな方針転換が行われたのが、「シルヴァークラウドIII」の後を継いで1965年に登場した「シルヴァーシャドウI」である。現代のクルマに通じるモノコック・ボディが採用された点が特徴だ。これはボディ剛性が上がったが、これまで深い関係を築いていたコーチビルダーをほぼ必要としなくなったことを意味してもいた。
技術は”枯れてから”採用するのが、創業者のロイス以来の伝統だったが、そのほかにも新機軸が複数採用された。足回りでは、フロントがダブルウィッシュボーン+コイルで、リアがセミトレーリングアーム+コイルを採用。前後とも独立懸架方式となっている。さらに、4輪に油圧式ディスクブレーキを採用するなど、新しい技術が数多く採用されたことが「シルヴァーシャドウI」の特徴だった。
その「シルヴァーシャドウI」を強化・豪華にしたスペシャルモデルとして1971年に登場したのが「コーニッシュ」だ。車名にはシルヴァーがつかず、心霊系でも自然系でもない車名であるところに、特殊性が感じられるようになっている。実はその車名は、1932年にロールス・ロイスが買収したベントレー(同じ英国の高級車・スポーツメーカー)が、第2次世界大戦前に製作していた試作車にちなんだものだ。
「コーニッシュ」は1971年から1987年まで生産され、その生産総数はコンバーチブル(オープン)とクローズドボディを合わせて4000台以上とされる。その後、1988年に下の写真の「コーニッシュII」にモデルチェンジし、1990年には「コーニッシュIII」が登場した。
11年間で2万4000台という大ヒット車種の後継モデル「シルヴァーシャドウII」(1977~1980)
「シルヴァーシャドウ」は1977年までの11年間で2万4000台を販売し、ロールス・ロイスが手がけたクルマの中で販売台数のレコードホルダーとなった。その大ヒット車の後継モデルとして1977年に登場したのが、「シルヴァーシャドウII」である。
変更点は反応が鈍くて不評だったパワステをラック&ピニオン方式に変更したほか、サスペンションも改良された。そして電動ファンが搭載されるなど、冷却系も強化されている。
先代の人気も手伝い、「シルヴァーシャドウII」は1980年までのわずか3年間で8000台以上を販売。「シルヴァーシャドウI」と同様に11年間販売していたら、記録を更新できたかもしれないハイペースだった。しかしモデルチェンジとなり、再び心霊・スピリチュアル系の車名に戻った「シルヴァースピリット」にバトンを渡した。
このように開発したクルマだけを紹介すると、ロールス・ロイスは順風満帆のように見えることだろう。超高級車というイメージ戦略に成功し、世界中の富裕層が顧客なのだろうと推測してしまいたくなる。
しかしロールス・ロイスは、もうひとつの部門である航空機用エンジンでつまずいてしまう。ジェットエンジンの開発に失敗して経営難に陥り、「コーニッシュ」の登場した1971年に経営が破綻。一度は国営化されているのだ。
その後、1973年に航空機用エンジン部門と自動車部門が分割され、自動車部門のロールス・ロイス・モーターズだけが売却されることとなり、1980年にヴィッカーズ社が買収。
さらに1998年、フォルクスワーゲン(VW)がヴィッカーズ社からロールス・ロイス・モーターズを買収したのだが、ロールス・ロイスのブランド使用権をBMWが獲得するという、ねじれた展開に。VWがBMWと協議した結果、ベントレーはVW傘下として、ロールス・ロイスはBMW傘下として、袂を分かつ形となって現在に至っている。
こうして、純然たる英国の自動車メーカーではなくなってしまったロールス・ロイス。しかし、英国で生産してこそ超高級車としてのブランドを守れるとBMWは判断したようで、英国グッドウッドに新たな工場を建設。品質を第一とする創業当時からの伝統を受け継ぎ、新生ロールス・ロイスは今も超高級車メーカーとしてのブランドを守っている。