人を感動させるモノは、開発者の実体験から生まれる【魂の技術屋、立花啓毅のウィークリーコラム5】
「開発者の中身以上のモノは決して生まれない。ましてや机上でのみ作ったものなど人を感動させられるわけがない」と立花啓毅氏は言う。果たしてその真意とは。
かつてマツダに在籍し、ユーノス ロードスターやRX-7などの名車を手がけた技術者、立花啓毅氏は「同じモノでも、何も感じられない無機質なモノと、作り手の情熱を感じられるモノがある」と言う。それはどういうことなのか。身近な例として今回から3回に渡って自転車を紹介する。クルマと比べるとシンプルな構造だが、作り手の情熱がほとばしっているモノが存在するのだ。
以前、オフロード用の自転車を買おうと専門店を何軒か回った。最初は数万円で買うつもりだった。だが、見ているうちに、だんだん眼が肥えてきた。眼が肥えると、自転車とはいえ気に入ったモノは、なんと100万円を超えてしまう。妥協してGT・ラッカスというモデルにしたが、それでも30万円ほどだった。
格好よさに惹かれて購入したのだが、調べてみると格好いい理由がわかった。設計したのは現役のダウンヒルレーサーで、自分用にフレームを作り、それを市販しているというものだった。
機能はモノの形に表れる
自転車は世界中どこででも作っているが、オフロード車となるとアメリカ製には敵わない。アメリカ人はオフロードの遊びが大好きで、競技も盛んに行われているからだ。現役選手が自分用に設計するのだから、必然的に研ぎ澄まされた機能美が表れる。日本の大メーカーの設計者が机上で描いたものとは、比べものにならないのは当然の話だ。
買うと試したくなるのが人情。早速トランポに積み込み、コースに向かった。私は若い頃、オートバイのモトクロスやトライアルでは、そこそこの成績だったこともあり、「自転車ぐらい」とたかを括っていた。ところがだ。自転車の方がはるかに難しかった。特にジャンプは、ちょっとした重心のずれで、着地時に大転倒してしまう。オートバイは車重があり、またタイヤの回転イナーシャーも大きいため、少しぐらい重心がずれても大きくバランスを崩すことがない。ところが自転車は自分のミスが如実に表れるのだ。それでも乗り続けるうちに、コツをつかみ始めた。
狙った効果を形にすることが難しい
このGT・ラッカスのフレームは、ごついアルミ製で、ねじり剛性がかなり高い。アルミは鉄に比べ比重は3分の1だが、実際には強度を補うため重量効果は2分の1程度となる。その分、剛性は上がるが、反面、振動伝達が高いため路面の振動が伝わりやすい。自転車のアルミフレームができた当初、ツールドフランスでも軽いアルミが採用された。ところがレースの後半になると、アルミフレームのチームは次々に脱落したのだ。原因は、路面からの振動で選手の疲労が増したという。ちなみにクルマでも同様で、アルミボディはキンキンした硬い乗り心地になる。そのためメーカーは、車体にアルミを採用する場合は、種々の対策を施すことになる。
GT・ラッカスにはそんな振動は感じられない。恐らくフリクションの少ないサスで路面からの入力を下げているものと思う。特徴的なのは、スイングアームのピボット軸をチェーンの位置まで高め、サスが動いてもチェーンを一定に保っている。さらにクランク軸をフローティングさせ、サスが動いてもペダルに影響しない設計なのだ(写真上)。ライディングに集中するための意図が感じられる。
こうした設計のため、車重はアルミを採用しているにも関わらず15kgもあり、街中ではやや重さを感じる。ところがオフでは安定感があり、特にダウンヒルでは抜群の接地性を示す。こうした割り切りからも、さすがにダウンヒルの現役選手が設計したマシンであると実感した。まさに「実体験を積んだ人が最高のモノを創る」という見本である。手に油せずして設計したのでは、こうはならないだろう。
立花 啓毅 (たちばな ひろたか):1942生まれ。商品開発コンサルタント、自動車ジャーナリスト。ブリヂストン350GTR(1967)などのスポーツバイク、マツダ ユーノスロードスター(1989)、RX-7(1985)などの開発に深く携わってきた職人的技術屋。乗り継いだ2輪、4輪は100台を数え、現在は50年代、60年代のGPマシンと同機種を数台所有し、クラシックレースに参戦中。著書に『なぜ、日本車は愛されないのか』(ネコ・パブリッシング)、『愛されるクルマの条件』(二玄社)などがある。