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最終更新日:2019.01.30 公開日:2019.01.30

モノが人を育てる。手に触れ、体で感じたことが人間性を育むのだ【魂の技術屋、立花啓毅のウィークリーコラム4】

マツダRX-7やユーノス ロードスターなど数々の名車を手掛けてきた立花啓毅氏。立花氏は、「モノが人を育てる」と断言する。その真意とは。

立花啓毅

かつてマツダに在籍し、ヒット車を多数手がけた開発者、立花啓毅氏は「手に触れたモノ、身体で感じたモノが人間を育む」とする。モノが人間を育てると言うのだ。さらに立花氏は、今日本中に溢れるモノの”フェイク(偽モノ)”に憂いを唱える。それはなぜか。開発者としてだけでなく、数多くのモノを作り、産み出してきた立花氏がその真意を語る。


 子どもの頃から絵と工作が好きで、小学校の夏休みにモーターボートを作った。勇んで学校へ持って行くと、手作りとは思わなかった先生から「買ってきたものはダメです」と冷たく言われてしまった。自分で薄板を削って貼り合わせて船を作り、吹き付け塗装をした。60年以上前の話だ、吹き付けの塗装ガンなどあるはずがない。そこで私は掃除機の排気口に自転車のチューブを繋ぎ、その先端にL型の霧吹きを付けた。小学生が作った立派な塗装ガンだ。先生に認められなかったことで、皮肉にも今も忘れられない思い出になっている。

 今もその延長で、自宅のガレージでいろいろなモノを作る。自慢は、自分で作ったレーシングバイクでレースに参戦していることだ。このクラシックバイク・レースは年に6戦行われなかなか盛況である。ちなみにこのレースで表彰台の真ん中が私の定位置であることも自慢である。

モノの本質は、自分の手で触れると見えてくる

 このバイクは、旋盤での切削やアルミ溶接を駆使して作っている。排気系は0.6mm厚の鉄板を丸めてパイプにして、それを曲げて作るが、最新のチタン製マフラーより軽くできている。カムもダイヤルゲージで測りながらリューターで削って、高性能なエンジンに仕立てる。常にモノに触れているため、私の掌は多くのモノを知っていると思う。

 人は一生の間に2万個のモノを使うといわれている。箸に茶碗、椅子にテーブル、鋸(ノコ)に鉋(カンナ)、スパナにペンチ…… 数え上げたら2万個になるかは分からないが、どういう2万個に触れたかによって、その人の価値観が形成というのが技術屋として生きてきた私の持論だ。

 例えば皿茶碗だ。バリュー・フォー・マネーで見ればプラスティック製が一番だ。安くて割れる心配もない。陶磁器だってピンキリで、100円ショップのモノもあれば、古伊万里の染付けもある。どちらを選ぶかで、その人の価値観が形成される。

 学校の校舎を見ると、欧州と日本では愕然とする差がある。歴史に満ちた重厚な石造りの中で、使い込んだ無垢の机で勉強するのと、薄っぺらなプレハブのような校舎のなかで味気のない合板の机で勉強するのでは、おのずと世界観が違ってくる。前者は、幼少期の物事を吸収する時期に本物を知ることができる。

 要は日々見たり触れたりする全てのモノから、知らずうちに価値観が醸成される。言い換えれば、我々は2万個のモノによって育まれているということである。

多くのモノに囲まれる日本人が大切にすべきモノとは

 その2万個の中でも、「家」は人を育てる特別な存在である。家は人に安らぎを与え、また活力の原点でもあるからだ。東京の住宅は、かつての屋敷を次々に解体し、土地を小分けにして、小奇麗な家に建て替えられてきた。それは外板にお決まりのレンガ柄のボードを張ったフェイクの家だ。そして広告には「プロバンスの風を感じて……」という謳い文句が踊っている。

 いつから日本人は「本物そっくりで、こんなに安く、しかも手入れは不要」という模倣品を自慢するようになったのだろうか。ビニールの靴は、「革そっくりで、汚れもひと拭き、しかもこのお値段」という売り文句を何年も前に目にし、今もなお支持されている。日本人は本物より、模倣品・フェイクの方が好きなのであろうか。フェイクの中で育てば、人も見た目は綺麗だが、中身のない人間になるのではないか。

 だが一方で、日本には真の本物を好む人が多くいることも私は知っている。つまり、本物を知っている人と知らない人の二極化が進んでいるように思えてならないのである。だからぜひ、より多くの人にフェイクではなく本物を手にとって欲しいと思う。そのことがひいては日本人の発想や人間性を豊かなものにしていくと信じている。

立花 啓毅 (たちばな ひろたか):1942生まれ。商品開発コンサルタント、自動車ジャーナリスト。ブリヂストン350GTR(1967)などのスポーツバイク、マツダ ユーノスロードスター(1989)、RX-7(1985)などの開発に深く携わってきた職人的技術屋。乗り継いだ2輪、4輪は100台を数え、現在は50年代、60年代のGPマシンと同機種を数台所有し、クラシックレースに参戦中。著書に『なぜ、日本車は愛されないのか』(ネコ・パブリッシング)、『愛されるクルマの条件』(二玄社)などがある。

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