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クルマ最終更新日:2016.06.12 公開日:2016.06.12

シトロエン・DS

自動車ライター下野康史の、懐かしの名車談。中も外も独創的な、フランスの”宇宙船”「シトロエン・DS」。

下野康史

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イラスト=waruta

 子どものころ、いちばん気に入っていたおもちゃが、シトロエンDSだった。まだミニカーなんて洒落たものはなかった時代だ。ブリキ製とはいえ、なんでそんなオタクな車種があったのかは覚えていないが、畳のヘリを道路に見立てて、よく遊んだ。

 シトロエンDSは1955年に登場したフランスの高級セダンである。20年あまりの長きにわたって生産され、大統領の公用車として活躍したり、数々の映画に登場するなど、個性的なフランス車を象徴するクルマだった。 1955年といえば、日本では観音開きドアの初代トヨペットクラウンが出た年だ。ボクが母のおなかから出たのもこの年だ。なんてことはどうでもいのだが、初代クラウンと比べたら、シトロエンDSのアヴァンギャルド(前衛的)ぶりといったらなかった。

 金属スプリングを用いないシトロエン独特のハイドロ・ニューマチック・サスペンションを、初めて4輪に採用したのがDSである。というような技術の先進性などは、ハナ垂らしながらおもちゃで遊んでいた子どもには知るよしもなかったが、宇宙船のようなカッコのおもしろさは理解できた。当時はたぶん、クルマではなく、宇宙船的なおもちゃとして気に入っていたのだと思う。

 本物のDSのステアリングを初めて握ったのは、90年代に入ってからである。雑誌の取材で、愛好家の所有する1台のハンドルを握らせてもらった。後期型、70年式パラスである。

 DSは独創のかたまりだが、それは運転操作から始まる。変速機は4段ギアボックスに遠心クラッチを組み合わせたセミオートマチック。クラッチペダルはないが、シフト操作は要る。しかも、ハンドルの奥に突き出す編み棒のようなものがシフトレバーである。シフトパターンは逆コの字型。細いシフトレバーはスターターも兼ねていて、キーを差し込んでからレバーを左手前に倒すと、2ℓ4気筒OHVが目を覚ます。教えてもらわないと、エンジンひとつかけられない。

 筆者はこれまでに4台のシトロエンを所有したことがある。ハイドロ・ニューマチック車の経験もあるが、乗り心地のユニークさは元祖ハイドロのDSがずば抜けていた。

 「水と空気」を意味するハイドロ・ニューマチックとは、バネの働きの部分だけを取り上げると、エアサスペンションである。DSは高速巡航性能の高さで定評があったが、町なかを走っていると、ユラーリユラーリ、絶えず船のように揺れる。分厚いソファのようなシートは、体を包み込むように柔らかい。自動車が固い金属で出来ているということを忘れさせる不思議な乗り心地である。クルマというより、なにか大きな生きものみたいだった。

 昔のクルマがおもしろかったのは、主導権が「つくっている人」にあったからである。ユーザーの好みに合わせたクルマをつくる? そんなメンタルとは真逆のクルマづくりから生まれたのが、シトロエンDSだった。

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ハンドルの奥に斜めに生えているのが”編み棒”シフトレバー。ハンドルのスポークは1本だけ((c) DS Automobiles / Christophe GUIBBAUD)

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DSを愛した要人のひとりが、シャルル・ド・ゴール大統領((c) DS Automobiles / Anouk VAN VLIET / Marc DE VEESCHHOUWER)

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大統領専用車として「DS21 プレジダンジェル」も製作された((c) CITROËN COMMUNICATION / DR)

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ラリーでも、DSは活躍した。((c) CITROËN COMMUNICATION / JEAN PEYRINET)


文=下野康史 1955年生まれ。東京都出身。日本一難読苗字(?)の自動車ライター。自動車雑誌の編集者を経て88年からフリー。雑誌、単行本、WEBなどさまざまなメディアで執筆中。近著に『ポルシェより、フェラーリより、ロードバイクが好き』(講談社文庫)。

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