これぞプロ魂!自転車ロードレースを支えるニュートラルカー
自転車競技のロードレースには、選手をサポートするための「ニュートラルカー」という車両があることをご存じだろうか。1990年に日本で開催された世界選手権ロードレース(宇都宮)から30年以上も自転車競技をサポートし続けるシマノのニュートラルカーをご紹介しよう。
ニュートラルカーの役割は?
自転車競技のロードレースにおいて、なくてはならない”車”がある。レース中の選手に帯同して走行する車両、ニュートラルカーだ。ニュートラルカーは、自転車の故障やトラブルが発生した際、代替えの自転車や部品交換などを速やかに行い、選手が自転車の故障によるリタイアや、不利な状況になってしまうことを防ぐために、参加している全選手をサポートしている。
一般的に自転車ロードレースは長距離を自転車で競走する競技で、なかには100㎞以上走り続けるレースもある。その距離を自転車で戦うとなれば、当然パンクなどのトラブルが発生することが想定される。そのため、レース中はたいてい参加している各選手の所属するチームカーが帯同しており、選手のエネルギー補給やトラブルが発生した際のサポートを行う。しかし、チームカーが帯同しない場合や、選手がチームカーを持っていない場合、あるいは選手の近くにチームカーが走行していない場合は、レースにもよるのだが、ニュートラルカーの出番となる。
車両には何を載せているの?
ニュートラルカーには、基本的に代替えの自転車とホイール(車輪)、工具が積まれている。しかし、ただ積まれているだけでは迅速なサービス提供は難しい。きっとなにか秘密があるのだろう…。シマノでマーケティングを担当している仲田氏と、テクニカルサポートをしている今井氏に話を訊いた。
きれいなシマノブルーにラッピングされたレヴォーグ。その上部には自転車とホイールを載せるためのキャリアが付いている。このキャリアは海外製の特注品で、世界三大スポーツイベントのひとつである、ツール・ド・フランスで走行している、車種の異なるシマノのニュートラルカーと基本的に同じ設計。そこからレヴォーグに合うように寸法などは調整され製作されている。またホイールを止める部分はすぐに取り外しができるように作られており、最大で自転車6台とホイール4本が積載可能だ。
車のラッピングも、かっこいいだけではない。レース中の選手が「ニュートラルだ」と、すぐに区別ができるようにしているのだ。実際にシマノのニュートラルカーは、全てシマノブルーの青色で統一されている。
車内はとてもシンプル。無線機が取りつけられており、シートバックポケットに工具がきれいに収納されていた。
しかし、レース中の車内はホイールだらけになる。後部座席では、運転席のシート後面を利用して、ホイールを座席に逆三角形の状態で積載し、使用時は上から取って持ち出す。並べた方がたくさん載せられるのに、一体なぜ、逆三角形なのだろうか。
「持ち出しやすさもあるのですが、ロードレースは勾配やカーブが続くコースも多く、レース展開によっては、そこをかなりのスピードで走らなければならないこともあるのです。丸いホイールは車内ではとても不安定になってしまう。そこで逆三角の形で積載しておくと、タイヤのグリップが効いて滑りにくくなるのです。」
長年の経験から誕生したアイディアなのだろう。細かい配慮は、1秒を争うレースで必要な工夫である。
どうやってすべての選手をサポートしているの?
冒頭で、参加者全員をサポートしている車両と説明したが、選手ごとに乗っている自転車のサイズもメーカーも異なるのに、果たしてどうやって満遍なくサポートしているのだろうか。
「ロードレースの場合、殆どのトラブルはパンクです。選手の自転車と積載しているホイールの互換性があれば交換しますし、互換性が無ければ自転車ごと交換することが多いです。万が一、パンク以外のトラブルがあった場合も、レース中に修理している時間はないので、代わりの自転車を提供します。」
方法はシンプルで、とてもわかりやすい。確かにこれならば全員をサポートすることが可能だが、実際に走っている選手の自転車サイズや互換性があるかどうかなど、瞬時に判断が付くのだろうか。
「事前にエントリーリストを見て、選手が使用する自転車のパーツやサイズなどを確認しています。その情報をもとに、当日、車両に積載する自転車やホイールのサイズや数を決めているのです。例えば、高校生のレースだったら、使用率の多いS~Mサイズの自転車、海外選手が出場する場合はLサイズ以上の自転車など、レースごとに変更しています。また、最近はタイヤ幅のサイズが増えてきていますが、中間のサイズを用意することで、細い幅にも太い幅にも極力対応できるようにしています。」
積載方法も、キャリアから降ろしやすい助手席側に使用頻度の多いサイズの自転車を載せるなど、サポートにかかる時間の短縮につながる工夫がされていた。
あくまで代替え用の自転車なので、選手ごとサイズがピッタリ!とはいかないが、選手がレースにすぐに戻れるよう、予め情報収集をして準備を怠らないことが選手全員をサポートできる重要なポイントなのだ。
ところで運転手は何者!?
車両と積載の工夫はわかった。ところで車を操るドライバーは、いったい何者なのだろう。
「車に乗っているスタッフは日本自転車競技連盟の公認ライセンスを保持しているメカニックです。」
そう話してくれた今井氏は、元自転車競技の選手。レースを熟知している今井氏は、レース運営になくてはならない存在だ。ニュートラルカーのドライバーは、走行している選手はもちろん、路上で応援している歩行者や報道バイク、チームカーなどに注意しながら、レース展開と選手のスピードに合わせて車の速度を調整し、トラブル発生時は素早くサポートをしなくてはならない。運転をするだけではなく、レースを読む力、技術、経験と瞬時の判断力が必要なのである。
まるで秘密基地!トラックもあるんだぜ!
ニュートラルカーはレースに帯同する車だか、実はもう1台ロードレースを支えている車がある。「テクニカルサポートトラック」だ。トラックはレースには帯同せず、待機場所でレース前日~当日まで自転車の不具合や故障に対応している。プロチームのレースではチーム内に専属のメカニックがいるため、出番は少ないそうだが、学生や市民レースの日は、朝から50人が並ぶほどの大行列ができることも。
実際にトラックの中を見せてもらった。中はまるで秘密基地!入り口には本格的な作業台があり、奥には所狭しとパーツが入ったボックスやホイールがびっしり配置されていた。車内は狭いので作業がしやすいよう、使用頻度の高いパーツから取りやすい位置に置かれ、ボックスにもひとつひとつラベリングしてから収納されているなど、動線が計算されていてとても効率良く感じる。
サポート体制は万全!
シマノの本社は大阪にある。レースは日本全国で開催されているが、各地に車両を管理する拠点があるのだろうか。
「拠点はありませんよ。北海道や東北、南は沖縄まで、大阪のシマノから出発します。移動は陸路だったりフェリーだったり、いろいろ利用します。」
大阪から出発とは驚いたが、タイミングが良ければロードレース以外で走っているニュートラルカーを見かけることができるかもしれない。
今回の取材時、ニュートラルカーのドアポケットのあちこちに水のペットボトルを見つけた。何かの修理に使ったのかと思い聞いたところ、普通の飲料用。ロードレースでは、アップダウンやカーブのあるコースが多いうえ、時には選手がアタック(加速)をしたら、もちろん車両も加速しなくてはならない。勾配にもよるが、下り坂では最高速度で時速70キロほどになることもあれば、一転、上り坂では時速30キロほどまで減速することも。これが100km以上続くのだ。普通のドライブだったら間違いなく車酔いしてしまうだろう。しかしニュートラルカーに乗車している間は、車酔いしたからといって車を止めるわけにも、横になって休むわけにもいかない。車酔い対策のため、レース中は水分をこまめに摂取しているという理由だった。万全なサポートのためには、体調管理も大事な任務のひとつだ。
メカニック達の努力や役割がわかると、ロードレース観戦もまた違った観方や面白さがでてくる。
「競技を、選手の力ではなく、自転車の機材で勝敗を分けてしまってはなりません。そのために我々は出来るだけ選手に付き添い、レースをサポートします。」
ぜひ、ニュートラルカーの動きにも注目して観戦して欲しい。