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クルマ最終更新日:2019.02.23 公開日:2019.02.23

机上の開発者は、モノの真理にたどり着くことはない【魂の技術屋、立花啓毅のウィークリーコラム8】

「問題意識は机上では生まれない」と立花啓毅氏は言う。問題意識はモノ作りには必ず必要なことだとも明言する。その心とは。

立花啓毅

写真はイメージです

かつてマツダに在籍し、ユーノス ロードスターやRX-7などの名車を手がけた技術者、立花啓毅氏は「実体験を伴った開発者が作らなければ、モノはただの絵空事になる」と言う。それはどういうことなのか。これまで自転車を通して立花氏の考えをお伝えしてきたが、今回は車イスである。立花氏は、車イスも自転車同様シンプルな構造ゆえに、作り手の情熱が表れやすいとする。

 以前、大学でデザインを勉強中の息子が、車イス生活をしているお祖母ちゃんのためにと、狭い室内でも使い勝手が良く、見た目もなかなかお洒落な車イスを作った。

 市販のモノはあまりに無機質で、老後の楽しみとは無縁の格好をしていることが、息子には我慢できなかったようだ。確かに市販品は、自宅で使おうとすると武骨で大きく、使い勝手が悪かった。特に問題だったのはデザイン的にも家庭のインテリアにはそぐわないことだ。

 息子は図面を引き、配電用のパイプをベンダーで曲げて、溶接もして骨格を作った。緩やかな曲線を持ったパイプをグリーンに塗り、ステップと肘あて部分を木製にしてニスで仕上げた。緑色のパイプと木の組み合わせは綺麗で、小径タイヤと美しく相まっていた。お祖母ちゃんが90歳近いため、自分では操作できない。そのためベッドからの乗り降りがしやすいようにタイヤを小径にし、身体をずらすだけで座れるように配慮してある。また介護人の使いやすさも考え、グリップ位置を高くし、ブレーキも付けた。穏やかなデザインで、お祖母ちゃんに対する愛情があふれている。

 お祖母ちゃんも孫が作ってくれたのだから、嬉しさ百倍で会話も弾み元気を取り戻したようだった。

問題意識は日常の経験から生まれる

 この車イスを福祉関係の展示会に出品した。展示会には関係企業が多く出店していたが、どれも提案性がなく地味だった。そんな中に1台、息子の車イスとは別に、合理的な設計と斬新なデザインで、見るものを唸らせたモノがあった。それは設計者自身が車イス生活者だったのだ。アルミとカーボンを組み合わせた超軽量設計で、デザイン的にも活動的なマシンに映った。自分が行動しやすいよう大径タイヤを採用し、タイヤを操作しやすくしている。機能的な超軽量設計は、見た目にも若々しいエネルギーを感じるものだった。

 展示会では、この2台だけが群を抜き、他の多くの車イスは存在感すらなかった。作り手が何を考えて設計したのかが伝わってこない。何事もそうだが、モノを作ると言うことは、作者の考え方を「形」にして表現するもので、それがないということは、考えがないことに繋がる。

 モノ作りは実体験を伴った人が作らないと、絵空ごとになる。翻って日本のモノを見ると、絵空ごとのモノがあまりに多い。何ごとも頭で理解しているだけでは、人を感動させるモノは絶対に作れない。実体験で手に油しなければモノはできないのだ。

立花 啓毅 (たちばな ひろたか):1942生まれ。商品開発コンサルタント、自動車ジャーナリスト。ブリヂストン350GTR(1967)などのスポーツバイク、マツダ ユーノスロードスター(1989)、RX-7(1985)などの開発に深く携わってきた職人的技術屋。乗り継いだ2輪、4輪は100台を数え、現在は50年代、60年代のGPマシンと同機種を数台所有し、クラシックレースに参戦中。著書に『なぜ、日本車は愛されないのか』(ネコ・パブリッシング)、『愛されるクルマの条件』(二玄社)などがある。

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