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最終更新日:2016.12.14 公開日:2016.12.14

第3回 東京の手土産は、小気味よく味わい深く ●季節の半生菓子

東京の和菓子店はさすがに軒数が多く、老舗もたくさんあります。そこで今回は、より東京らしいお店、江戸らしいお菓子という視点で考えてみました。
江戸のお菓子に思いを巡らすと、一軒のお店に行き着きます。それは日本橋の「長門」。おそらく、江戸らしさという点では他に類を見ないお店です。
江戸らしさとは? 西の代表である京都のお菓子の華やかさとは違います。表現は率直で単純、切れ味よく曖昧さがないお菓子。着物に例えれば、振袖ではなく、ちょっと可愛げのある小紋柄のようなイメージだと思っています。程よいよそ行き感とでも言ったらいいのか。その小気味よさがどうして出来上がってきたものか、これは、私にとって長門という稀有なお菓子屋さんの謎だったのです。
長門では「切り羊かん」や「久寿もち」を気楽なお土産に、もう少し贈り物の意味合いが強くなると「半生菓子」にします。
長門があるのは、東京駅あるいは日本橋駅からも近い桜並木の通り。随分様子が変わったというこの界隈は観光地ではありませんが、小さなお菓子で江戸らしさを感じることのできる貴重な場所なのです。

→次ページ:季節を表す和菓子

季節を表す和菓子

和菓子は洋菓子よりも、繊細に季節を表します。和菓子の材料は単純ですから、基本は小豆と砂糖に寒天、米粉や葛粉といったところです。それだからこそ、意匠と細やかさ、敏感に季節の移ろいを感じながら作るもの、という気がします。
こちらは、半生菓子の秋の頃の詰め合わせを盛り分けてみたもの。いわゆる上生菓子よりも、さらに小さな世界です。

長門でお菓子を買うと、葵の葉を写した紙で包まれます。一見地味な雰囲気ですが、広げてみれば、なかなかのグラフィカルなデザイン。そこには、江戸風御菓子司という文字や、日本橋長門のほかに、江戸松風・葵最中本舗とあります。

葵最中は、長門の代表的なお菓子の一つで、意匠の美しさは、箱を開けた途端に誰もが惚れ込んでしまいそうに端正な、しかも決して派手でない堅実さに裏打ちされた姿。細長く、葵の葉がくっきりと浮かび上がり、黒ごまを散らしてあるところはありそうでない、特に最中では見かけないごまの使い方。これがいいアクセントになっています。
かつて徳川家の御用商人であった長門は、葵の御紋を意匠として使うことを許されたそうですが、そのままの三葉ではなく、一枚少ない二葉にしてあるところなどがいかにも奥ゆかしく、お菓子の佇まいにも現れています。
和菓子の中でも、最中は形も楽しく味も千差万別、とても面白いお菓子だと思います。最中の皮は専門職で、米どころの地域や、東京にも皮を専門に作っているところがあります。和菓子屋さんそれぞれの独自の形の型を使い、もち米で作ったお餅のミニチュアのようなもの(種)を型に入れて一気に焼き上げます。その中にどんなあんを詰めるかはお店次第。私が最中を食べるときにいつも思うのは、香ばしく小さな皮の中には、作り手の考えやイメージが詰まっているということ。たかが最中ではないのです。
長門の最中には、小倉あんが詰められていますが、小豆がくっきりとしてべたつきのないあんには、きっと唸ってしまうと思います。
この最中は、まずは葵の葉のデザインをしばし眺めてから、丁寧に淹れたお茶でどうぞ。

→次ページ:長門の半生菓子

長門の半生菓子

半生菓子の話に戻ります。
包みを開けると、可愛らしい柄の箱。これは2種類あって、どちらかを選べるようになっています。まずこの箱で、私などは普段ほとんど縁のない可愛らしさに出会い、さらに開けてびっくり。知っているはずなのに、毎度はっとするような可愛らしさに目が釘付けになってしまう。
このお菓子、いろいろな食感で和菓子の楽しみが味わえるほかに、手に取った人が晴れやかな気持ちになれる力がありそうです。
干菓子も入っていますし、どれも日持ちするように見えるかもしれませんが、半生菓子というものは、やはり生菓子の仲間だな、と思います。いつまでも置いておくものではなく、数日のうちに順に楽しんでこそなのです。

このあたりの街は確かに江戸ですが、お菓子の江戸風とは何か?と考えると、先に書いたような小気味のいいカジュアルなよそ行き感、とでも言えばいいのか、大げさではない、コンパクトに美しく美味しいものが詰められたり包まれたりして、お使い物にすると気が利いてるな、と思われたりするさり気ないお菓子でしょうか。作りはきっちりしているので、どこに出してもいいものだが、割合飾らない普段の顔をしている、という感じでもあります。
その最たるものが、いかにも普段着の風情でお店に並んでいる「切り羊かん」と「久寿もち」です。
いつもの葵の二葉の紙に紐がかけられ、お菓子の名前が書かれた短冊が挟まれています。気の利いたお土産を持って行きたいのは私だけではないようで、いつも早い時間に売り切れるようです。
いろいろと考えた結果、長門にお菓子を買いに行く、ということ自体が、江戸風を体験することのように思います。

長門は家族経営のお店。大変アイデアがあって感覚の優れていた職人だった先代から、現在は14代目の菱田敬樹さんが引き継いで、江戸風和菓子を作り続けています。
代表の菱田京子さんに伺うと、桜並木のこの界隈も、ずいぶん変わってしまったとのこと。東京のどの地域も同じなので、外観は止められない変化があるとしたら、お菓子や料理といった、変わらずに人が作るものでせめて街の記憶を残す、ということなのではないかと思います。そして、どんなに変わったように見えても、長く息づいているものは気配が違うはず。
五感を使って探すと、ちゃんと見つかることもあるのです。江戸とは何か?を知りたい人には、そのヒントがここにはありますよ。
菱田さんは、「家族でやっている小さな店ですから」と言いますが、それだからこそ変えずに守れることは多い。小さな規模だからこそのお菓子です。

●長門 東京都中央区日本橋3-1-3 ℡03・3271・8662 
【営】10:00~18:00/日・祝休
http://nagato.ne.jp/

→次ページ:鰹節専門店「大和屋」

日本橋とひと言で言っても、日本橋地区と言われる地域は広く、大掴みに言えば隅田川と東京駅の間の地域です。長門は、東京駅の八重洲口からも近い日本橋。日本橋方面からなら、丸善の角を入っていくとすぐの通り。そのあたりでの目印というと、高島屋でしょうか。日本橋にはもう一つよく知られたデパートがあって、「日本橋」を挟んだ北側の隣駅にある三越。ルーツは呉服商、日本初のデパートです。
そんな三越の向かい側を一歩入ると、急にローカルな風景を見ることができます。変わっていく街にあって、スポットのように変わらない場所もあるわけで、テーラーや鳥肉専門店に昔ながらの喫茶店があったりと、スピード感も少しゆっくりするのが不思議。
その入口と言っていい角にあるのが、鰹節専門店の「大和屋」です。
日本橋は昆布に鰹節、それに海苔などの問屋街というイメージがあり、この辺のお蕎麦屋さんは出汁がうまい、などという話も聞きます。鰹節が効いた出汁の味も、かつての魚河岸からの歴史でもあります。
今では大きなビルが連なる問屋街の一角にあって、小程な大和屋の店舗は異質でもあり、思わず足を止めてしまうような風情があります。
こちらの特徴は、主体が本枯れの鰹節の商品であること。小さな企業ならではの個性のように見受けられ、気に入りの鰹節を長年買いに来るお客様がとても多いとのことです。
代表の外山順一郎さんは、お父さんから継いでまだ数年だそうです。「毎日が試行錯誤」と言いますが、鰹節の世界や、家族経営の規模のビジネスを楽しんでいるように見えます。
先日、自分なりの合わせ出汁を作ろうと、かなりワイルドな感じのさば節と鰹節を合わせてみたら、くっきりとした香ばしさが立ち上ってきたのに驚きました。
枯らして遠赤外線の高温で焼いたせい? ちなみに、「枯らす」とは、鰹節やその他の節類の風味を高めるため、良質のカビ付けを繰り返し行うことです。
鰹節の世界は、和菓子の小豆の世界と似て、深く遠いものですから、美味しい嬉しい、と楽しんで食べているのが無難かもしれません。
鰹節のこと、どんな出汁が好きでどんな出汁を取りたいかを相談しながら選ぶときっと楽しいでしょう。
鰹節を買いに日本橋に行く、というのもちょっと面白いなと思います。

●大和屋 東京都中央区日本橋室町1-5-1 ℡03・3241・6551 
【営】10:00~18:00(電話での問い合わせは17:00まで)/日・祝休
http://katsuobushi.net/

→次ページ:煕代勝覧(きだいしょうらん)

日本橋探訪の最後に、ちょっと地下に降りてみてください。
三越の地下、コレド日本橋地下の向かいあたりで、昔の日本橋がわかる面白いものが見られます。「煕代勝覧(きだいしょうらん)」という、江戸時代の町人文化を描いた絵巻物の複製の展示です。
沿道の88軒の問屋や店舗に大勢の人、動物。暖簾や看板も克明に描かれている、とても興味深いもの。
そうでした。江戸時代は町人文化の時代。町人が生活を楽しむようになった時代です。
豪華絢爛なものではなく、小さな和菓子や蕎麦の出汁一つといった、ささやかでシンプル、かつ美しいものが、江戸風なのかもしれません。

写真・文○長尾智子
料理家。雑誌連載や料理企画、単行本、食品や器の商品開発など、多方面に活動。和菓子のシンプルさに惹かれ、探訪を続けている。『毎日を変える料理』ほか著書多数。

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