その1/労働安全衛生展で見つけた「指差し呼称学習安全体感装置」
さまざまな業界関係者向け展示会・見本市のなかでひっそり咲く、関係者相手に展示される製品の数々。これらのなかから専門的ゆえの不思議さが心くすぐるものを毎回ピックアップして、白日の下に紹介してしまおうというこの企画。
連載第1回では、東京・有明の東京ビッグサイトで行われた「労働安全衛生展」に出向き、好奇の”秘孔(ひこう)”をコチョコチョとくすぐってくる展示品を物色してきました。
東京ビッグサイトで催された「労働安全衛生展」(開催期間:2016年7月20日~22日)。取材当日は雨模様。
安全体感装置って、何をする機械?
「働く人の安全・健康・快適な職場づくりを支援すること」を目的に催される展示会だけに、各ブース展示では、「労働環境改善」「作業補助」「墜落・転落防止」などの堅めのワードがそこかしこで目立つ。そういやぁ、自分はふだん墜落や転落の危険を意識しない職場環境だよなぁ…などと考えながら会場内を歩いていると、「安全体感装置」という不思議なワードが目に飛び込んできた。
「この安全体感装置って、いったい何をするものですか?」とブースの中に立っていた男性に声をかけてみる。
「労働災害を疑似体験する機械のことです。このブースに展示してある機械はどれもその安全体感装置なんですよ」と、答えてくれたのは、この装置を製造・販売するアジアクリエイト(株)の代表取締役である佐藤さん。
そう佐藤さんにうながされてブース内をぐるっと見回すと、いくつも素通しの機械が展示してある。ローラーなどの回転体に巻込まれる危険を体感する装置やら、強力な水圧の危険を体感するなんて装置もある。
見ただけでなかなかハードな体感が予想できる装置のなかで、私の好奇の秘孔をくすぐったのは、ちょっとレトロ感のある外観の「指差し呼称学習安全体感装置」でした。
回転体巻込まれ安全体感装置。実験(写真はロール巻き込まれ)では、一度回転体の中に巻き込まれると、その力に抗して何かすることが非常に難しいことを体感。
こちらは高圧力(水圧)安全体感装置。水圧のかかった配管でも外れたりすることで、水圧にも大きな危険が潜むことが体感できる。装置を体験しているのが、代表取締役の佐藤さん。
確かにそのとおり。
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「前方ヨーシ!」の指差し呼称で、ミスは6分の1までに減らせる。
正式名称「指差し呼称学習安全体感装置ACSEL5010」。
やや小ぶりなモニターとモノクロ主体の表示画面、プラチック製の表示灯や押しボタン、中間色で塗装されたスチール製の筐体(しかもビス止め仕様)、丸みのある角のRなどなど。全体から醸し出される雰囲気は、あの『サンダーバード』(1960年代制作の人形劇バージョンの)の操縦席。バージルが座ってそう。サンダーバード世代の中高年男性の心をくすぐる意匠です。
ところで「指差し呼称」って、何のことだかご存知でしたか? よく鉄道会社の職員が、安全確認で指を差しながら「前方ヨーシ!」などと駅のホームで大声を出していますよね。あれです、あれ。今では、鉄道業にとどまらず、建設業、製造業など幅広い業界で採用されてます。
「通常の作業のなかで、人間は同じ所作を100回繰り返すとおよそ2.5回の頻度で間違いが出ると言われています。しかし、これに『指差し呼称』という安全確認の所作を加えることで、その確率が約6分の1にまで減るという実験データが出されています」と佐藤さんは力強く解説する。それだけ効果があがるなら、大声とアクションの恥ずかしさくらいには打ち勝たなければ、ですね。
まずは、この指差し呼称学習安全体感装置でどんなことが分かるのかを、体験させていただくことにしました。
これが、指差し呼称学習安全体感装置。正解すると、右上の筒状部品のランプが光ります。
第1回目の実験結果は、正解率20%で撃沈!
「この装置では、何もしないとき、声を出したとき、指差しをしたとき、指差し呼称をしたとき、の4つのパターンでの間違いの発生率を数値的に疑似体験できます。実験することで指差し確認の有効性が確認できるというわけです」(佐藤さん)
といっても、実験では特別に何か難しい操作をさせられるわけではない。ちょっとしたルールはあるものの、基本はモニターに映し出される指示どおりに「たて○番目でよこ◎番目のところで交差するボタン」を押せばいいだけなのだが…。
なにはともあれ、実験スタート! いきなり装置中央のモニター画面から表示が出る。左・右の文字のどちらかの背景色(水色か黄色)が点灯し、次に「たて○(番目)」「よこ◎(番目)」と数字が出る。
ただボタンを押すだけなんだけど、焦る~! 指差しがおぼつかないし、声は出ないし、いつの間にかタイムアップになっちゃうし…。第1回目の結果は、正解率20%(5問中1問の正解)という惨憺たる結果でした。この部分だけを読んだだけでは、何でそんなに正しくボタンが押せないの?って思われちゃいそう。
実はボタンを正しく・早く押せないような、仕掛けがこの装置にはあるのでした。
「ゲージと出題に仕掛けがあり、上下や左右からの数字の順番で見るとか、色による判別とか、そういったパターンによる認識がしづらいようになっています」(佐藤さん)
そうか、ゲージも水色と黄色の2色があったり、ゲージの数字も上下や左右の順番が逆になっていて、どの数字ボタンを見ればいいのか迷うようになっていたのは、そのためだったわけか…。
引き続き、第2回目の実験にチャレンジ。少し大きな声で、しっかり指差し呼称できたお陰か、正解率は40%にアップ。
でも、指差し確認ってどうしてミスが減らせるのだろうか?
「たとえば、新聞や雑誌を読んでいるけど、いつのまにか頭の中はまったく別のこと(たとえば、今日の夕飯のおかずは何かな?とか)考えていることがありますよね。これがミスの要因で、こういう状態を払拭しなくちゃいけないんですよ。対象物としっかり相対する意味で声を出すことがとても大事なんです。指差し呼称がミスを少なくできるのは、『指を差すことによって対象物と自分との距離が近づき』、『声を出すことによって注意力が喚起され』、『手や口を動かすことによって大脳が活発化する』からだと言われています」(佐藤さん)
なるほど!
モニター上の出題画面。
たて7個×よこ20個で配列されたボタン。画面の指示に従って、指差し呼称をしながら、このボタンのうちのどれかを押すのだ。たて・よこのゲージも取り外しができる。
第1回目、惨憺たる結果でした…。
指差し呼称は、なんと日本発祥の文化だった!
ところで、この装置ですが、海外にも販売しているのですか?
「東南アジアの日系企業などでは利用されています。ただ、欧米の方には、この指差し呼称の意味がよく分かっていただけないようです。教育すれば安全に対して効果があるというのはどうやら日本人の考え方のようで。欧米では、人間を危険に対して近づけないというのが基本的な考え方なんです。指差し呼称は、元々は、日本国有鉄道(JRの前身)の蒸気機関車の運転士が、計器の確認などのために行っていた安全所作だったと言われていて、日本発祥の文化なんですよ」と佐藤さん。
そう言われてみると、欧米の映画で、鉄道会社の職員が、指差し呼称で大声をあげているシーンって確かに見たことがなかったような気がする。へー、日本発祥の文化、そうだったんですね。
ちなみに、こちらの「指差し呼称学習安全体感装置ACSEL5010」ですが、価格は140万円。レンタルになると1日3万円(装置レンタル料のみ)とのことでした。
2016年8月26日(JAFメディアワークス IT Media部 上條 謙二)※2016年7月22日取材