【フリフリ人生相談】第404話 「結婚しない息子が心配」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「結婚しない息子が心配」です。 答えるのは、これまた独身の中年男、山田一郎です。
まだ、それ言うの?
今回の相談者は、もしかすると、山田一郎のお母さんなのかな、と、一瞬思ってしまった……そんな内容です。
「60代の女です。夫は5年前に亡くなりました。40手前の息子がいます。銀行に勤めております。とてもまじめで、仕事もよくできて、職場の評判もいいようです。これまで何度か女性のかたとおつきあいはあったようですが、どのかたとも進展しないまま、いまだ独身です。私も老いてきて、これからの人生を考えると、やはり、息子がすてきな家庭を持つことを望んでしまいます。息子が結婚するには、なにが必要でしょうか?」
うーむ、この息子は山田一郎ではありませんね。銀行勤めで、まじめで優秀、職場の評判もいい……まるで違います。
でも、答えるのは山田が適任だと思ったので、恵比寿のこじんまりとしたカフェで待ち合わせしました。小さく細長い店の、壁ぎわのカウンター席。ここだと山田一郎と面と向かわないので、なんとなく気持ちがラクというか……。
「さて、こんな相談なんだけどね、山田くんのお母さんも同じようなことを思ってるんじゃないかなって……やっぱり、親は息子の結婚を望むんだろうね」
山田一郎の顔の前にスマホを伸ばして、保存してある投稿の文面を見せます。私は明るい感じで話しはじめたのですが、後半で、少し声のトーンを落としていました。いまどき結婚するとかしないとか、あんまり話題にしないほうがいいのかもしれない、と、ふと思ったからです。
山田一郎の場合は由佳理と結婚していたわけで、再婚相手の高橋純一とも仲よくしているみたいだし、さまざまな事情はよくわかっているつもりです。その山田に対してさえ「つぎの結婚は?」なんて、あまり気楽に聞けないなぁ、と、そのとき思ったわけです。
「まぁ、結婚バナシなんて、余計なお世話か……」
なぁんて、ちょいと言葉を濁しつつ、軽くフォローを入れる私です。山田はそんな私をちらりと横目で見て、小さく肩をすくめました。
「まだ、そんなこと言ってるのかって感じですよね」
その声からは感情は読み取れません。そういうものを押さえた感じの言いかただったからです。
「そんなことって?」
「40近い息子に、結婚はまだかなんて、いまどき言いますかね」
「旦那さんは5年前に亡くなったっていうし、いろいろとさびしいんだよ」
私はやわらかく言って、お母さんをかばってみました。
「そもそも、息子はまじめで仕事もよくできて、職場の評判もいいなんて、おかしくないですか」
「おかしくはないでしょう、きっといい息子なんだよ」
「どうなんですかね。職場の上司でもあるまいし。いやいや、上司だっていまどき、そんなこと言わないでしょう? 披露宴の挨拶だって、もうちょっとまともなこと言いますよ」
「きびしいね」
私は苦笑するしかありません。
「きびしいっていうか、このお母さん、典型的なダメママだという気がしますけどね」
「き、きびしいね」
と、私はあきれたように言いました。
子離れすべし
「息子の育てかたを間違ったとしか思えないですよ。息子も息子で、まじめで仕事がよくできて、職場の評判がいいっていうのが、ある意味ほんとなのだとしたら、それもまた仮面をかぶってるんですよ」
「き、き、きびしいね……きょうはどうしちゃったんだい、山田くん」
「って言うか」
と、山田一郎はぐるりと顔をこちらに向けて、ひどく皮肉っぽい笑いを浮かべたのです。
「ずっと人生相談やってて、そんなこともわからない松尾さんも、まずいですよね」
「へ?」
「だって、この相談、おかしくないですか。息子を自慢してるんだか、自分のさびしさを訴えたいのか、よくわからないでしょう。ほんとに息子のことを心配してるんだったら、とっくに息子とあれこれモメてるはずでしょう」
「いや、だから、たくさんモメたんじゃないの? その果てに、こういう相談を送ってきた……」
「そんなわけないでしょう。だったら、さんざん息子とやり合って困り果ててます、とか書いてるはずです」
「…………」
いつになく強い口調の山田一郎に私はかなり困惑してました。
前回、山田一郎に相談バナシを持ちかけたら「悩んでいる人に寄り添って、やさしく背中を押すのが人生相談でしょ?」なんて、さんざん私を責めたてたくせに、今回は相談してきている母親をボロカスです。
「ほんと、きみはまるで……」
と、そこまで言いかけて、言葉を飲みこみました。
もしかすると、山田一郎も母親に「再婚しろ」って責めたてられてるんじゃないか、と、そんな気がしたのです。
「なんです?」
と、横目で私をにらみます。
「いや、もしかすると、山田くんもお母さんから、あれこれ言われてるとか?」
「はあ?」
山田一郎は、私を見て、すぐに目の前の壁に視線を戻して首をふりました。
「ほんと、松尾さん、ダメですね。まったくわかっちゃいない」
「…………」
「うちの母親は、なにも言いませんよ。放任主義っていうか、まるで、ぼくの人生とは無関係な感じ……だから、その母親と比べて考えて、このお母さんはちょっとおかしいなって思ったわけですよ」
「そ、そうなの?」
「そう。だから、ぼくからこのお母さんに言えることがあるとすれば、ほっとけば? しかないです。こんな年齢になるまで子離れしてないっていうのは、まずいと思うんですよね。息子は、そんな母親の被害者でしょう? 40歳で、仕事もできて職場の評判もいいなんて母親から言われてるの、かわいそうすぎますよ」
「かわいそう?」
「母親は、幼いころから息子に自分の理想を押しつけて、息子もそれに従いながら生きてきて……ってパターンでしょ。それしかないです」
きょうの山田一郎は、いちいちきっぱり言いきります。それはそれで痛快ってこともありますが、私は心のなかで「大丈夫かなぁ」と少しばかり弱気になってました。
もうひとつの手は
母親の過干渉……と、山田一郎はばっさりと決めつけているわけです。幼いころから「ありのまま」ではなく、母親のイメージに沿うように育てられてしまった息子。まじめで優秀、仕事もできて……でも、それは、彼の「ありのまま」ではないかもしれない。
こういう相談は、きっと天空のほうが体験も豊富で、うまい答えが見つかったかもしれない、と、そんな後悔さえ頭をよぎります。
「天空さんなら、なんて言うかなぁ」
と、弱気な私は、そんなことをつぶやいてしまいました。ほかの回答者を話題にするなんてタブーに違いありません。すると、ちょっと小馬鹿にしたように私を横目で見て、山田一郎はおかしそうに言いました。
「天空さんなら、息子のことは忘れて、息子のいない幸福を頭に念じなさいってカツを入れるんですよ。そんで、お母さんの背中に手を当てて、コスモスパワー注入でしょう」
「なるほど」
うまいこと言うな、と、素直に思ってしまいました。確かに、天空ならそんな感じで悩み相談して、コスモスパワーでガッポリと法外な料金を請求するのでしょう。なにせ、ペテン師ですから。
「ぼくはしょせんアマチュアですから、天空さんみたいにまともな解決なんてできませんよ」
「いや、天空のコスモスパワーがまともだとは思わないけど」
すると、山田一郎はぱっと私のほうを向いて、尻尾をふるような顔つきになりました。
「もうひとつ思いつきましたよ」
山田一郎は、なぜかおかしそうに鼻をひくひくさせたのです。
「な、なに?」
私はおびえたように、そんな彼を見つめました。
「お母さんの知り合い……同い年とかちょっと下とか、そういう人を息子に紹介するってどうですか。自分と同じように旦那を亡くした未亡人、そういう人、いいんじゃないですかね」
「いいんじゃないですかって……」
「意外にいけるんじゃないですかね。もしかすると、息子はマザコンかもしれないわけだし」
「いや、でも、それは、ちょっと大胆すぎない?」
「いやいや、自分と同世代の女性を息子にどうかな、なんて考えてるうちに、母親は自分と息子の関係を問い直すんですよ。いい人がいればそれもいいし、そんなこと言いだす母親に息子が本気で激怒ってことになれば、それはそれで、親子の関係がリセットされるわけだし……」
「リセット……」
そんなことがあるのかどうか、私にはさっぱりわかりません。
私はただ、夢を見ているような気持ちで、山田一郎の横顔を見つめるしかないのでした。