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最終更新日:2023.02.23 公開日:2023.02.23

【フリフリ人生相談】第403話 「初デートで 彼はシャコタン!」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「初デートで彼が乗ってきたのはシャコタン!」です。 答えるのは、チョー天然のイタリア人気質おじさん、バンジョーです。

松尾伸彌(ストーリーテラー)

画=Ayano

かっこいいかどうか?

今回のお悩みはクルマに関する話題です。

「彼氏ができました。初デートはドライブ! けれど、迎えに来た彼のクルマはシャコタン、しかも土禁……いま令和だよね? 昭和じゃないよね?
クルマの趣味は人それぞれですし、彼のことも大好きだけれど、ちょっと引いてます」

わはは。向こうからやってくるシャコタンを運転するのが、つきあいはじめたばかりの彼氏だった……という図は、想像すると、なんとも笑えますね。
ゴゴゴゴゴッなんて太いエンジン音を響かせて、車体がやたら低いクルマが現れ、ドアが開いたらフカフカのカーペット。
「靴、脱いでね」
なぁんて、ちょっと自慢げに笑う彼氏。
引きつった彼女の顔が目に浮かびます。

今回の回答は、われらがバンジョーにお願いすることにしました。待ち合わせは麻布のバーだったのですが、なんと現れたバンジョーは松葉杖をついてるじゃないですか。
「どうしたんですか」
「いやぁ、年末にちょっとやっちゃってね」
と、スマホを操作して車椅子に座った写真を見せてくれます。腫れ上がった左足の甲を何針も縫った傷跡のアップも。
「わあ、痛そう」
としか言えない私です。なにせ、この手の痛そうな映像が、まったくダメなのです。
バンジョーは自転車で転んだり、酔っ払って酔客にからんで殴られたり、みたいなことが実に多いのです。しかも、腫れあがった自分の写真を見せて「えへへ、アラン・ドロンみたいでしょ」みたいなことを言ったりします。なにかの映画のワンシーンの、同じような腫れあがった二枚目俳優のことを言われても、まったく共感できないわけですね。
というわけで、このときも、足の傷にはできるだけ触れないようにして、お悩みネタを読みあげました。

「どうですか、シャコタンで現れた彼氏……笑えないですよね」
と、私がおかしそうに言うと、わりとまじめな顔つきで、バンジョーは感想を口にします。
「その彼氏って、きっと若いよね。20代とか30代……」
「まぁそうでしょうね」
「70代のおじさんがずっと同じクルマに乗ってるってことじゃないよね」
「そりゃあ、そうでしょうね。彼氏ができました、76歳ですってことは、ないでしょうね」
50年近く同じクルマに乗り続けているっていうのなら、ある意味すごいことだし、まったく話の展開が変わってくるとは思うのですが、どうやら、今回のお悩みはそういうことではなさそうです。

「ずっと同じクルマに乗り続けてるおっさんもかっこいいと思うけど、いま、シャコタンにハマってる若い男っていうのも、ある意味、かっこいいんじゃないの?」
と、ふつうの顔して、バンジョーは言います。

「そ、そうですか?」
思わず絶句してしまったのですが、カウンターに立てかけられた松葉杖をちらりと見て、なるほどそういう視点もあるのかもね、と、思ってしまったのです。

酔っぱらいに殴られた頬とか腫れあがった足の甲とか、私は話題にできないくらい「痛そう」って気持ちでいっぱいになっちゃうのですが、「映画のワンシーンみたい」という奇妙な納得というか自慢の仕方もあるわけです。

海外の視点で見れば

「でも、いまどきの女の人は、素直にかっこいいなんて思えないでしょう?」
と、私は首をかしげます。やはり、ここは、悩んでいる彼女に寄り添って回答してもらわないと、という顔つきをしたつもりです。

「いま、古い日本車って海外でもブームなんでしょ? フェアレディとかカローラとか、セリカとか、もともと日本車ってしっかりつくってあるから、いまでもリストアして乗るっていうのが、すごい流行ってるって、ちょっと前にニュースで見たよ。海外の若いカップルがすごく熱心にフェアレディに群がってるんだよ」
「ああ、そういうこともあるらしいですね」
と、私は、ぼんやりとうなずいてしまいました。

要するに、外国人から見れば、古い日本車が魅力的に見えている。そういうふうに視点を変えれば、シャコタンもかっこいいのではないか、ということですかね。

「バンジョーさんも好きでした? 古い日本車……」
「ぼくは、あれだね……」
と、そこでバンジョーは少しだけ遠い目をしました。
「男と女って映画、あったじゃない? クロード・ルルーシュ監督でさ、アヌーク・エーメとジャン=ルイ・トランティニャン……」
「テーマ曲がチョー有名ですよね。ダバダバダ、ダバダバダ……」
と、夕暮れ前のバーのカウンターで、ひとしきり映画『男と女』のテーマ曲を口ずさんでしまうおじさんふたりです。

「あの映画のDVDにさ、特典映像がついてて、早朝のパリの街中をフェラーリで走りまわるのがあるんだよ……これが、すごい。本編の宣伝用なのかわかんないけど、公開当時はすぐに上映禁止になったらしいよ。監督も逮捕されたらしいし。まぁ、それくらい、あの映画は実はクルマにこだわりまくった作品なんだよね。ぼくはね、あの映像を見たときに、I can’t stop lovingなんだと思った。ぜったいにフェラーリを停めないから」
みょうに饒舌になってしまったバンジョーです。

イタリア大好きな彼ですから、石畳のせまい道をフェラーリでぶっ飛ばすっていうのを見て「恋は止まらないってことだよ」とロマンチックに思うのかもしれません。
『男と女』は1966年のフランス映画です。かれこれ57年前。主人公はカーレーサー。クルマがファッションの最先端に位置していた時代は、それからも長く続きました。
さて、現代は……って話は置いといて、今回のお悩みの彼女にも、そういう「クルマにロマンを感じる」って気分を理解してもらえるといいな、というのが、バンジョーの気持ちってことでしょうか。

そこから理解は深まるはず

私は軽く笑いながら、バンジョーを見ました。
「逆に言えば、ですよ……彼女ができました、実は彼女はコスプレが大好きで、初デートのときにピンク色の髪でセーラー服を着て現れました、って男が嘆いているのと同じバターンってことですね」

「そうそう。そういうこと。いまどきは趣味とかって、ほんと、ひとそれぞれだし、深いしね。だから、トコトン、いっちゃったほうがおもしろいんだよ。無難なクルマもいいけどさ、マニアックにこだわってるなら、それは理解してあげたほうがいいよね。この女の人は彼氏のシャコタンにちょっと引いてますって言ってるけど、その引いたところから、少しずつ近づいていけばいいんじゃないかな」
と、バンジョーはいつになく常識的な回答者、みたいな口ぶりです。

「確かに、無趣味でつまらない男より、はっきりとこういうクルマが大好きって言ってる男のほうが、わかりやすいかも」
「たださぁ……」
バンジョーは、含み笑いのようなものを浮かべながら、ティオペペの小さなグラスに口をつけました。

「彼氏ができました、最初のドライブデートで赤いフェラーリに乗って現れましたっていうと、お悩みにならないわけでしょ。むしろ自慢バナシみたいな、ねぇ」
「そりゃあ、そうでしょうね」
「ぼくとしては、シャコタンを応援したくなっちゃうなぁ」
「フェラーリ対シャコタン……バンジョーさんとしてはシャコタンの勝ち?」

「そうねぇ……『男と女』の気分はさ、きっと高級車フェラーリってことじゃないんだよね。どっちかというとシャコタンでぶっ飛ばすってことでしょ、ビシバシ、路面をこすって火花をあげながら、みたいなさ」
「いやいや、べつにこの彼女は、古いフランス映画に憧れてるわけじゃないですからね」
「そうなんだけど、気持ちの話ね。クルマを愛してるって気持ち……これが大切なのよ」
「…………」
なんだか話が遠いところに行ってしまいそうで、私は苦笑するしかありません。

ま、とにかく、今回のお悩みに関しては「ちょっと引いたところから、改めて彼氏に近づいてみる」ってことがアドバイスですかね。彼女がファッション好きなら、彼氏のシャコタンに似合う装いを考えて、ふたりでセブンティーズな洋服に身を包み、彼氏もリーゼントかなんかで決めちゃう、ってあたりを目標にして、ふたりで楽しんでみるのは、いかが?


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