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最終更新日:2023.02.12 公開日:2023.02.12

【フリフリ人生相談】第402話「昇進したくない48歳の女」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「48歳女性。昇進したくない」です。 答えるのは、仕事はしてないけど、由佳理の登場です。

松尾伸彌(ストーリーテラー)

画=Ayano

女は大変ってことですね

今回は、こんなお悩みが来ました。

「48歳女性です。
今春から課長に昇格しました。でも、うれしくない。
責任ある立場で面倒なことが増えるのがいやだし、息子も高校受験で大変だし、できれば引き受けたくなかった。人生、いやになりそう」

さて、誰に答えてもらおうか、ちょっと迷いました。仕事をしている恵子もいいけど、ここは敢えて由佳理という線を狙ってみようと思いついたのです。旦那は高橋純一、埼玉の実業家です。旦那が仕事に悩む姿を見ているのか見てないのか、そのあたりもふくめて、あれこれと聞いてみようと思います。

場所はいつもの丸の内のホテル。ロビー階にあるカフェ。彼女はエステの帰りです。いつものことながら、肌が艶々しています。いい匂いもしそう。なんてことばかり言ってるとセクハラと怒られちゃうのでしょうが、なんだかんだ言って、私はこういう由佳理に会いたくてここにいるのだなぁ、と、つくづく思うわけですね。

「仕事のお悩みなんて、私には無理ですよ。仕事してないんだから」
と、首をかしげる由佳理ですが、そこは作戦どおり高橋純一の話を持ち出して、話を広げてみます。

「旦那が仕事で悩んでいる、なんてことはないの?」
「ないですね。純一さんは私の前ではいっさい仕事の顔はしないですからね」「いいパパに徹してるってことだね」
「いいパパであり、いい旦那さんですね」
さらりと言ったひとことは、たぶんノロケなのでしょう。由佳理の頬がほんのりと染まったような気がします。チッ高橋純一め。と、ちょっと拗ねちゃう私です。

「そうかぁ。じゃあ、仕事のことは置いといてさ、こういう女の人の悩みって、どう思う?」
「どうって……やっぱり大変なんだろうなと思いますよ。40後半で課長でしょう? その年齢で息子が高校受験って、そこが大変そうですよね。男の人は、家庭のことは奥さんにまかせて、なんてことになるんだろうけど」
「でも、最近は女の人も働いてるからね。旦那さんも協力してくれるって事が多いんじゃない?」
「そうですねぇ。でも、受験生がいるってことは、家のなかもピリピリするだろうし、お夜食をつくってあげなきゃとか、風邪ひかないようにとか、やっぱり母親の負担が増えそうな気がしますけどね。精神的に」
「なるほど……」
確かに、それはあるかもです。父親が受験生の息子を前に考えることは、できるだけデンと構えて「父さんは信頼してるから、存分に力を発揮しなさい」なんて心で伝えるみたいな対応になっちゃいがちですが、母親はあれこれと気を揉むし、なにかしてあげたいと思うだろうし、それが実のところ、ものすごく負担になるってこともあるかも、ですね。

「ということは、このお悩みに共感するってことだよね」
私は、やっぱりそういうことになっちゃうのか、と、少しばかり焦りつつ、そう思うしかないのでした。

でも、仕事しなきゃ

改めて高橋純一本人とか天空あたりに相談してみるしかないか、でも、それならそれで、せっかくだから、由佳理をじっくり眺めて帰りましょう、なんて心のなかで考えつつ彼女をぼんやり見つめておりました。すると、由佳理はふと表情をゆるめて、ぽつりと言ったのです。

「でも、仕事しなきゃ、ですよね」
「は?」
「いまちょっと思い出したんですけど、うちによく、主人の会社の人たちが集まることがあるんですね。いろんな会社の社長さんとかがやってきて、食事してお酒飲んで、みたいな。いわゆる、親睦会ですかね。ときには、奥さま同伴ってこともあったりして、私もごいっしょしたり……」
「さすがに高橋純一、知らないところでグループ企業のオーナーやってるんだね。何人くらい集まるの?」
「いや、でも、せいぜい8人とか、それくらいですよ」
「ふーん」
と、私は大宮の高級旅館の新館って感じの高橋邸を頭に浮かべてました。あそこなら、グループ企業の幹部たちは集まりやすいし、結束も強まる気がします。
どんな雰囲気でどんな会話が繰り広げられているのか、めちゃくちゃ興味が湧いてきました。なんなら一度、潜入してみたいものです。

「いつだったか、主人がみなさんを前に話したことがあって……どういう状況だったか詳しくは思い出せないんですけど、たぶん、ちょっとしたトラブルを抱えてる会社があって、そこの社長さんがひどく深刻な感じで、気楽な親睦会なのにひとりで青ざめてる、みたいな感じだったんですよ」
「ほお」
「そのときに、純一さんが、その人に向かってっていうわけじゃなくて、ほかの人と雑談するみたいに話しはじめたんです。きみたち、いろいろ会社のことも忙しいし家庭のこともあるし、立場上、会社の将来とか従業員のこととか、プレッシャーもあるよね、って」

Mr.オクレが輪のなかで、ぽつぽつそういう話をするのは、なんだかマフィア映画のワンシーンみたいで、ますます、私は前のめりになってしまうのでした。

「とにかく、純一さんが言ったのは、人生の山あり谷ありのなかで、ほんとに大変なときって、プレッシャーとか運命とか、将来のこととか、家族とか、まわりとか、考えることが多すぎて、とにかく、もうわけがわからなくなる。自分もそうなんだ、と」
「ふむふむ」
「そういうときに、むずかしい局面のときほど、私は、ものすごく単純に考えるようにしているって言ったんです」
「単純に考える?」
「そう……仕事しなきゃって」
「仕事しなきゃ?」
「そう」

私は途方に暮れたような顔で、由佳理を見つめてしまいました。

むずかしいことではなく

「ははは、わかりませんよね」
と、由佳理は照れたように笑いました。せっかく思いついたのに、今回のお悩みの答えとは離れてしまったみたいで恐縮している様子です。

「いや……」
フォローするように、私は質問してみました。
「その、仕事しなきゃって言葉、どんな感じで、きみは受け止めたの?」
「うーん、だから……」
彼女は少し上目づかいになって考えています。天上からの光がアイキャッチになって、瞳を輝かせています。

「えーと、うまく言えないんですけど、掃除しなきゃとか、洗濯しなきゃ、とか、そんな感じ」
「はい?」
「うーん、どう言ったらいいんだろう……たとえば、銀座でエステして、ホテルでこうやってお茶しながら松尾さんと話してて、その途中で、ふっと、柔軟剤を買っとかなきゃって思う、みたいな」
「…………」
「わかりませんよね」
「高橋純一がグループ企業の幹部を前に、そういう話をしたわけ?」
「いえ、純一さんは、柔軟剤なんて言いませんよ。それは私のたとえ。でも、そのときに、純一さんが言ったのは、むずかしくて複雑な問題を抱えたときこそ、宿題しなきゃみたいな感じで、目の前のことに取り組むのがいいんだってことですかね。あくまで気持ちの問題だと思うんですけど」
「なるほど」
とは言ったものの、ちっとも頭のなかで納得できてません。

私は、改めて自分のスマホを取り出して、お悩みの文面を画面に出してみました。ちらりと由佳理を見て、小さく声を出して読んでみます。

「48歳女性です。今春から課長に昇格しました。でも、うれしくない。責任ある立場で面倒なことが増えるのがいやだし、息子も高校受験で大変だし、できれば引き受けたくなかった。人生、いやになりそう」

ゆっくりと顔をあげると、豪華な背景のなかに由佳理がいます。ホテルのカフェを彩る光は巧妙にデザインされて空間を輝かせています。そのなかに、艶々とした由佳理がいます。エステに行ってきたばかりで、匂い立つほどに美しい。これから大宮までベントレーの後部座席に身を沈めて帰るのです。

そんな私の頭のなかとは無関係に、由佳理はぽつりと、お悩みの回答を確信したように、つぶやきました。

「仕事しなきゃ」

そして、淡く微笑んだのです。

あ、そうかもね、と、私は思ったのでした。むずかしいことではなく、そうひとことつぶやいて立ち上がる。
人生って、そういうことなのかも、と、私はひどく納得したような気持ちになったのでした。


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