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最終更新日:2023.01.31 公開日:2023.01.31

【フリフリ人生相談】第401話「40直前。夢だった仕事を」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「40直前で、夢だった仕事をはじめた」です。 答えるのは、夢にもお金にも縁がなさそうな男、山田一郎です。

松尾伸彌(ストーリーテラー)

画=Ayano

年齢、夢、お金

今回のお悩みは、こんな内容です。

「40歳直前で思いきって仕事を辞め、夢だった服飾の仕事で生きていくことを決めましたが、現実はきびしく赤字続き……。夢をあきらめ職を探すか、もう少し踏ん張ってみるか悩んでいます」

具体的なことがわからないのでアドバイスがしにくいところですが、意外にありがちな悩みかもしれないと思ってしまいました。夢を現実にするのはむずかしいことなんですが、でも、夢に向かってトライもしたい。転職が当たり前の時代になり、多かれ少なかれ、いまや国民すべてがこういうことに悩んでいる、とさえ思えます。
こういう大雑把な内容だと天空なら世相を交えながらうまい説教でもしてくれるのでしょうが、今回は、敢えて、夢とかお金には縁がなさそうな男、山田一郎に話を持っていくことにしました。

いつものカフェのかたすみで、山田一郎と向かい合います。

「山田一郎には夢なんてないかもしれないけど、今回のお悩みは、こんな感じなんだよ」
と、私はスマホの画面を読みあげようとします。

「松尾さんね、いちいち、うるさいんですよ」
「は?」
「山田くんには夢なんてないかも、とか、言わなくていいですから」
「あ、そうね。すまんすまん。お悩みはね、えーと、読むよ。40歳直前で思いきって仕事を辞め、夢だった服飾の仕事で生き……」
そこまで読んだときに、正面からスマホに腕が伸びてきました。

「貸してくださいよ、松尾さん、滑舌が悪いのか、聞き取りにくいんですよ。自分で読みますから、貸してください」

きっと最近「滑舌」なんて言葉を覚えたのだろうと、私はあまり腹も立てずに山田にスマホを渡します。

「…………」
いつになく熱心に山田一郎は読んでいます。長編小説読んでるのかってくらい時間をかけ、それでも、まだ画面から目を離しません。

「服飾の仕事っていうのが、いまいち、具体的じゃないから、よくわからないよね」
私は山田一郎のおでこのあたりを眺めながら、ひとり、つぶやきました。
「裏原宿に古着のショップを出したかったので40を前に思いきって会社を辞めて店を出しました、みたいなことかなぁ。そりゃ赤字にもなるよ。世のなか、そんなに甘くはない」
「…………」
私の話なんか聞いてないように、山田は止まったままです。寝てんじゃないの、と、思ったころに、ようやく顔をあげて、ぽつりと言いました。

「これこそが、人生ですね」

夢か現実か

山田一郎らしい飛躍に苦笑しながら、彼の言葉の続きを待ちます。

「40歳直前、夢、赤字。夢をあきらめて職を探すか、もう少し踏ん張ってみるか……まさに人生相談の鉄板ネタです」
「なんだよ、それ」
と、鼻で笑いつつ、私もうなずいてしまいました。
「確かに、おれも、国民すべてが同じようなことで悩んでるんじゃないかと思ったんだよ」

「国民すべてってことは、ないでしょうねぇ」
冷静な言いかたにカチンときましたが、ここは黙っておきます。

「この人、夢だった服飾の仕事をやれば、大金が稼げる予定だったんでしょうね」
「うん、そうなんだろうね」
「赤字が続いて、夢をあきらめて職を探す……ってことは、夢と職はべつってことですよね」
「ん? どういう意味?」
「そもそも、服飾の仕事でコツコツ稼ぐって発想じゃないわけですよ」
「…………」
「好きな仕事で大金を稼ぐ、それが夢なんです。現実の仕事は、ただ日々の収入を得るため。まったくべつもの」
「つまり、山田くんとしては、もっとコツコツやるってことを考えたほうがいいんじゃないかってことだよね?」
私は自分の意見もふくませつつ言いました。
すると、山田一郎は、私の顔の前で指をぷるぷると振ったのです。
「っていうか、この人の発想のなかには、服飾関係の会社に就職するってことはないわけですよ。そんなのは、夢じゃない」
「きっと、会社勤めっていうのが違うんだろうね」

ぼんやりと、私は相談者の人生観みたいなものを想像していました。
ユニクロに就職すれば服飾関係だけど、そういうのは「夢」とは違う。自分でデザインする、自分で縫製する、自分でショップを持つ、みたいなことが「夢」なんでしょうか。しかも、きっと、そこに熱烈なファンがいて喝采を送ってくれて大金が稼げて……それではじめて、夢は実現する。

「夢が極端すぎるってことか」
私は、そのときはじめて気づいたように声をあげていました。

「夢だった服飾の仕事で生きていくことを決めた、ですよ」
山田一郎は、まだ私のスマホを握りしめています。汗ばんでいる手のひらを想像して、私はいやな気持ちになりました。そんなことはお構いなしに、山田は続けます。
「だったら、最後までやってほしいですよねぇ」
と、彼は淡々と言うのです。
「ふつうなら、赤字を小さくする方法を考えたりしますよ。赤字をなくして黒字にするには、どうしたらいいか」
「…………」
「でも、そうじゃなくて、とにかく、ホニャララで生きていくことを決めたんですよ。40を前にして男が決めたんです。ロックやるって決めたら、やり続ける。それがロックンロールってことですよ」
「…………」

私は、腕を組みつつ、山田一郎を睨むように見つめていました。
「ぶっちゃけ、なにを言いたいのか、よくわからないんだけど。この人のお悩みはどこにいっちゃったの?」
「なにがですか?」
と、照れもせずに言うところが山田一郎です。

「いや、だから、山田一郎は、最終的に、この人になんてアドバイスするつもりなのさ。夢をあきらめるか、もう少し踏ん張ってみるか」
「いや、いやいやいや」
と、芝居がかった感じで首を振ります。

「いやいや、だから、松尾さん、決まってるじゃないですか。踏ん張る、ですよ。というか、この人、踏ん張りたいんですよ。夢だった仕事で生きていくことを決めたんだから。ロッケンロールですから」
「…………」
「現実はきびしいんですよ。赤字続きなんです。ここで夢をあきらめるか、それとも、もうちょっと踏ん張るか。そういうふうに悩み続けて、それでも、やり続けるんですよ」
山田は同じことを何度も言っています。

「なにを言ってるのか、さっぱりわからない」
「いやいや、だから、人生なんですよ。みんな、こうやって生きてるんです。夢とお金。そこで踏ん張ってるんですって」

悩んでる人を応援する

「つまり、山田一郎は応援しているよ、と。そう言いたいわけだね」
私は念を押すように言います。
「だから、そう言ってるじゃないですか。フリフリ人生相談って、そういうことでしょ? 悩みのある人を応援する。背中をそっと押してあげる。それこそが人生相談」
「うーん、そこ、勝手に決めてもらっても困るんだけど」
「なに言ってるんですか、だから、松尾さん、ダメなんですよ。フリフリ人生相談は、悩んでるあなたを応援します。やさしく背中を押します……これ、書いといたほうがいいですよ」

みょうに興奮気味の山田一郎を見つめながら、私は少しばかり混乱していました。いったい、きょうのお悩みはなんだったんだろう……。

「悩んでる人って、気持ちがマイナスになっちゃってるからねぇ。背中を押すって言っても、そこは慎重に考えないとさ。言葉を選ぶっていうの?」
「は?」
と、山田一郎のあごが数センチ落ちました。

「なに言ってるんですか、松尾さん。フリフリ人生相談が、そんなに影響力があるとでも思ってるんですか」
「いや……」

山田一郎といると、どうしてこうもザワついた気持ちになるんだろうと、私はそのことを重点的に考えてみようと決意しつつ、まだ握りしめられたままのスマホを心配そうに見つめるしかありませんでした。


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