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最終更新日:2022.12.31 公開日:2022.12.31

【フリフリ人生相談】第399話「40代社員の絶望」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「40代社員の絶望」です。 答えるのは、埼玉の実業家、高橋純一です。

松尾伸彌(ストーリーテラー)

画=Ayano

みんな絶望してる?

前回、「負け組で終わるのは悲しい」と嘆く20代男性の声を天空に投げかけました。40代の男性からも同じような投稿がありました。

「つい先日『40代会社員の絶望』というネット記事を読みました。
中途採用されてくる30代の若手に押され、課長にすらなれず、
転職しようにもなんのスキルもない40代会社員は、
絶望するしかない—-という記事です。
まさに、これは、私のことだと思いました。
この絶望から抜け出る方法はあるのでしょうか?」

こういう記事、最近よくネットで見かけますね。40代になっても昇進できず、社内での自分の立場を自覚せざるを得ない。「ああ、おれって必要とされてないのね」みたいな。しかも「よし、こんな会社辞めてやる」なんて思ったところで、現実的には自分のスキルからいって、むずかしい。そもそもいまの会社で課長にすらなれていないのだから、よその会社がほしがるわけもない。
さらに、会社は必要な人材をどんどん中途採用して自分より若くてバリバリ仕事ができるやつらが入ってくる。ますます居場所がない。
40代社員は、もはや絶望するしかない。

というわけです。
前回は20代の若者が自分を「負け組」と嘆き、今回は40代が「絶望」している。

天空は「そもそも人生の勝ち負けってなに?」とじっくり考えることを提案してましたが、今回の40代は「課長にもなれない」と具体的に絶望感の根拠がはっきりしています。

さて、どうする?

高橋純一に話を聞いてみることにしました。埼玉でいくつもの会社を経営している実業家の彼なら、なにかしらの回答をくれるかもしれません。

会ったのは、いつもの小部屋。大宮駅前のビルにある「取調室」みたいなせまい部屋です。

「どうですか、こういう悩み……高橋さんの会社でも、絶望する40代ってたくさんいるんじゃないですか」

「そうですねぇ」
と、あいかわらずの陰気顔で腕組みしているMr.オクレ。こういう人物がオーナーっていうだけで労働意欲がなくなっちゃいそうな気がしますが、どうなんでしょう。

「最近思うんですけどねぇ」
陰気な顔のまま、高橋純一はぽそりと言いました。

「低迷する日本経済がタイヘンだ、閉鎖的な労働環境をどうする、物価上昇でああだ、景気低迷でこうだ、欧米に比べてここがダメ、アジアのなかでも先がない、このままだと日本は滅びる……なんて、いろんな肩書きの人がネットであれこれ言ってますよねぇ」
「確かに、そんな記事ばっかりです」
「こんな時代に、どういう人生設計が大切か、投資だNISAだ、転職のためのスキルがどうした、プレゼンテーションの能力がどうした……ねぇ、そんなのばっかり」
「そうです」
「しかもですよ、アメリカのスーパーエリートはどうしてるとか、シンガポールにいる一流日本人はなにを考えてる……そんな記事であふれてる」

少しばかり困惑ぎみに、彼は私を見て、気弱な笑いを浮かべたのです。

「私が読んでても、不安になっちゃいますよ」

人生は20年単位

そんな高橋純一を見つめながら、私も少しばかり陰鬱な気持ちになっていました。
「でも、そんな記事を気にするなって言っても、むずかしいですよ。実際に自分の将来に不安を抱えているから、そういう記事って目に入りがちだし……人は結局、自分の気になる記事しか読まないっていうし」
「そうなんです。だから、ますます不安になる。不安の無限ループですな」
と、彼のくちびるがかすかに歪みました。とっておきのジョークを口にしたつもりかもしれません。

「で、その、無限ループから抜け出す手、ですよ。きょうのお題は」
高橋純一の言葉を借りつつ、核心に迫ってみます。

すると、ちょっと驚いたような顔で私を見返すと、そのまま気弱そうにテーブルを見つめて、すぐに天井を見ました。視線が泳いでいるってことです。

「私がやってる会社は、建設業から金融からサービス業から、警備もネットも飲食も、ほんとに多岐にわたるので一概には言えないんですけどね、最近、会社の人たちを見ていて、ぼんやりと思っていることがあります」
気弱そうな視線のまま、彼は私を見つめます。

「人生って、20年単位なんじゃないかって……」
「20年単位? どういうことです?」
「いや……つまりですね、生まれてからの、人生の最初の20年って、ほとんどこれ、学校に行ってますよ。小中高、そのあと専門学校とか大学とか……ね。この20年のあれこれで、つぎの20年が決まります。仕事を見つけたり、なかには結婚相手が見つかったり……。最初の20年で身につけた経験とか価値観が、つぎの20年を決めるんじゃないかって気がしたんですね」
「ふむ」
「あくまで20年単位なんです。20歳までの経験が影響するのは40まで。社会人になってからの20年のあれこれがつぎの20年、40から60までの人生を決める……要するに、20年ごとにつぎの人生につながっていくんじゃないかってことですね」
「…………」
わかったようなわからないような、そんな顔を私はしていたと思います。

「20年単位……」
「逆の言いかたをするとですね、40代でどんな人生を送っているかっていうのは、実は、それまでの20年で決まるんです」
「ああ、なるほど。就職してからの20年が、40歳からの人生を決める……つまり、社会人になってバリバリ20年がんばることで、40歳以降に役職についたりできるってことですね……ということは、高橋さん……」
私は彼の皮肉に気づいて、少しばかり声が大きくなっていました。
「40代で絶望してる人は、それまでの20年がダメだったってことじゃないですか」

いくつかの会社を経営しているというより、それらのオーナーである高橋純一は、そういうふうに従業員たちを達観して見てるってことなのでしょうか。

「シビアな言いかたをすれば、そうなっちゃうかもしれません。学生時代に必死に勉強したり、スポーツに取り組んだりしたことが、40までの人生を決めちゃうんですよ。40から60までの人生は、社会人になってからの20年で決まる」
「…………」
腑に落ちていいのかどうか私にはまだよくわからない、という顔で、私は高橋純一を見つめるしかありません。

考えるべきは、つぎの20年。

「間違ってはいけないのは、いいとか悪いとか、成功とか失敗とか、そういう話じゃないってことです。課長にもなれなくて40代で絶望してるって言いますけどね、松尾さん、そういう人は20代とか30代のときに、あくせく仕事してないと思うんですよ。出世のための仕事じゃなくて、人生にはもっと大切なことがあるんだとか言って。それはそれでいいんです。大切なのは、そのことを悔やんだり、いまの立場を嘆いたりすることではなくて、つぎの20年のことを考えて準備するってことなんですよ。具体的にいうと、会社を辞めてからの人生ですよ。そこからの20年。60歳から80歳までの生きかた、みたいな話です。おわかりですか?」

高橋純一の顔つきがゆっくりと輪郭を持ったような気がしました。

40歳から60歳までの人生は、つぎの20年のためにあると考える。
そうすると、いまの境遇とかを嘆いている場合じゃなくて、もっといろいろと準備することがあるのではないか……。いまの仕事がどうした、なにができる、誰が悪いって感覚ではなくて、60過ぎてからなにをやるかを想像してみる。

「なるほど」

と、思わず、私はうなるようにつぶやいていました。

「人生は20年単位で考える……」
改めて、噛みくだくように言葉にしてみます。

そんな私を見て、高橋純一はおだやかに言いました。

「学生時代って、どんなに先のことを考えてても、想像できるのは、いいとこ40までの自分ですよ。社会人になって仕事をはじめて、ようやく、定年までの自分を想像できる。終身雇用が当たり前で老後は年金でって時代は、定年までを想像してれば、あとは自動的になんとかなったってことです。でも、いまはそうはいかない。40代のいまこそ、絶望なんてしてちゃダメなんですよ。60からの人生を考えないと」
「なるほど。で、どう考えますか、そこんところを……」
「ははは」
と、高橋純一は小さく笑いました。

「そこは、これから、おいおいってことで」
「うまいなぁ」
私も笑い返すしかありません。

「でも、少なくとも、絶望したり暗く考えてはダメでしょうね。暗い想像はイマジネーションを歪めますからね。まずは、ワクワクするってことじゃないですか」

ちっともワクワクしていない顔つきで、彼はそう言いました。

私はかすかに笑いながら、小さくつぶやいてました。

「武士は食わねど高楊枝……ですかね」
「それって、天空さんが前に言ってた?」
「ポジティブにってことですね」
「うーん」

少しだけ間を置いて、彼はまじめな声で言ったのです。

「だったら、こっちですね……備えあれば憂いなし。つぎの20年に備えましょう」


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