【フリフリ人生相談】第398話「このまま負け組で終わるのは悲しい」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「このまま負け組で終わるのは悲しい」です。 答えるのは、人生相談のプロ! 角田天空です。
若い人みんなの悩み?
今回のお悩みは「勝ち組・負け組」問題です。
まずは、お悩みの内容を紹介します。
「20代の会社員です。
最近、〈勝ち組〉とか〈負け組〉とかよく耳にします。
自分は都内の中小企業で働いていて、このまま仕事を続けても、よくて主任クラスが精一杯だろうと思っています。
自分で冷静に判断すると〈負け組〉に違いありません。
でも、このまま〈負け組〉で終わるのは悲しいです。
どうしたらいいんでしょうか」
天空によると、この手の悩みが最近、実に多いのだとか。
「というか、若い人はみんなこういうことを言うね。自分は負け組ですとか、友だちに勝ち組のやつがいて、とか。自己紹介のひとつみたいに、どこそこの出身ですって感じで、ぼくはいわゆる負け組で……みたいなさ」
笑うでもなく言う天空に、私はうなずくしかありません。
「なるほど。若者共通の人生のジャンルわけなのかな。みんなが口にするってことは、勝ちとか負けが定着しちゃってるってこと?」
「そうかもしれない。日本も本格的な格差社会ってことだろうね。親ガチャなんて言葉も流行って、豊かな者と待たざる者が固定しちゃってるってことなんだろうなぁ」
勝ち組とか負け組なんて言葉がない時代を生きてきたオジサンふたりにとっては「最近の若いモンは」的な雑談にしかなりません。人類がはじめて月に降り立って、大阪で万国博覧会が開催され、高度成長期だのバブルだのという「イケイケドンドン」な時代に青春してきたわけですから「負け組ってなに?」みたいな気持ちにもなるわけです。
「でもさ、自虐的に自分は負け組ですって笑えてるうちはいいんだけど、本気でドツボな精神状態になってくると、この〈負け組〉って言葉は、そこから抜け出せない闇の象徴みたいにイメージされるから、けっこう根が深いし、危険な感じもあるんだよ」
コスモスエネルギーとかなんとか、あやしいパワーで人を癒すみたいなペテンを生業にしている天空なので、昨今の世間の精神状態には、ある意味、詳しいのかもしれません。
「そのうちなんとかなるさ、みたいなざっくりとした言葉が響かないんだよね。抜け出せない暗いところでずっとこのまま、みたいな気持ちになっちゃう。世のなか全体がそうなってるんだよ」
救いはないのか?
経済的かつ社会的な格差が広がり、貧しいものは最初から最後まで貧しい……そんな国に日本はなってしまった、ってことかもしれません。悲しいけれど、それが現実。そこを覚悟して、つぎの道を考えざるを得ない……。
そういう私の顔つきを見て、天空はぼんやりと笑いました。
「この手の話題になると、みんな、そういう顔になっちゃうんだよな。老いも若きも、男も女もさ。これから先の人生を考えると、ちっとも明るい気持ちにならない……そういう顔にならないでヘラヘラしてられるのが勝ち組ってことかもしれないんだけどさ」
「……それじゃ、あまりに悲しいなぁ」
「そうなんだよ。でもさ……勝ち組ってなんだって話もあるわけだよね。勝ち負けを言うならさ、スポーツの世界がわかりやすくてさ、金メダルとか……メダルを獲ったら勝ち組なのかって」
「そりゃ、金メダルは勝ち組でしょう。勝者の証しなんだから」
「金メダル獲ったら、人生それで勝ち組なの? 金メダル獲って一生安泰なんてことはないでしょ? 高校野球だってさ、甲子園で優勝したら、それで安泰? もちろんプロになればいいってもんだけど、プロになったらなったで、いろいろとタイヘンだよ。金メダリストとかプロのスポーツ選手は、みんな勝ち組っていうと、それも違う気もする」
「まぁ確かにね。勝ちってなんだ、人生の幸福ってなんだってことだ」
「そう。哲学みたいなもんだよ。豊かさとかさ、幸福とかさ、自分はなにを求めて生きていくのか、どこで幸福を手に入れるのかって……実は、そういう話だと思うんだよ」
「金はあっても不幸ってこともあるからね」
私が大真面目に断言すると、天空はおかしそうに首をふりました。
「悲しいかな、それはないんだな。いまの時代、金があると、たいがいのものは手に入る。幸福を感じることができる環境が整うからね。それが本物かどうかはべつにして、とにかく、幸福感は金次第」
「確かに、そうだよなぁ……」
少しばかりせつない気持ちになって、私はため息をつきつつ、
「……ってことは、やっぱり、負け組は不幸じゃん?」
と、小声でつぶやいてしまいました。
人生相談と銘打ちながら「みんなで落ちこもう」ってオチは情けなさすぎます。
哲学である。だから、深く考える。
そんな私を見て、天空は微妙な笑みを浮かべたのです。
「これについてはさ、悩んでる人にかける言葉はないんだよ」
などと、きっぱりと言いきるではありませんか。
「それは、人生相談を放棄してることになりませんか」
そう言いつつ、私の声には力がありません。
「私は不幸です、どうしたらいいでしょうって悩みに、答えはないんだなぁ。散歩をしましょう、からだを動かしましょう、なんて言うのは、ある意味、心理療法的なアプローチでさ、まずは精神的に上げるための第一歩。外の空気でも吸って、気分を変えましょう、みたいなさ」
「…………」
「自分は負け組です、ずっとこのまま続くのでしょうか? なんて問いには、明るい答えはないだろ? 明快に答えることなんて無理さ。つまりは、これ、哲学なんだからさ。生きかたの問題ってことだよね。人生における負けってなに? 不幸ってなに?」
ロマンス歌謡のリーダーみたいな顔で渋い声が響きます。
「はたまた勝ちってなに? 豊かさってなに? お金があればいいの? みたいなさ……どんどん問いかけるしかないんだよ、自分自身で。歩きながら考えて、テレビを見ながら考えて、スマホをいじりながら考える……もう、それしかないと思うんだよね」
「…………」
私は頭を整理しながら、天空の顔を見つめるしかありません。
「いまの時代、勝ち組ってなに、負け組ってなに、って問うしかないし、考えてもらうしかない。考えて考えて考え抜くしかない。なにせ、これは、哲学なんだからさ。頭の体操とでも思って、あれこれと深く深く考えましょうってことだ」
「…………」
「言葉に負けちゃダメ。幻みたいな言葉なんだから、勝ち組とか負け組って。そういう言葉に押しつぶされそうになって、どうせぼくは負け組ですから、なんて逃げないで、負け組ってなんだよって、とことん問いつめるのがいいんだよ。そしたら、馬鹿馬鹿しくなってくるから。人生において大切なことは、そこじゃないってことが見えてくると思うんだよねぇ」
「…………」
「考えたあげく、もうこの国には住めないって思うかもしれない。それもいいじゃない。海外に出稼ぎに行くつもりで、日本を飛び出してさ、いろんなものを見るといいんだよ」
いい話を聞いているような気持ちになりつつ、どこか、ほんとにそうなのか、と、疑っている自分もいます。
哲学である、だから、深く考える。
天空は、そこに道を求めているってことです。
「究極はさ、この境地だと思うんだよ」
天空は、私を見て、にやりと笑いました。
「武士は食わねど、高楊枝」
ドヤ顔の天空を見つめて、私は、ぼんやりと声をあげていました。
「結局は、やせ我慢ってこと?」
「そうかも、しれない」
天空は、なぜか、豪快に笑ったのです。