【フリフリ人生相談】第397話「夫が浮気。しかも子どもまで?」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「夫が浮気している。しかも、子どもまで?」です。 答えるのは、ケ・セラ・セラな人生観の男、バンジョーです!
うらやましい?
今回のお悩みは、ちょっとばかりシビアな内容なので、それをバンジョーにぶつけるのは少しばかり不安があったわけです。が、シビアだからこそ「なるようになるさ」という人生観の持ち主に答えてもらって、少しは気分的にラクになってもらおう、なんて思いもありました。
「34歳女性です。主人が浮気しているようなんです。
前からあやしいと思っていたのですが、先日、知らない女とショッピングセンターにいるところを見てしまいました。しかも、幼い子ども連れ!
主人の子ではないと思いたいのですが、私の心は、完全に、こわれました。
別れようと思います。まずは、なにをするべきか、ご伝授ください」
まずはなにをするべきか? それはもう弁護士に相談だ、ってことくらいしかない気もしつつ、バンジョーに会いにいきました。
場所は銀座の小さなカウンターバーです。確か前回は麻布だったような記憶があるのですが、ここも同じように午後6時までは半額の店。この手の飲み屋ばかりよく知ってるものだと感心しつつ、要するに、夕方の6時前にバンジョーはしっかりと酔っ払っているってことなわけで……。
「そんなバンジョーに相談するにはちょいとシビアだとは思うんだけど……離婚を考えている女の人の悩み。さて、どうするべきかね」
と、遠慮がちに聞く私に、バンジョーはビールグラスをかたむけたあとで、大袈裟な顔つきで言ったのです。
「うらやましい」
最初なにを言ってるのかよくわかりませんでした。うらやましい? いったいなにをどう考えると、このお悩みがうらやましいわけ?
「どういうこと、それ?」
「ぼくの奥さんもそういうこと言ってくれないかなぁ、なんて……」
「そういうことって?」
「離婚したいって言いだしてくれればラクなんだけど」
つまり、バンジョーは奥さんから離婚を言いだしてほしいってことなんですね。そういうのが、うらやましい、と?
「バンジョー、よそに子どもいるの?」
「いないよ。いないけど、離婚バナシって、うらやましいっていつも思う」
私は、彼の横顔をじっくりと見つめてしまいました。
なるほど、バンジョーは根っからのイタリア人気質なので、という前提で彼の言ってることの意味を考えてみると「いつも離婚したいと思っている男である」というわけです。「もっとすてきな恋がしたい」という願望ですね。
「結婚してもなお、いつも本気の恋を求めている男」である、と……。
イタリア人らしいロマンチシズムってことですかね。
バンジョーは新橋生まれ。イタリア人じゃないですけど。
「っていうか」
私は少しばかり強い口調で、バンジョーに言いました。
「これは奥さんの悩みなんだから。旦那がうらやましいって話じゃなくて、そんな男と結婚した奥さんがつらいわけだから」
「つらいかなぁ。だって、離婚できるんだよ」
「だから、そこはバンジョーの夫婦観とは切り離してよ」
「…………」
よくわからない、というふうにバンジョーは肩をすくめました。
調べてみる必要はある
悩みと回答者のミスマッチ……と、少しばかり後悔しておりました。そういう私に、バンジョーは静かに言います。
「でも、旦那さんがほんとに浮気しているかどうか、わからないよね。子連れの女の人といたって言っても、たまたま知り合いとばったり会ったってこともある。実は仕事関係の人でした、なんてことになったら、喜劇だよね」
「まぁ、それはそうだよね。ちゃんと調べる必要はある」
「浮気だ離婚だって言っといて、調べてみたらなにもない。潔白なのに三行半、なんてことになったら、ますます旦那さんがうらやましいって話になっちゃう」
「いや、だから、そっちの話は置いといて……」
確かに、真相をしっかりと突きとめておくべきかもしれません。前からあやしいと思っているなら、そのあたりの細かい情報、たとえば相手とのメールやらSNSやらのやりとりとか、証拠を揃えて、しかるべき人に相談っていうのが真っ当な筋道ではないでしょうか。
探偵にお願いするかどうかをふくめて、弁護士に相談すれば、いろいろと方法を提供してくれそうな気がします。
「ってことは、バンジョーに相談してる場合じゃなくて、とっとと弁護士なりのところに行ったほうがいいってことだね」
「そうだね」
と、呑気にビールをグビリとやるバンジョーです。
なんだかちっとも人生相談になってないなぁと思いつつ、私も昼間のビールにほんのりとした気持ちになってきました。
「事実関係はよくわからないけどさ……」
と、ほろ酔い気分のまま、思いついたことを口にしてみます。
「ずっと浮気を疑ってて、たまたまショッピングセンターで仲よく子連れで買いものしてるファミリーがいて、よく見ると、そのパパは自分の旦那だった……なんていうのは、やっぱりショックだろうなぁ。そりゃあ、私の心は完全にこわれましたって言いたくなる」
「そっちのほうが問題かもしれないね」
「そっちのほう?」
「旦那さんを疑い続けて、あれこれ妄想が強くなって、心がこわれちゃう」
「確かに」
とにかく、事実関係をはっかりさせる。これが最初の一歩です。
なんでも言い合える夫婦なら
「この夫婦って……日ごろから、いろいろとくだらないこともふくめて、あまりコミュニケーションがないんだろうね」
そう言ったのは私です。
バンジョーはなにも言いません。
大切なのはコミュニケーションだと思うのです。前からあやしいと思っていたなら、その時点でしっかりと話し合うべきなのです。今回のことにしても「子連れの女の人といたよね?」と聞いてみればいい。旦那が笑いながらほんとの話をするにしろ、オロオロとうろたえるにしろ、そういうことの積み重ねにしか夫婦に正解はありません。
「どんなことでも言い合える夫婦なら、こういうことにはならなかったんだよね」
私がさらにそう言うと、バンジョーは小さく笑っています。
「とはいえ、世のなか、多くの夫婦はなかなかそういうわけにもいかなくてさ。奥さんから、これはなに? なんて問いつめられたら、ぼくなら、しばらく家に帰らないよ」
「バンジョーはね」
そう言いながら、私は笑うしかありません。奥さんにきつく問いつめられたりしたら、たぶん、バンジョーならしばらく家に寄りつかないでしょう。そもそも猫みたいな性格だし、生活態度なのです。夜の街のどこかの酒場で朝まで酔っぱらい、そのまま、またどこかに出かけていくに違いありません。
でも……。
と、私は思っていました。そういうバンジョーには、それなりのちょっぴり怖くてしっかり放任主義の奥さんがいて、うまいことコントロールされているわけです。
「いろいろと、それぞれの夫婦のかたちってものがある」
と、わかったような顔で言ってみる私です。すっかり酔っ払ってしまったのかもしれません。
「逆にだよ……」
バンジョーはビールの泡を揺らすようにグラスを持ったまま、私の顔を見ました。
「ほんとのところ、その奥さんが思っているとおりで、浮気も浮気、しっかり子どもまでいてさ、休日にはショッピングセンターで仲睦まじく買いものしてたってことになったら、これはこれで……」
と、そこで言葉を切って、バンジョーはにやりと笑います。
「やっぱり、うらやましいなぁ」
イタリア人は、そうやって、恋多き男に賛辞を送るわけです。実際は、ママンと奥さんには頭があがらないってことはあるにせよ……。