【フリフリ人生相談】第394話「お金持ちの友だちがケチ」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「金持ちの友だちがケチでギャラを払ってくれない」。 答えるのは、埼玉の実業家、高橋純一です。!
金持ちの友人のYouTubeをつくった
今回の相談内容は、こんな感じです。
大金持ちの友人がいて、彼に依頼されてYouTube動画をつくってあげた。ところが、友人がギャラを払おうとしない。
うむむ。動画のクオリティがよほど低かったってことでしょうか。それならそうと、はっきり言ってもらいたいものですが、友だちだけにモメたくはないってことかな?
というようなお悩みを、今回は高橋純一にぶつけることにしました。なんつったって、高橋純一自身が「大金持ち」ですから。今回の質問に回答するには、まさにうってつけの人物です。
前回と同じ大宮駅近くのビルの一室です。私はひそかに「取調室」と呼んでいます。2メートル四方の空間で、Mr.オクレそっくりの男と向きあうわけです。かなりの苦行ですが、この男と結婚して幸福そうな由佳理のことを思いうかべて「きっと、こいつにもいいところがあるに違いない」なんて自分に言い聞かせ、なんとか心の平静を保つ私です。
「詳しい内容を教えてくださいよ」
ざっくりとした私の説明を聞いたあとで、高橋純一は不思議な笑顔を浮かべながら、私をうながしました。
「ああ、はいはい、じゃあ、読みますね」
と、スマホの画面を眺めつつ、今回のお悩み内容を読みあげます。
—-30代の男です。私には、ものすごくお金持ちの友人がいます。高校の同級生です。先日、彼からちょっとした仕事の依頼がきました。YouTubeで彼の動画を撮ってアップして……みたいなことです。私はネット関係のエンジニアということもあり、得意分野です。それに、彼から「きみの才能に頼りたい」みたいな感じでお願いされて上機嫌で引き受けました。数か月後、「ところで、私のギャラはどうなってるの?」と聞いてみました。すると、その金持ちの友人は「どうしてギャラが必要なの? 友人として頼んだのに。支払いが発生すると雇用関係みたいになって、ウィンウィンじゃなくなるよ」と言うではないですか。愕然とした私は、彼の秘書みたいな人にメールしました。すると「確かに作業料金などは払うべきだと私も思いますが、いかんせん、彼は『支払い』という言葉がきらいなのです」という返事がきました。どうなってるのでしょうか? ギャラを請求したいのですが、私は間違ってますか?
「ほほおーそうきましたか」
私が相談を読みあげると、高橋純一はなぜかおかしそうに笑ったのです。
「おかしいですか?」
「そういうこと、よくあるんです」
「友だちだから仕事だと理解してくれない、ってことですかね」
「いや、そういうことではなくて……」
と、高橋純一は、私を見つめながら腕を組み、にやりと笑いました。
「金持ちには、2種類あります」
金持ちには、2種類ある
挑発するような高橋純一の笑いに、私の頭は一気にフル回転、というようにはいかず、あまり言葉が浮かんできません。
「いい金持ちと悪い金持ち、とか?」
などと、思いつくままに口にしてしまいました。
「いやいや」
と、おかしそうに首を振り、高橋純一はさらりと言ったのです。
「金持ちになった人間と、生まれたときからの金持ち、ですね」
「ははん」
うなずいてみたものの、いまいちわかりにくいので、
「自分で稼いで金持ちになった人と、根っからのお坊ちゃまは違うってことですかね?」
なんて確認してみました。
「そうですね。自分の才覚で金持ちになった人は、たとえば、きょう100万円を使っても明日には200万にしてみせる、1週間後には1000万って考えます。お金を使って増やしていく感覚ですね。でも、生まれたときからの金持ちは、100万円使うと100万円がなくなるとしか考えない」
「つまり、ケチってことだ」
「そういうことですね」
「ということは、今回相談してきた友だちは、生まれつきの金持ちでケチってことですかね」
「裕福な家に生まれて育ったんですね。でも、金持ちの道楽息子ではなくて、すごくまじめな性格だと思いますよ。無駄遣いはぜったいしないんだから」
「ケチなんだ」
「支払いって言葉がきらい……いますよ、私にも、そういう知り合い。わりと多いかな、お金持ちでそういうのは」
「ケチね。金持ちゆえのケチ」
何度もケチケチと言う私に鼻を鳴らして、高橋純一は右をひらひらと振り、なだめるような微笑を浮かべます。
「でも、それは正しいんです。小金持ちじゃなくて、大金持ちに多いですね。超のつく金持ちですよ。代々伝わる蔵にあるお金は使わなければ減ることはないんです。そういう人は贅沢もしないし、ほんとに質素に生きてたりします。ケチとか道楽とか、そういう次元で人生を考えないというか……」
「ふん」
と、なんだか馬鹿馬鹿しくなって、私は肩をすくめました。どうせ私はチョー庶民のチョー一般人ですよ、贅沢とか道楽とか、そんなことしか考えない人生ですよ。
ほんとに友人なのか?
私は軽く憤慨したまま、目の前のメガネ男に大きな声を出していました。
「善意ってこともないけど、友だちだからYouTubeをつくってあげて、ノーギャラっていうのは仕方ないってことですか。そういうお金持ち相手だと」
「というか……」
高橋純一はふと困ったような顔をしました。
「きみの才能に頼りたいと言ってしまう友人は、正直なんだと思うんですよ。ほんとにそう思ってるんです。才能を買ってるから、ぜひ、やってほしいって言うわけです」
「でも、支払いって言葉はきらいなわけでしょ? 才能を買うなら、やっぱり、お金を払わないと」
「確かに。だから、秘書みたいな人に連絡できるなら、その人に請求書を送ればいいと思いますけどね。それがいちばんの解決策かな」
「あ、それは大丈夫ですか。請求書を送れば払ってもらえる?」
「いきなり送りつけるのはよくないけど、事前に、正式な仕事として受けたとしたら通常これくらいの請求になる、みたいな話をして、金額を決めればいいと思います。秘書の人も、作業料金は払うべきだと思いますって言ってるわけですから、その人がうまく処理してくれます」
「なんだ、それで万事解決じゃないですか。なんの心配もない」
あまりにシンプルな解決策に、ちょっとばかり驚きつつ、金持ちの心理ってそういうものなのかな、と、少しばかり遠いものを見るような気持ちになったのでした。
「でも、その友人とは、もう友だちではなくなるかもしれないですね」
高橋純一は困ったような顔のまま、それでもしっかりとした声で言ったのです。
「そういうものですかね」
「そうですね。支払いが発生すると雇用関係みたいになってウィンウィンじゃなくなるっていうのも、彼のホンネなんでしょう。才能を買ってるのもホンネ。その才能はお金では買えない貴重なものだって、本気で思ってるんだと思いますよ。だから、お金の話にならない」
「うーむ、そうきましたか。渋いところを突いてきますね」
「こういう言いかたは違うかもしれませんけど、相談者さんも、お金持ちだからその同級生と仲よくしてるってことがあるんじゃないでしょうか。金持ちだから近づいてるってことはないですかね。だから、つまり、ほんとの友だちじゃないかもしれない……」
「…………」
私は髙橋純一を見つめて、なんて答えていいのか、よくわからなくなっていました。埼玉県内で多数の会社を所有する、超のつく大金持ち。ケッ、お前なんて金持ってるってだけで由佳理と結婚できたんじゃないかッ、と、いつも心のなかで叫んでいるのですが、そうもいかない気持ちになってきました。
「高橋さんも、あれじゃないですか」
と、それでも言葉を探してしまう私です。
「なんです?」
覚悟を決めたような顔つきで、彼は私を見つめます。
「金持ちに2種類あるとすれば、高橋さんも、生まれたときからの大金持ちでしょ? つまり、ケチだ……」
笑ってくれればいいなぁと、私はぼんやりと思ってました。
「私の場合は……」
メガネの奥で、小さな目が笑いました。
「生まれたときから金持ちですけど、道楽息子ですね。小学生のころから株とか投資とか、そっち方面に興味がありました。っていうか、そっちにしか興味がなかったです」
「そうなんですか?」
「ええ、中学のときに2000万くらい損して、父親にえらく怒られました」
「まじ?」
「でも、1年後には1億の利益を出してドヤ顔……そんなことばっかり……ほんと道楽息子です」
知らなかった。
人生相談より、そっちのほうがおもしろいじゃないか、と、高橋純一の顔を眺めつつ、これまでにない親近感を感じてしまったのでした。