【フリフリ人生相談】第393話「社会人3年めのストレスで辞める?」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「新しい仕事や人間関係にストレスを感じて、これって限界?」。 答えるのは、われらがセクシーレディ、恵子です。!
入社3年めのストレス
「社会人3年めです。少しずつ仕事に慣れてきて、新しい取引先や新しい仕事を知る機会も増えてきました。そのたびに『きらわれないかな』『うまくいくかな』と不安になり、最近では、少しずつ自分でも自覚できるくらいのストレスを感じるようなっています。どうやら私は新しい人間関係とか環境が苦手なようです。もしかすると、この仕事に向いてないんじゃないか、転職を考えたほうがいいんじゃないか、なんて思っています。どうしたらいいですか?」
仕事をはじめて3年めってことは、一般的には会社にも慣れて「よし、がんばるぞ」って張り切っているものですが、このお悩みさんの場合は、慣れるどころかストレスを感じるようなってきたわけですね。ましてや転職を考えている?
悩みは深そうです。
そういえば少し前に30代の転職相談なんていうのもありました。こういう仕事関係のお悩みは高橋純一あたりが得意ジャンルなので、彼に会うためのアポ取りでもするか、と思っていた矢先に、まったく別件で恵子に会うことになりました。浜松町界隈のカフェで待ち合わせです。
「そうそう、ちょうどいいや。フリフリの新しい相談ごとなんだけどさ、高橋純一に答えてもらおうって思ってたんだけど、手っ取り早く、恵子に答えてもらおうかなぁ」
と、お願いしてみました。
「松尾さん、ほんとに相変わらずね」
「は?」
「ちょうどいいとか、手っ取り早くって、どうしてそういう言いかたするわけ? 私は朝出かけるときのゴミ出しなの、ねぇ? ついでにゴミ出ししといて、みたいな……」
「いや、べつにそういうわけじゃあ」
と、頭をかきつつ、そうだよなぁ、思ったことを思ったまま口にするのはいけないなぁ、と、ちょっぴり反省したのでした。
「相談してくれた人にも失礼でしょうよ。答えるのは誰でもいいみたいなさぁ。ほんと、そういうところ、よくないわぁ」
吐き捨てるように大声を出す恵子です。ほんとに彼女の声は大きいので、カフェ店内の周囲をそっと見まわしてしまいます。
「いや、誰でもいいってわけじゃないんだよ。恵子は子育てから仕事から恋愛から、ぼくのなかでは、得意ジャンルが多そうな気がしてて、まぁ重宝っていうか、オールマイティ……」
「だから、どうして、人を万能ブラシみたいに言うのよ」
万能ブラシという表現に一瞬、家事に汗かきながら文句言ってる恵子を想像して笑いかけたのですが、そこはぐっとこらえて、なにも言わずにおきました。このまま思ったままを口にしていると、夕方くらいまで小言の嵐に見舞われそうです。
「この相談者は男か女かわからないんだけどさ、恵子はどう思う? 入社3年め、仕事になれてきたはずが、逆にストレス感じるって。転職まで考えているみたいなんだけど……」
恵子は、私に向かって、両方の手のひらを上に向けて、まるで外国人みたいに肩をすくめたのでした。
「なにそれ、バッカみたい」
ちょっと前なら、怒鳴られた案件
「って、昔なら言われちゃったんだろうって思う」
と、恵子は言いました。
「どういう意味?」
「だっからさ、入社3年めで仕事に慣れたころにストレス感じてます、新しい人間関係とか環境が苦手です、なんて言おうものならってことよ」
「ああ、先輩たちに、馬鹿かお前、と。仕事ってそんなもんだ、みたいな。文句言ってないで働け、みたいな」
「そんなところで泣いてないで、取引先をまわってこい、とかね」
「そりゃまあ、そうなんだろうね」
「でも、そういうのは、昔の話よ。いまは若い子を大切にするっていうか、怒鳴りつけたり叱りつけたりしたら、こっちがパワハラってことになっちゃうし。そもそも、若い人たちに耐性がないっていうか」
「甘やかされてるってこと?」
「いや、そういう言いかたすると、なんにも解決しないじゃない? と、中学生と小学生の子どもがいる私なんかは思っちゃうわけよね。甘やかしてるつもりもないし」
「ふーん」
私は少しばかり遠い目で恵子を見つめてしまいました。子どもの教育については、ほんとに複雑でややこしい時代になったような気がします。学校任せってわけにもいかず、だからといって親が全面的にリードするわけにもいかず、子どもの選択肢も増え、そしてなにより、社会全体に明るい未来がなさそうにも見える。
入社3年めで転職を考えてしまう若い人たちに、なにか指針を示そうにも、それが正しいのかどうなのか、本人だって親だって、たぶん誰ひとり正確なところはわからないに違いない。
「むずかしい時代ってことかね」
「とはいえ、その入社3年めの人には、なにか具体的なことを言ってあげたいじゃない? そうなると……たぶん、いまなら、仕事には適性があるから、そこを改めて見つめてみたら、みたいなことなのかなぁ。ほかにも部署はあるだろうから、ストレスをひとりで抱えこまずに、上司とか先輩とかにちゃんと伝えて、みたいな」
「はは、ワンチーム、みたいなね」
私は前回の「子どものいじめ問題」で天空が言っていた解決策を思い浮かべながら笑ってしまったのでした。
「なに、それ」
と、恵子は当然、首をかしげます。
「いや、ワンチームというか、職場全体の問題として、みんなでしっかり解決しようってことでしょ?」
「たぶん、いまはそういうのがトレンドって気がする」
「トレンド、ねえ……」
私は、どうにも納得できないような気もして、腕を組んでしまいました。
入社3年めで仕事になれてきたころに感じるストレス……それが適正の問題かもしれないと上司に相談して、ほかの職種のほうが向いているのではないか、なんてことになったら、その後ずっと、誰かに頼り続けないと生きていけないってことになりはしないのか? 転職するのはいいけど、そこでまた同じ悩みを抱えはしないのか?
私のそういう表情を眺めて、なにかを察したのか、恵子はまた少しだけ肩をすくめて、言ったのです。
「それもバッカみたい、よね」
みんな同じ、とも言える
「仕事なんてものはさ、というか、世のなか、誰だってみんな同じっていうか、新しい取引先とか人間関係とか環境とか、そういうことに直面してストレス感じないっていうほうが、おかしいわけよね」
「ま、まあね」
「でしょ? 小説家が新作に挑むとき、芸人さんが舞台に立つとき、ミュージシャンが湧いてる観客の前に出るとき……なんてカッコいい話だけじゃなくて、ふつうに、営業マンが新しいお客さんに会うときだって、意外に緊張してるものよ。どんなベテランでもね……どっちかというと、ベテランで腕がいいほど実は緊張してたり……」
「そういうこと、あるかもね」
「でしょ? 日経トレンディの記事にありそうじゃない? 日本一売り上げた営業マンの本音、みたいなさ。いつもまっさらな気持ちで客に向かう、とかさ。緊張の連続こそが私の源泉、みたいなさ、そういうの、ありそうじゃない!」
自分の思いつきに酔ったように、またまた大声になる恵子です。
「はは、わかるわかる」
と、私は、そっと両手であおぐようにして、恵子を鎮めるのでした。
「っていうか……入社3年めでストレスを感じるってことはさ、ようやく、自分の仕事がわかってきたってことじゃないのかなぁ」
恵子は、なにやら憑きものが落ちたような顔で、静かに言ったのでした。
「わけがわからないうちは緊張もしないのよ。先輩とかに助けてもらいながら、手順とかを覚えるわけだから。でも、3年めくらいになると、ようやく、仕事らしい仕事を任せてもらうわけで……それで緊張しないのは、逆にヘン! 仕事ってそういうものだ、くらいの感じでいいんじゃない?」
「だそうです……」
と、私はまるで、カフェの奥のほうからカメラが見つめているように、そちらに向かって、小さな声で言ったのでした。
「とにかくさぁ」
遠い目の私を威嚇するように、恵子の大声が響きます。
「辞めることはないわよ、ぜったい」
「そ、そうなの?」
「そうでしょうよ。ここで辞めたら、またつぎの職場で3年後に辞めたくなるのよ。そうじゃなくて、仕事して3年めってこんな感じって思わなきゃ。ようやく一人前の気持ちがわかるってことよ」
「…………」
「そうよ、緊張してこそ一人前! わかった?」
と、怒鳴るように言うので、私は思わず「はい、そうですね」と頭をさげるしかないのでした。