【フリフリ人生相談】第392話「息子が学校でいじめられている」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。 人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。 さて、今回のお悩みは? 「息子が学校でいじめられている」。 答えるのは、われらがペテン師、天空です!
息子がいじめられている
天空、バンジョー、恵子、山田一郎、由佳理、高橋純一と、『フリフリ人生相談』の登場人物たちにひとりひとり答えてもらう「シーズン5」ですが、6人のメンバーもようやく一巡しました。
これからは、相談内容に合わせて、順不同で入れ替わり立ちかわり回答してもらおうと思っています。
とはいえ、私の予感というか感触では、天空がいちばん登場回数が多そうなんですよね。「コスモスエネルギー研究所」という怪しい看板をあげて、実際に悩み相談みたいなことをプロとしてやっているので、扱うジャンルも幅広いわけで……って、そんなペテン師みたいな人間に頼っていいのか、というのはいまでも疑問ですが、まぁ、そのあたりは笑って許してもらえれば(苦笑)。
というわけで、今回相談に行ったのは、天空のところです。事務所はJR山手線の恵比寿駅から比較的近い場所にあります。
「恵子とか由佳理はまさに小中学生の親なので、いいかもって思ったんですけどね。でも、ちょっとリアルすぎるかなぁって気もして……」
などと、天空のところにやってきた言いわけを、まず、本人にぶつけてしまいました。今回の相談は「小学校の子どものいじめ問題」です。そういう年齢の子どもがいる親としては、ひとごとではなさすぎて、回答者としてはふさわしくない気もしたのです。
「子どもの話?」
と、天空は笑うでも首をかしげるでもなく、ごくふつうの顔で私を見ます。黒々とした髪をオールバックにして艶々させています。昔ならポマードを使うところでしょうが、いまはきっと、もっとべつのヘアケア用品を使っているのでしょう。ポマードですか? なんて言ったら鼻で笑われるに決まっているので、ずっとなにも聞かずにいるせいで、いまでも天空の髪についてはナゾのままです。
「そうなんです。小学4年の子どもを持つ父親からのお悩みです」
と、私はメールを表示したスマホを見つめながら言いました。
「どうやら息子が学校でいじめにあってるらしい、と、カミさんから相談されました。いまのところ、まだ大きな問題にはなっていないようですが、クラスの何人かからハブられる、みたいなことがあるようです。エスカレートすると心配だ、と、カミさんは言います」
と、そこまで読んで、私は天空を見ました。彼はまったく無表情に、私の手もとを見ているだけです。
「父親として、どう対応していいのか、息子が相談してくるまで知らん顔をしていればいいのか、父親が介入すると話がややこしくなるのではないのか、などと、少しばかり悩んでいます。大きな問題になる前に解決したい気もするのですが、どうしたらいいでしょうか」
どうですか? というふうに天空を見つめると、彼はほんの少し鼻先をゆがめたあとで、立ち上がりました。部屋の奥のキッチンまで歩くと、すぐに手にビール缶を持って戻ってきました。
「いきなりビールですか?」
ちょっと非難めいた私の声に、天空は無表情で私の前にもビール缶を置いて、自分は椅子に腰をおろすと、すぐにプルリングを引いて、グビリと飲んでしまいます。
「そういう話、ほんとに多いんだよ。ずっと前からだけど」
話すことがたくさんありそうな口ぶりで、天空はまだビール缶を傾けると、ため息をつくように私を見つめました。
まずは父親としての心構え
「その話も、具体的にさっぱりわからないよね。どんな学校で、どんなクラスで、どういう生徒がいて……それよりなにより、息子がどんな性格で、どんな友だちがいるのか、などなど、なにもわからない。父親としては、まず、子どもがいじめにあってるワーって感じで相談してくるわけだよ。母親の場合は、それでも、もう少し具体的なところから話がはじまる場合が多いんだな。うちの子はこんなで、こういう性格で、なになにちゃんにこんなこと言われて、みたいなさ……」
「そういうものですか」
「そういう傾向っていうか……きっと、父親は、なんだかんだ言って、子どもの学校生活とは離れたところで生きてるんだよ、ふだんは。まぁそれはそれで仕方ない……っていうか、そういうものなんだろうな」
まさに悩み相談のプロという感じの落ち着いた表情です。きっと、もっともっと複雑な大問題だって相談されたことがあるに違いありません。そういう意味では、恵子とか由佳理たち母親サイドではなく、天空のところに来てよかったと思う私です。
「子どもがいじめられたって聞くと、すぐにいじめたヤツのところに行ってブン殴るとかさ、そういう父親もけっこういるしね。相手の家に怒鳴りこんで大暴れしてくる、とかさ」
「そういうこともありそうですね」
「学校に怒鳴りこむとか、担任を待ち伏せするとか……いじめられたって話が、実は、ぜんぜん逆で、みたいな話もあるよ。すぐに弁護士がって親もいるし……いろいろだよ、ほんと」
少しばかり遠い目をして、天空は苦笑しました。
ほんとに、いろいろ、なのでしょう。それぞれの事情、環境、人間関係、担任教員の性格や学校の体質、みたいなものも大きく関係する気がします。
「いちばんマズイのは、子どもが追いこまれて死んじゃいそうってところまで、周囲が気づけないことな。これはもう、親の後悔もハンパなくなっちゃうから、今回の相談は、早めの話で逆によかったって気もする」
「そ、それは、そうです」
「なので、具体的な話はまったくわからないけど、こういう問題に対する、そもそもの親の心構えってところを、しっかりと言っておきたい」
天空は、また、グビリとビールを飲みました。きっと、最初から言いたいことがあって、舌をなめらかにするためにビールを手にしたのかもしれません。
チームであることの宣言
「とにかく、子どもがいじめられてるらしい、と。でも、子どもには子どもの事情があるから、親には知られたくないってこともある。このあたりは、ほんと、それぞれの家庭、それぞれのクラス、子どもの性格、親との関係、いろいろあって複雑。でも、親としてやるべきことは……ひとつなんだよ」
私は、思わず苦笑しながら天空を見ました。
「やるべきことは……ひとつなんだよ」
なんて言いきるところが、実にペテン師です。と、思ったのですが、もちろん、なにも言いません。
「自分たちは家族である、と。自分たちはひとつのチームだってことを、まずはしっかりと子どもに伝える。これが、すごく大切なんだ。
そんなことは当たり前だ、とか、子どもは最初からわかってるはずだ、なんて思っちゃダメ。あえて、しっかりと口に出して宣言する。
自分たちはチームである、すべての解決策を、このチームで考えていこうって、ちゃんと言う。おれは父親だ、お前を守る、みたいなクサくて感情的なセリフはダメ。そうじゃなくて、チームで解決していくって姿勢を家族で共有する……ここがポイント」
「チームですか……」
「それを宣言したうえで、母親が聞いてきた噂とか、それについて父親が思うことを、できるだけ冷静に話し合う。そうだな……たとえて言えば、会社の会議みたいな感じで。こういう問題が発生した、じゃあ、こういう解決策があるんじゃないか、これがいい、これは無駄、じゃあ、こういう戦略でいこう、みたいな」
わかったようなわからないような……私はそんな顔つきになっていたかもしれません。そんな私を見ながら、またビールをひとくち飲んで、天空は明るい声で言いました。
「そういう場だったら、いじめたやつをブン殴りに行くって父親が言いだしても、いいんだよ。あくまでチームの作戦会議だから。とにかく、できるだけ活発に、チームの作戦会議をやる。最初はぎこちないかもしれないけど、何日か続けると、そのうち息子があれこれとクラスの事情を話しはじめる。そうなったら、チームはうまくまわりはじめたってこと。いじめがエスカレートしても、息子は冷静でいられるし、強くいられる。なにせ、家に帰ればワンチームだから」
ワンチーム……なつかしいと思いながら、私は笑ってしまいました。
家に帰れば、積水ハウス。
帰れば、金麦。
などなど、いくつかのCMコピーが頭に浮かびます。
「家に帰れば、ワンチーム。いいコピーですね」
と、思わず言ってしまいました。
家に帰れば、ワンチーム
「ほんとに、会社のミーティングを思い浮かべればいいと思うんだ。クラスの交友関係とか上下関係とか、子どもたちはなかなか口にしにくい。とくに親には、っていうか、親っていうのが逆に重くなっちゃうっていうかさ。だから、これはゲームを攻略するためのミーティングだ、みたいな感覚になって、気楽に意見を出し合える雰囲気をつくれると、いいんだ」
「会社の会議ねぇ」
会議にもいろいろあるし、と、私は思ったのでした。つまらない会議っていうのも、世のなか、いっぱいありそうです。
「重役会議に出るっていうと、気が重いだろ」
「そりゃまあ、そうでしょうね」
「そうじゃなくて、仲間とのミーティングだよ。ささやかな案件をテーブルに載せて、ひとつひとつつぶしていく、みたいなさ」
「子どもが、そういうふうに話してくれるのかな」
「そこは父親の仕切り次第だろ。いきなり重い話をさせることはないんだよ。
となりの席には誰が座っていて、どんなものが好きで、どんな性格で、みたいなところから入って、周辺の関係図が見えてくれば話も広がるしさ……会社の会議でも、いきなり新製品を売りこむ、なんてことはないわけでさ。まずは情報収集と分析だろ。あそこの受付の子はBTSが好きだってところから、はじまることもあるじゃん」
「BTS……」
唐突に出たきたアルファベットに戸惑う私です。ああ、韓国のグループね、と、気づいたときには、天空は立ち上がり背中を向けています。もう1本、ビールを持ってくるようです。
私は、ようやく、最初のビール缶を手にしてプルリングを引っぱりました。
同じようにプルリングを引きながら戻ってきた天空に、私は、少しだけ首をかしげながら言ってみました。
「それで、いじめ問題は解決しますかね」
「さあね」
と、天空はあっさりと言います。
「解決するかしないかは、クラスの問題かもね。でも、家族はワンチームって思えれば、いじめだけじゃなくて、いろんな場面で、子どもは強くいられると思うんだよ。これから先、恋愛とか部活とか、いろいろ大変なことはいっぱいあるからさ。受験のこととか……でも、親とかって感覚じゃなくて、相談できる相手がいるっていうのは、すごく助かるはずさ」
「なるほど」
そういう家族になれれば、確かに、いいかもしれません。
なにを言ってもいい。あくまでもゲームの戦略ミーティング。よしおれがブン殴りに行ってやる、と、父親が言えば、それだけはやめてと母が涙ぐむ。先生はなにもしてくれないの? と、母親が不安がれば、頼りにならないんだよ、と、息子はつぶやく。なにも解決策は見つからないかもしれない。けど、それでもいいんだと天空は言うわけです。
あれこれと話を聞いてくれる仲間がいるっていうのは、確かに、悪くない。
子どもだけではなく、父親にとってもすてきなことかもしれません。ほんとは、会社の愚痴だって、息子に話せば気持ちがラクになるかもしれないのです。そんな父親になら、息子は寄り添える実感を得るはず……。
「家に帰れば、ワンチーム」
と、つぶやきながら、私は、ビールをグビリと飲んだのでした。