【フリフリ人生相談】第389話「誰かを尊敬したいけど、どうすればいいですか?」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談を続けてきた「フリフリ人生相談」もいよいよシーズン5。 人生の達人じゃない彼らの答えを聞いていると、こちらがどこか達人になった気がするから、あら不思議。きっと人生の悩みごとって、そういうものかもしれません。馬鹿馬鹿しい意見を聞いていると、未来がちょっぴり明るく思えてくる。そんな気持ちで、さて、今回のお悩みは? 「誰かを尊敬したいけど、どうすればいいですか?」 って、そんな問題に答えられるか、そこが問題!
実は主役の山田一郎、相変わらずの犬っぽさ
「フリフリ人生相談」シーズン5がはじまって4人め、今回は山田一郎の登場です。
実は彼こそが「フリフリ人生相談」の主役なのですね。
もともとは、山田一郎のあまりのダメダメぶりに呆れた私が、読者のみなさまに「こいつ、どうしたらいいと思います?」
と、フリフリしてしまったのが発端です。
それから月日は流れ、いつの間にか山田一郎にも部下ができ、「フリフリ人生相談」のお悩みにも答えつつ、りっぱに成長した、と思いきや、そんなわけはないのでありますね。
相変わらずのダメっぷり……というか、変人ぶり。
天空もバンジョーも間違いなく変人なんですが、山田一郎の場合、一見ふつうのことを言ってる風で、実はとんでもない「?」な話の連続で、かつて私は山田一郎のことを「犬の姿をした宇宙人」と評したのですが、いまでもその印象は変わりません。
そんな山田一郎に「お悩み」をぶつけることにしたわけですが、さてさて、どうなることやら、ですね。
「ってことでさ、33歳の男性からのメールね」
「緊張しますね」
と、なぜかうれしそうに言う山田一郎です。
尻尾をゆるく振りながらハヒハヒ言ってる犬そのものです。
「なんで緊張するのさ」
「だって、ひとりずつ登場するんでしょ? ってことは、今回は、ぼくが主役ってことじゃないですか」
「まあね」
「緊張しますね」
「はいはい。じゃあ、読むよ。
ぼくは人を尊敬したことがありません。尊敬できる人に会ったことがないのです。それをさびしいと思っています。皮肉で言ってるのではありません。誰かを尊敬できるというのは、とても素晴らしいと思うのです。どうすればいいでしょうか。
って内容なんだけど……」
「…………」
山田一郎はピタリとかたまってしまいました。
「なんだよ、いきなり固くならないでよ。 今回はきみが主役なんだろ。ピシッと答えてくれないと」 からかうように笑う私。
それを見ながら、ゆるく首をふる山田一郎です。
「いや、その……尊敬できる人がいない、どうすればいいでしょうかって……そんなの、お悩みになってないですよね」
「そう? なかなかいい質問だと思うんだよね。まず、誰かを尊敬するってどういうことか、とか、周囲にそういう人がいない時代になっちゃったかもしれない、とか、尊敬なんて概念自体が古くなったかもしれない、とか、いろいろ、深い問題をはらんでると思うんだよね」
尊敬できる人がいない、とは?
「いやいや、松尾さん」
山田一郎は少しばかり困惑顔で肩をゆすります。
「松尾さんが偉そうに考えてもダメですよ」
「は?」
「答えるのは、ぼく、なんですから」
「そうね。で、山田はなんて答えるわけ?」
「だから、尊敬できる人がいない、どうすればいいでしょうかって……そんなの、お悩みになってないですよね」
と、さっきと同じことを言うのです。
私は頭のうしろのほうを掻きながら、少しばかり苛立っていました。
「って、まさか、それが答え?」
「は?」
「そんなの悩みになってないよっていうのが、山田一郎の回答なの?」
「なに言ってるんですか、松尾さん」
と、小馬鹿にしたように鼻で笑うのです。
「それじゃ人生相談にならないですよね、バカみたい」
いやぁ、この感じ。話してて、イライラするこの感じ。まさに、これこそが山田一郎なのです!
と、怒ってるのか喜んでいるのかわからない顔で、私は目の前の犬顔の男を見つめるしかありません。
「大切なのは、尊敬するってなに? ってことですよね」
「…………」
こちらがなにか言うとイライラが募りそうなので、私は頬のあたりに力を入れて黙っています。
「たとえば、ですよ、坂本龍馬を尊敬してるって言ったって、本物の坂本龍馬なんて会ったことないわけだから、それって、幻みたいな話ですよ」
「…………」
「ぼくが松尾さんを尊敬してます、なんて言っても、そんなことはあるわけないじゃないですか。ねぇ。松尾さんを尊敬するなんて……いや、そんな」
と、私を見つめて、いきなり笑いはじめました。
「ひゃははは」
ものすごくおかしそうに、私の肩に手を伸ばしてポンポンと叩くのです。
尊敬しなくちゃダメなの?
「ああ、おかしい、バカウケ」
「…………」
「いやぁ、笑ったわぁ、ぼくが松尾さんを尊敬って」
「…………」
「今世紀最大のギャグ」
ギャハギャハと、まだ声をあげて笑っています。
やっぱりこいつに人生相談なんて無理だわ、と、私は力強く噛みしめるわけです。犬の姿をした宇宙人、なんです。ふつうの思考回路じゃないのです。話を持ちかけた私がいけなかったということなのでしょう。
「年功序列ってことでもないけど……」と、笑いを止めて、山田一郎はふいに言いました。
「敬うとか、尊ぶとか……そういうのが大切って、思いたいってことかもしれませんね」
「なに?」
「いや、だから、その人ね。 誰かを尊敬できる人間になりたいってことは、そういう気持ちを自分のなかに持ちたいってことだから、それは悪いことじゃない気もするので、まずは、宣言してみるってことかもしれないですね」
「…………」
「幻でもいいから……ね」
「なんのこと?」
「わからないんですか?」 と、ちょいと顎をあげて、私を見ます。
だから、そういう態度はやめなさい、とは言わずに、私は黙っていました。そもそも、こいつと会話をするってことが、いかに大変なのか、改めて思い知った気分です。
「坂本龍馬でも、まぁいまなら、孫正義とかホリエモンとか、早い話、幻みたいなもんじゃないですか。実際に会ってみたら、尊敬どころじゃなくて、すごくイヤなヤツってこともあるわけだし。でも、誰かを尊敬したいってことなら、ぼくは孫正義を尊敬してますって言っちゃえばいいんですよ。どうせ実物と会って話すこともないし」
「…………」
「本を読むとかして、どこかに尊敬できる部分があるわけですよね。それは相手の人格とは違うかもしれないけど、大切なのは、自分のなかにある尊敬できる部分でしょ? だから、宣言する。それで解決ですよ……ね」
わかったようなわからないような理屈ですが、山田一郎はみょうに清々しい顔つきで私を見つめます。それが回答ってことなのでしょう。
すると、彼は、ふいにくちびるをニヤリと歪めて、「ぼくも、松尾さんを尊敬してますって宣言しちゃおうかな。はは。そりゃいい。そうなんですよ、ぼく、松尾さんを尊敬してるんです!」
と、彼はからだをよじって笑いはじめました。そのうち腰を折って、バンバンと自分の膝を叩きはじめます。
私は黙って見つめるしかありません。ぐるんぐるん尻尾を振りながら、くるくるとまわり続ける犬を眺めている気分です。きっとそのうち、私も、つられて笑えるような気もして、少しばかり不思議な心持ちにもなっていたのでした。