第8回 土地の歴史をお菓子に込めて ●志ほかま(しおがま)
丹六園は、「志ほかま(しおがま)」と「長寿楽」のふたつだけを作り続けているお店です。
残念ながら取材の日は、ご主人とはお話ができませんでしたが、代わって取材に応じてくださった奥様のお話から、志ほかまの生地に混ぜている青紫蘇にまで相当な思いを込めていることが伝わってきました。
真っ白な志ほかまの、見た目にも味にもアクセントを与えている、控えめな青紫蘇の香り。お菓子の小さな一部分と思いがちですが、風味を決めるものでもあります。決まった畑で栽培しているという青紫蘇ですが、お菓子にした時に風味が際立つもの、そうでないものがあり、紫蘇であれば何でもいいという訳ではないそうです。
栽培は依頼するものの、収穫から加工までは家族総出で行っているという、自ら素材作りにも関わるのは、やはりこの紫蘇でなければ、という確信からでしょう。
しおがまというお菓子のルーツは、300年前くらいに遡るそうで、藻塩焼きによって出来た塩に、ホンダワラ(海藻)が混入している様を表したお菓子だということです。もち米は県北産で、砂糖と青紫蘇、水と少量の水飴に、もちろん塩が入ります。米粉と糖分、塩に水分をごく少量加えてまとめ、出来上がった生地を木型に詰め、押し固めて、一晩おいて志ほかまが完成します。
難しいのはやはり水分調整だそうで、混ぜる度合い、型に詰める力の入れ方、タイミングによっては、思うように出来上がらない難しさがあります。
しおがまは、塩竈以外でも作られていますし、誰に聞いても大抵知っているお菓子。しかし、水分をほとんど感じない干菓子を想像する人も少なくはないのです。
丹六園の志ほかまは密封されていませんが、日持ちの目安は2週間ほどとのことでした。お土産として人に渡す時、誰もが「取っておいてもいいお菓子」と思っている節があるので、一言つけ加えます。とにかく一度、すぐに食べて欲しいと。最初の一口を急がせます。
その理由は、米粉と砂糖などの材料に絶妙な水分を加えて成り立っていることを体感して欲しいからです。ぱきっと割れるわけではなく、手で割ると規則正しく切られた筋に沿ってギザギザと分かれていきますし、包丁を入れれば和菓子なのかどうかもわからないような、また別の雰囲気が生まれます。いずれにせよ、手に伝わる感触は干菓子ではなく、生菓子のような感覚ではないかと思うのです。
そこを知ると、しおがまに対する固定したイメージが大きく変わる訳で、同時にお菓子の奥深いところも感じることになる気がします。
日を追って水分が抜けていきますから、10日を過ぎた頃には「知っているしおがま」の食感になるわけです。
真っ白なスタンダードの志ほかまに対して、長寿楽は、くるみと黒糖の香ばしさを目で見ても感じるようなしおがまです。40年ほど前に考案されたそう。
こちらの存在が、白い紫蘇風味を引き立てるのと、それとはまた違った素朴な魅力があります。箱を開けたときの景色も大きく違い、さらにお菓子の境界線を超えているようにも見えます。
シンプルで繊細かつ大胆、何とも美しいこのしおがまは、特筆すべき和菓子のひとつです。
丹六園で使っている木型を見せていただきました。このまま飾っておきたくなるような美しさ。
この細かく彫られた模様の隅々まで、しおがまの生地を詰めて型抜きするのは容易なことではないでしょう。
くっきりと浮き出た桜の模様を、出来上がった志ほかまと見比べると思わずため息が出てしまいます。
しおがまが名物の丹六園、お菓子は2種類のしおがまのみですが、お菓子に欠かせないお茶と器を提案する店でもあります。
器の種類がとても多いので、一見器屋さんかと間違える人も多いとか。確かに、よくよく見れば尋常な品揃えではないと思ってしまいました。これは、器やお茶のことがお好きな奥様が各産地に出かけて行ったり、取り寄せたりして集めたものです。
じっくり見せていただくと、なかなかの品揃えです。なんでも、遠くからわざわざ買いにくるといいますし、その理由もよくわかるような、いろいろな産地の良い器が見られる貴重なお店でもあることに気がつきます。
江戸時代の建物を大正初めに組み変えて、地震にも耐え、今は有形文化財に指定されているという丹六園の建物ですが、廻船問屋であったという江戸の時代には店の前の大通りは海だったといいますし、昔の面影を留める貴重な存在だと思います。
●丹六園
宮城県塩竃市宮町3-12 ℡022-362-0978
【営】8:30~17:00 【休】第1・3水曜
志ほかま大1,100円、小600円
塩竈の漁港
丹六園の先は塩竈神社。しおがまを手に入れたら、今度は塩に育まれたお菓子を守っているような大きな神社にお参りして、素晴らしい景色を眺めてみてはいかがでしょうか。
塩竈には漁港があります。その中の塩竈水産物仲卸市場は観光客も行くことができるのですが、見物や買い物だけでなく、市場の味をその場で楽しめることから、年々人気が高まっているそうです。
この日は少し時間が遅かったので、場内は割合静かでしたが、朝早く行けばさぞ賑やかでしょう。特に三陸のまぐろ、特に秋から冬にかけての質のいいめばちまぐろを「三陸塩竈ひがしもの」と呼ぶそうです。説明によれば、鮮度や色つやに加えて脂ののりなどを仲買人が判断して、売り出しているとか。
市場に限らず、デパートやスーパーで魚を見る時、メインになる部位の切り身はもちろん、気になるのはカマの部分だったりします。鮮度が見えやすい気がするからですが、以前富山のお菓子を訪ねた時と同様に、ここで目にする魚のカマの鮮度の良さには驚かされます。鮮度のいい魚に出会うと、艶はもちろんのこと透明感も目安のひとつだなといつも思います。
今回は、まさに後ろ髪を引かれる思いで松島方面に出発したのですが、あれこれと買い物をしている友人家族があまりに羨ましくて、次回は朝早く行って料理をさせてもらうことにしました。三陸の冬は厳しいですが、一番寒い時期も含め季節ごとに訪れて、海の豊かさをもっと実感してみたくなりました。
●塩釜水産物仲卸市場
宮城県塩竈市新浜町1-20-74 ℡022-362-5518
http://www.nakaoroshi.or.jp
仙台朝市通り
こちらは、仙台駅から近い仙台朝市通り。塩竈の魚市場とこの朝市通りは、できる限り外したくない場所です。私の目当ては、秋なら珍しいきのこ、春から初夏にかけては、宮城や山形など近隣から集まって来る山菜類がとても興味深い。何種類か買って帰って、その日の夜に食べられるのが何とも魅力的な気がします。知らない山菜もたくさんあり、もちろん三陸からの魚介類もたくさん並んでいます。
宮城というと、まず笹かまぼこを思い浮かべる人もいるでしょう。この市場でも、そうした地元の食材がいろいろと手に入ります。
この時はまだ朝が早めだったので、通りはまだ静かでした。お昼に向かって相当賑やかになるので、大抵早めに行くことにしています。
旅行中だと、よくよく計画しておかないと、指をくわえて見ながら通りを往復して帰ることになるのですが、夏場以外、秋から春にかけてなら、保冷バッグに入れてもらって家に戻って早速宮城の味を楽しむこともできます。そうしないともったいないと思うくらい、普段見かけないもの、知っていても数段鮮度のいいものが並んでいるのですから、何かしら考えたくなります。
そして毎度のこと、こんな通りが近所にあったらなぁと思うのです。
毎回の習慣で、旅の最後には定禅寺通りを散歩します。なぜ大通りを散歩するかと言うと、天気の良い日、長く続く遊歩道をのんびりと歩くのが何とも気持ちがいいからです。
勾当台公園から広瀬川に向かっての、いい散歩道は、並木の緑に囲まれています。途中にはせんだいメディアテークがあり、感じのいいギャラリーなど、遊歩道を出たり入ったりしながら、うっかり長い時間を過ごしてしまいそうな場所。
仙台は大きな町ですが、空間の大きさも魅力で、ちまちましていないところが爽快です。また来たい、といつも思う町なのです。
松島、奥松島まで足をのばしてドライブするのもいいし、帰りに塩竈に寄って神社にお参りし、名物のお寿司を食べ、しおがまを買って帰るもよし。この公園のような遊歩道を歩きながら、旅のおさらいをして帰ることにします。
東日本大震災から早くも6年以上が経ちます。当時関わりを持っていた人達の暮しも変わり、住む場所を変えたり新しく家を建てたり、元気だったりあまり元気がなかったり。格差もあり、事情は様々ですが、もし未だ復興したとは言い切れない状況があっても、被災地と呼ぶことはやめて、復興地とでも呼びたいものです。
また次の機会にも訪ねたい仙台、塩竈。さらに足をのばして松島や奥松島の美しさも、違う季節に味わいたいと思う宮城でした。
もちろん、その時のお土産も真っ白で美しいしおがまです。
写真・文○長尾智子
料理家。雑誌連載や料理企画、単行本、食品や器の商品開発など、多方面に活動。和菓子のシンプルさに惹かれ、探訪を続けている。
『毎日を変える料理』ほか著書多数。