第6回 鈴木大拙(だいせつ)(1870~1966)
北陸新幹線の開通により、ますます人気の観光地になった金沢。その金沢で生まれ、サリンジャーの小説『フラニーとズーイ』にも登場する、世界的な仏教哲学者をご存じですか?
その人の名は、鈴木大拙です。
1870(明治3)年、金沢市に生まれた大拙(本名・貞太郎)は、幼いときに父を失い、経済的に厳しい状況の中で進学した第四高等中学校(現・金沢大学)をやむなく退学、英語教師になったり、その後、上京して早稲田大学や東京大学の前身に入学するものの、これらも中退、紆余曲折を経験します。
その後、円覚寺の今北洪川、釈宗演のもとに参禅、「大拙」という居士号を受け、その縁でアメリカへ。大拙27歳。それから11年の間、アメリカの出版社で翻訳や通訳の仕事に従事しました。
39歳のときに帰国、国内の大学で教鞭をとるかたわら、イギリスのケンブリッジ大学やアメリカ・ハーバード大学でも講演を行い、79歳で再び渡米。ハワイをはじめ、ニューヨーク、ドイツ、スイスなどで講演し、88歳で帰国。その8年後の1966(昭和41)年、95年の生涯を閉じました。
大拙の功績は何と言っても、英語での講演や著作を通じて、禅をはじめとする東洋の文化や思想を、広く世界に伝えたこと。さらに、東洋・西洋どちらの文化にも通じたうえで、あらゆる人間がともに持つことのできる新たな価値を創り出しました。
『禅とは何か』『無心ということ』など著作は約100冊にも及び、欧米の若者にも多大な影響を与え、サリンジャーやエーリッヒ・フロムなど、多くの作家や芸術家とも交流があったといいます。
鈴木大拙館のすぐそばにある生誕地。碑と銅像が建てられている。
生誕地のほど近く、加賀藩の筆頭家老だった本多家の下屋敷跡に「鈴木大拙館」ができたのは、2011年10月のこと。建築家・谷口吉生氏が、「静か」「自然」「自由」など大拙の言葉にふさわしい環境と、「思索」「くつろぎ」「語らい」などの場を創造することを目的に設計した建物は、モダンでありながらも、とても落ち着く空間です。
館内は、大拙を知るための「展示空間」、大拙の心や思想を学ぶ「学習空間」、それぞれ自らが考える「思索空間」の3つの場で構成され、それらを回遊することで、来館者が大拙の足跡をたどり、学び、思索することができる、というしくみです。
仏教哲学というと、とても難しい感じがしますが、展示空間に掛けられた大拙の書には、「O wonderful」や「うんとこどっこいしょ」「それはそれとして…」など、親しみやすい文字が並んでいます(年に4回展示替えあり)。
それらを眺め、次に、学習空間で大拙にまつわる書物などを読んでから、「水鏡の庭」に面する思索空間に入ると、そこはまるで小さな宇宙のよう。まさに大拙の世界を”体感”しているような感覚です。
中に置かれた畳張りの床几に座り、大拙が残したたくさんの言葉を思い浮かべていると、いつの間にか意識が日常から離れ、ゆったりと自分自身と向かい合っているような気持ちになりました。
「水鏡の庭」の中にある思索空間。
館内で長い時間を過ごす外国人の姿もたくさん見受けられ、海外での大拙の知名度にも改めてびっくり。没後50年になる今もなお、大拙は多くの人に必要とされているのです。
窓辺や庭で豊かな自然を感じることができますが、すぐ隣には池泉廻遊式の「松風閣庭園」もあり、金沢21世紀美術館や兼六園へも歩いて行ける距離。四季折々に何度でも訪れて、ゆっくり時を過ごしたい、とても素敵な場所でした。
鈴木大拙館
石川県金沢市本多町3-4-20 ℡ 076・221・8012
【開】9:30~17:00(入館は16:30まで)
【休】月曜(休日の場合はその直後の平日)、12/29~1/3
駐車場なし(近隣の有料駐車場を利用)
【料】一般300円、65歳以上200円、高校生以下無料
☆JAF会員証提示で、一般50円引
撮影=村上宗一郎