【フリフリ人生相談】第431話「きみたちはどう生きるか、聞いてみた」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる『フリフリ人生相談』。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回と次回は特別企画。「きみたちはどう生きるか」。この問いかけを、登場人物たちにぶつけてみました。
実業家の人生哲学
今回と次回は特別企画として、登場人物たちに共通の問いかけをしてみようと思います。
「きみたちはどう生きるか」
もともとは吉野源三郎の児童文学『君たちはどう生きるか』ですが、2018年に羽賀翔一が漫画にして爆発的に売れ、2023年には宮崎駿によるアニメ作品が話題になり、2024年アカデミー賞を受賞!
というわけで、今回は『フリフリ人生相談』の回答者たち6人ひとりひとりに「きみたちはどう生きるか」と問いかけ、答えてもらうことにしました。
「きみたちはどう生きるか」を問うて、若い人たちへの「生きる指針」にしたい、なんて大それた気持ちはさらさらございません。あくまで、登場人物たちの「これからの人生」を聞いてみようってことです。
つまり、「あんた、これから、どう生きる?」って話ですね。
まずは、埼玉の実業家、高橋純一。Mr.オクレにそっくりで、見た目は貧弱この上ない男ですが、実は、親からの事業を受け継ぐかたちで、複数の会社を所有して、そのすべてが順調という、なかなか優秀な経営者というか、事業家なのです。
「今回は、きみたちはどう生きるかって質問なんですけどね、若者へのメッセージではなく、高橋純一さんはこれからどう生きるのかって、チョー個人的な話を聞きたいわけですが……」
「私がどう生きるか、ですか?」
「そう。実業家としての展望ってことでもいいですよ。世界情勢のこと、日本の政治、労働環境、働きかた改革、などなど、ほんとに大変な時代なんだと思うんですよ。そこで、高橋さんは、どういうふうに生きるつもりなのか……素直な意見を聞かせてほしいなぁ、なんて」
「うーむ」
「できるだけ、個人的に」
「うーむ」
と、情けない顔つきで腕組みする高橋純一です。
展望を聞かせてほしい、なんて言いつつ、ビジネス講演会みたいな話をはじめたら「いやいや、そうじゃなくて、純一さんの個人的な生きかたの話ですよ」なんて話の腰を折ってやろうと身構えている私なのですが、そんな私の心の内を見透かしたように、気色悪い笑顔を浮かべて、ぽつりと言いました。
「私個人の話、ですよね?」
「え、ええ、そうなんですよ」
「これからの日本経済なんて話ではなく……」
「そうそう、ではなく」
「まぁ、あれですね」
高橋純一はそこで少しだけ首をかしげて、ふわりと笑いました。
「できるだけ、シンプルに生きていきたいですね」
「シンプル?」
「そう……むずかしいことを考えずに、家族の幸福とか、健康とか、そういうことを大切にして……」
「なるほど……」
あまりに素直な回答なので、話の腰を折ってやろうと思っていた私は、逆に少しばかり腰砕けな気分でした。
「仕事については、どうですかね。いろんな会社を経営する立場で考えたときに、いろいろとむずかしい問題も多そうですけど」
「いやいや、仕事に関しては、基本的に私なんていなくてもまわっていくんだと思うんですよ。だから、ほんとに、これからどう生きるか? って聞かれたら、とにかくシンプルに生きたい、ですね。そう思います。うん、それしかない」
「…………」
というわけで、高橋純一の回答は「シンプルに生きたい」です。
かんたんな答えですが、よく考えてみると、奥の深いビジョンかもしれません。「シンプルな生きかた」ってなに? なんて考えはじめると、ものすごく複雑な人生が想像できてしまうわけです。
「家族の幸福とか健康を大切に」って言うけど、それって実は、かんたんには手に入らない究極のことかもしれません。
実は、高橋純一は大金持ちで、持てる者だからこその「シンプル」って気もしてきて、ちょっと憤慨しかけている私ではあります。
美人妻の決意
つぎは、高橋純一の妻、由佳理に話を聞きました。
もともとは山田一郎と結婚していたのですが、親の政略的思惑によって無理やり離婚させられ、高橋純一と再婚したのです。その後も山田一郎とは親しい関係が続いて、再婚してすぐに生まれた女の子は誰の子? なんて話もありました。
なつかしい……。
そんな娘の花子ちゃんも中学生になり、由佳理もすっかり実業家の奥さまぶりが板につき、フリフリ人生相談で会うのは、毎回、丸の内の高級ホテルのカフェ……おじさんの私としては、正直、うれしい時間ではあります。
女性の容姿のことをとやかく言うのは、現代では「不適切」ではあるのですが、きれいなものはきれい、美しいものは美しい、見ていて心がなごむ、仕方ねえだろ! と、声を大にして言いたい私ではあるのです。
「で、由佳理はこれから、どう生きていきたい?」
なんて、少しばかり目尻をさげながら聞く私。
「どう生きるか……ですか」
ほんのりと首をかしげながら、由佳理はやわらかく視線を泳がせます。
「こういうこと言うと誤解されちゃうかもしれないんですけど」
と、意味ありげに、彼女は濡れた視線を私に投げかけてきます。
「なになに?」
「美しさって、大切だと思うんです」
いやみな感じのない、とても素直な口調で、彼女はあっさりと言いました。
「見た目ってことだけではなくて、内面というか、精神的なこともふくめて、なんですけど」
「…………」
「私、純一さんに、ものすごく贅沢をさせてもらってると思うんです。それってなんだろうなって考えていて、なかなか答えが見つからなくて……でも、最近、ふと思ったんですよ。純一さんのために、美しくあることが大切なのかもしれないって」
みょうにまっすぐな言いかたなので、私はどういうふうに反応していいか、しばらく考えてしまいました。
「それって、つまり、ノロケ?」
と、とりあえず、冗談のように言ってみるしかありません。
「そう……かもしれませんね」
由佳理は頬をゆるめました。
「純一さんにとっても、娘の花子にとっても、美しい妻であり母であり……年を取ってお婆さんになってもそうありたいし……そのためには、内面がしっかりしてないといけないと思うんです」
「…………」
「これからどう生きるかって聞かれて、もっともっと勉強しなきゃな、とか、いろんなことを身につけなきゃとか思うって、それって結局、美しくありたいんだってことかなぁって……」
ノロケ、ですね。
夫は「シンプルに生きたい」と言い、妻は「美しくありたい」と言う。
ふん、オメーらほんとに金持ちだからな、と、捨て台詞のひとつも投げたいところですが、現実に、ふたりはそんなこと言いやがったわけですね。
酔っぱらいおじさんの悟り
続いては、バンジョーです。
新橋生まれのイタリア人というか、のほほんと「人生、なるようになるさ」と言いながら生きてきた、お酒が大好きな昼間から酔っぱらい野郎で、若いころはみょうにかわいかったみたいだし、おじさんになってからも、イヤミがなくて、女の人からの好感度が高い。
セクハラみたいなことをやっても「バンジョーさんって、ネコみた〜い」と、なぜか叱られもしない。
男の私から言わせれば、どこか腹立たしい男ではあるのです。
そんなバンジョーにも同じ質問。
「きみはどう生きるか?」
「ぼくが?」
小さなバーのカウンターで、バンジョーはいつものティオペペを舐めながら、ゆったりとからだを揺らしています。
「そうです、バンジョーさんは、この先、どう生きるか、です」
「そうねぇ」
少し考えて、バンジョーは揺れ続けたまま、吐息のように言いました。
「先のことなんて考えても意味ないってずっと思ってたんだけどさぁ」
「うんうん」
「最近、ふと思うのは……誰かに頼って生きる、かな」
「へ?」
あまりに意外な答えで、私は少しばかり驚いていました。
「誰かに頼る?」
バンジョーの言葉とも思えません。
「そうね。頼る」
「…………」
「どう生きるかって聞かれたら、それが答えだね」
驚きながら、私はつぎの言葉を思いつきません。
ほんとに将来のことなんて考えもせずに、やりたいように生きてきた男が、ぽつり「誰かに頼って生きる」と言うのです。
年齢のせい?
と、私は言いかけて、やめました。
なににせよ、バンジョーの答えは、それなのです。
「誰かに頼る」
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