【フリフリ人生相談】第426話「自分の話ばかりの女」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる『フリフリ人生相談』。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回のお悩みは?「会社の女上司が自分の話ばかり」。答えるのは、埼玉の実業家、高橋純一です。
やめさせ好き?
今回は高橋純一に答えてもらうつもりなのですが、お悩みの内容はこんな感じです。
「30代の男です。会社に50代の女上司がいます。悪い人ではないのですが、プライベートっぽい話になると、いつも自分のことしか話しません。自分が仕事をするうえで女としてどれだけ苦労したか、子育てをいかにがんばってきたか、子どもがどれだけ努力しているか、そんな話ばかりです。すばらしい内容ではあるのですが、毎回、同じなのです。先日の飲み会では、30年近く前の就活の話をしていました。ジェンダー平等を声高に言うのに、結局のところ、女特有の共感がほしいのかと思い、ちょっと白けた気分にもなりました。
さて、こういう上司と、どうつきあえばいいでしょうか」
「どうつきあえばいいでしょうか」と問われ、高橋純一の答えは明確です。
「つきあいをやめなさい」
うむむ。確か、この人、前もそんなこと言ってなかったっけ……。
そうです、取引先の担当者が昇進したとたんにパワハラ野郎になった、というお悩みに「つきあいを、やめなさい!」とピシッと言ってくれちゃったのでした。
「高橋さんって、つきあいをやめさせるの、好きですよね」
大宮にあるいつもの小部屋の小さなテーブルの向こう側に、私はささやきかけました。部屋には高橋純一とふたりきりです。息苦しいというかなんというか、まさに取調室です(実際の取調室には入ったことはないのですが、ドラマでよく見るやつを想像してます)。
「だって、そうしないと不健全でしょ」
と、ふつうのことのように、高橋純一はさらりと言うわけです。
「前は確か、相手は取り引き先でした。今回は上司ですよ……現実的に言うと、なかなかつきあいはやめられないですよね」
「そう?」
「いや、そうでしょう。担当者がパワハラするから取り引きやめるとか、自分の話しかしない上司とつきあわないとか……無理ですよ」
「そうですかね?」
「高橋さんの話はわかりますよ、とっても。でも、わかっちゃいるけど、そうもいかないのが世のなかってもんじゃないですか」
「でも、不健全です」
と、今度は少しばかり悲しそうな顔つきで、高橋純一は私を見ました。
「ハラスメントチックな会社と無理してつきあいを続けても、いいことはなにもないんですよ。いやな上司とガマンしてつきあうこともない。いまどきなんだから、仕事なんて探せばいくらでもあるし、健全な職場もありますから」
「うん、そこはわかります。でも、不健全だからって職場を変え続けるのって、どうなんですかね。上司がちょっと気に入らないからって仕事をやめる……ものすごくリスキーな感じもしますよね」
「まあ……ねえ」
高橋純一は腕組みして、じっと天井を見つめています。
リセットは大切
そう言えば、悩みの内容はちょっと違いますが、前回、天空は「お天道様が見ているぜ」という感覚で、いちいち正義をふりかざすことをやめて、ぼんやりとガマンしたらどうだ、なんて提案をしてくれました。
「そう……」
天空の顔を思い浮かべながら、私はゆっくりと言いました。
「気に入らないものを気に入らないって言うのは健康的かもしれないけど、それで人間関係がギクシャクするのも、考えものじゃないですか」
私は少しばかり気弱な感じです。
「おや、松尾さんらしくない、おだやかな意見ですね」
と、高橋純一はぼんやりと笑います。
「そうですかね。まぁそうですね、最近ちょっとね、年取ったせいですかね、過激なことばっかり言ってても、角が立つばかりだなぁって……」
「ははは」
高橋純一はなぜかおかしそうです。
「最終的に、楽しければいいと思うんですよ。この上司とも、プライベートな話ではなくて、仕事の面ではいい関係がつくれているなら、それでいいんです。いやな面があっても、ほかにいいところがあるなら、それでいい。スティーブ・ジョブズにしても、イーロン・マスクにしても、ある面ではほんとにいやなやつだって言いますよね。でも、やっぱりカリスマって呼ばれる人は、いやな部分を超えて圧倒的に魅力的なところがある。その魅力を尊重できるなら、つきあってればいいと思いますよ。でも……」
高橋純一は、そこで言葉を切って、私を見ました。
「でも……なんです?」
「いや、そういうカリスマ的な人って、そんなに多く存在してるわけじゃない、ふつうはね……。だいたい、いやな人間って、結局のところ、ダメなやつなんですよ。つまらないやつなんです。そんなのに関わって自分が精神的に不健康になることはないと思うわけです」
「…………」
「日本には、ガマンが美徳みたいなところがあるじゃないですか。そういうの、やめたほうがいいと思うんですよ。無駄なガマンくらい無意味で不健全なものはないです。だから、いやだなって思ったら、まずは、気持ちをいったんリセットしてみるんです。この人とはつきあいをやめようって、ばっさりと強く決めてしまう。そしたら、ココロが軽くなったり、気持ちが明るくなったりする。そういう精神状態に自分を置いて、それからつぎのことを考えることが大切だと思うんです」
「…………」
高橋純一は人間関係のことを言いながら、きっと、会社と会社のつきあいみたいなことも考えてるのかもしれません。
「なるほどなぁ」
私としては深く理解できるのです。が、世のなか、ほんとに、なかなかそうもいかないよなぁと現実的なことも考えてしまいます。
時代の流れ
「でも、この悩み、よく読んでみると……」
と、私は改めてiPadに目を落としました。
「この女上司は、この部下のことを、根っからきらいってわけじゃないと思うんですよ。プライベート的なことを、いろいろと彼に話しているわけですからね。それに……女特有の共感を求めてられてるって、つまり、そういう態度で接してくるんじゃないですかね」
「そういう態度?」
高橋純一は、実に彼らしい表情を浮かべました。つまり、人間関係、とくに男と女のあれこれは苦手っていう顔です。
「いや……」
私は苦笑を浮かべたあとで、わかりやすい言葉を探してみました。
「つまりですね、この女上司は、この部下のことを男として好感を持っている、と。それに対して、この部下は敏感に反応しているからこそ、ちょっと困ってるのではないか、と……」
「なるほど」
「好意を持っているからこそ、つい濃厚な関係を求めてしまって、相手からきらわれちゃうという……悲しいすれ違いってやつですね」
「…………」
高橋純一は少しだけ表情をゆがめたあとで、きっぱりと言いました。
「私、そういう話、よくわからないのですよ」
「でしょうね」
「私が言えるのは、相手の気持ちではなく、こちらのココロの問題として、いやなものは避けたほうがいいというアドバイスだけ、ですね。このお悩みを恋愛バナシとして考えるなら、私は不適格ではないですか」
「まぁ、そうでしょうね」
私はそう言うしかありません。
「でも、それでいいんです。高橋さんの回答も明快で、すごくわかりやすいし、これからの日本人の生きかたとしてとても大切だと思うので……」
などと、少しばかり申しわけない気持ちになりかけたところに、高橋純一はなんとも不気味な顔で笑いました。
「でも……好意を持っているから、というエクスキューズは、いまの時代、アウトですよ。愛情があるからハラスメントが許されるってことではないんです。この女性上司は、部下への態度として、やはりアウトだと思います。だから、つきあいをやめるべきですね」
あくまで、高橋純一はとことん頑固、ということなのでした。
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