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最終更新日:2023.12.29 公開日:2023.12.26

【フリフリ人生相談】第423話「かわいげがない私。どうしたらいい?」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる『フリフリ人生相談』。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回のお悩みは?「かわいげがない私、どうしたらいい?」。答えるのは、日本一かわいげのない男、山田一郎です。

ストーリーテラー=松尾伸彌

画=Ayano

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プライドが邪魔をする?

20代後半の女性から、こんなお悩みがきました。

「幼いころからずっと周囲から『かわいげがない』と言われてきました。つい最近も、つきあっている彼氏とケンカしたときに、貯めていたものを吐き出すように言われてしまったのです。かわいげってなによ? と、無視したいところですが、あまりに頻繁に言われ続けているので、少しばかり落ちこんでいます。
かわいげ……これを身につけるには、どうしたらいいですか?」

かわいげ……。ふむ。改めて考えてみると、なかなかむずかしいものかもしれません。プライドが高かったり、ちょっと詫びるのがヘタだったりすると、すぐに言われてしまいそうな言葉です。

「かわいげがないね」
しっかりと自分を磨いたり努力したりしてきたと自負している女性ほど、こういう言われかたには反発するのかもしれません。
「かわいげがあるからって、どうしたって言うのよ! 媚びを売る人生なんてまっぴらだわ!」
とかなんとか……。

そこで、今回は、かわいげたっぷりの由佳理に相談しようと思ったのですが、直前になってふと気づいたのです。かわいげのある女性のアドバイスなんて、もしかすると「いやみ」にしか聞こえないのではないか、と。

というわけで、山田一郎に相談することにしました。なにせ、彼は日本でいちばん「かわいげのない男」。そういう男だからこそ「かわいげ」を身につけるにはどうするか、客観的に考えられるかもしれません。
もちろん、考えるのは、私なのですが……。つまり、反面教師をじっくりと観察しながら「かわいげ」の本質に迫りたい、とまぁ、そういうわけです(ちょっと不安)。

「かわいげ、ですかぁ?」

いつものように恵比寿の駅にある小さなカフェで待ち合わせです。今回のお悩みをiPadで見せるとすぐに、山田一郎は横目で私を見るようにして、まったくかわいげのない薄ら笑いを浮かべたのです。

「松尾さんには、なかなか、むずかしい問題ですね」
「…………」
「なにせ、日本一かわいげがない男、ゆえに」
クックッと声をひそめて、うれしそうです。
こういう反応は、あらかじめ予想していたので、まったくリアクションせずに、冷たく聞いてみました。

「で、かわいげを身につけるには、どうすればいいと思う?」
「そうですねぇ……あ、そうそう、犬を飼うとか?」
と、あらぬ方向から、山田一郎は「一発回答」という顔つきで私を見たのです。

「犬?」
「そう、犬。ワンちゃん。ぼくの友だちが最近犬を飼ったんですけどね、そいつが、犬ってかわいげのかたまりだよなって、しみじみと感心してるわけですよ。ね。だから、犬を飼うと、かわいげの本質が理解できるんじゃないですかね」
「…………」

犬を飼う?

鼻の穴をなぜか自慢げにふくらませている山田一郎に、私は静かに聞いてみました。
「山田は、その友だちの家に行ってるわけ?」
「ええ、最近よく遊びに行きますね」
「で、その犬も見てるわけね」
「ほんとに、かわいいもんですよ。ぼくにも、すぐになついて……」
と、なにかを思い出したように遠い目をするので、私は肩をすくめて、紙コップのコーヒーをすすりました。

「で……」
と、私は低い声で聞いてみます。
「山田の友人は、犬を飼ってから、かわいげが出てきたわけ?」
「はい?」
「だから、犬を飼えばかわいげが身につくんだろ。その友だちも、このところ、すごくかわいげが出てきたっていうことなんだよね」
「…………」
「犬はかわいい。犬はかわいげのかたまり……これはいいよ、納得できる。でも、山田は言ったよね。かわいげを身につけるには、犬を飼えばいいんじゃないかって……ね、犬を飼ったことによって、その友人にかわいげが身についたのか……そこが問題だよね」
「ほんとに……」
私を横目で見ながら、山田一郎は首をかしげ、くちびるを曲げました。
「ほんとに、松尾さんって、かわいげのカケラもないですよね」
「…………」
「間違いなく日本一ですよ、かわいげのない大賞グランプリ受賞ですよ」

私は思わず微笑を浮かべてしまいました。予想どおりの展開で笑ってしまったのです。
そんな私に、山田は首をすくめたまま言いました。
「その友人は、ずっと前からかわいげのある男なんですよ、ほんとに。そういう意味では、かわいげがある人間だから、犬を飼うのかもしれませんね」
「なんだよ、それ」

まったく答えになってません。「犬を飼えば、かわいげが身につく」という法則がどこかに行っちゃってます。もともとかわいげがある人が犬を飼うってことなら、話がそこで終わってしまいます。

「でもね」
と、山田は、私のいらだちなど気にならないように呑気な声で言いました。

「犬はむずかしいこと、なんにも考えてないんですよ」
「…………」
「松尾さんみたいに、理屈をこねない。かわいげがどうしたとか、なにかが身につくのか、とか、そういう小難しいことをいっさい考えない。ただ、無心。無邪気。そこがいいんですよ」
「…………」
今度は、私が大袈裟に肩をすくめて見せました。
「なんの話だか……」

それを横目で見つつ、山田一郎は首を振ります。
「そういう態度がかわいくないんですよ、ね、わかります? 犬はそういうこと、ぜったいしないんです。いやみな感じで肩をすくめるとか、人の話をさえぎって、自分の考えてることを偉そうに口にするとか」
「なんの話をしてるの?」
思わず上半身を山田一郎に向けて、私は驚くしかありません。
20代後半の女の人の「かわいげを身につけるにはどうしたらいいか」という相談について考えているはずが、いつのまにか、私に対する強烈な非難の嵐です。

「なんか悩みごとでも、あるんじゃない?」
いやみでも皮肉でもなく、私は少しばかり心配になって、山田の顔を覗きこんでしまいました。

理屈では解決しない

「悩みごとがあるのは、松尾さんのほうじゃないですか?」
と、山田一郎は笑いもせずに眉を上下に動かしています。
「そう? だって、おれはシンプルに、女の人のお悩みを山田一郎に持ちかけてるだけなんだよ」
「だから、犬を飼えばいいんじゃない? って、言ってるじゃないですか」
「いや、でも、それって解決策になってるのって話なんだよ。ただの思いつきじゃ困るわけじゃん? 悩んでる人がいるんだからさ、ちゃんとしたこと答えてあげないと……」
「いや、だから、そうやって理屈ばかりこねてるから、かわいげがないって言われるんじゃないですかってことですよ」
「いや、それはおれに対して言ってるわけでしょ? おれがかわいげがあるとかないとか、そこは置いといてさ……」

「いや、同じことですよ。幼いころからずっとかわいげがないって言われてるってことは、いちいち、そうやって、理屈で返すタイプってことでしょ? 同じなんですよ、松尾さんも、その女の人も……」
「…………」
「だから、犬を飼えばって提案してるんです。人を説得する理屈じゃなくて、とにかく、ここは犬を飼ってみればいいってことなんですよ。犬には理屈も正論もまったく通用しませんから。ただ触れ合って、尻尾をぴこぴこ振るのを見つめてれば、なにかこれまでとはまったく違う感覚が理解できる……いや、理解とかじゃなくて、パッと感覚的にわかるんじゃないかって……それが大切じゃないかって、そう思うわけですよ」
「…………」

わかったようなわからないような……私はぼんやりと思念の海のなかを漂っている気持ちになってきました。

かわいげを身につけたいなら、犬を飼え……。

ここには理屈はないそうです。
とにかく、犬と触れ合ってみるしかない……そういうことなのでしょうか。

私の思いに気づいたように、ふと、山田一郎の尻のあたりがゆるゆると動いて尻尾がまわりかけたような気がしました。

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