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最終更新日:2023.11.08 公開日:2023.11.02

【フリフリ人生相談】第419話「焼きいもを買ってくれるおじさん問題」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回のお悩みは?「焼きいもを買ってくれるおじさん問題」。答えるのは、埼玉の実業家・高橋純一です。

ストーリーテラー=松尾伸彌

画=Ayano

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ありがちなタイプ

今回のお悩みは少し長いのですが、わりとありがちな小ネタかもしれません。

「50代後半のおばさんです。小さな会社で事務をやっています。あまり仕事ができるタイプではないけれど気のいい定年過ぎのおじさんがいて、ふた月に一度くらいの割合で、焼きいもを買ってきてくれます。有名な店にわざわざ行って買ってきてくれるのです。いつもたくさんの量なので、会社のみんなで分けています。それ以外にも個人的に、誕生日だといえばKALDIで袋菓子とか買ってきてくれたりします。ありがたいのですが、なんだか、少しばかり素直に喜べない気持ちもあります。とくに若い女の子たちが、陰で『ちょっと不気味』なんてことを言っています。おじさんの好意はわかるのですが、こういう時代なので、きちんとやめてもらったほうがいいようにも思います。どうすればいいでしょうか」

気のいいおじさんの小さな親切なんだけど、実はいまの時代には「大きなお世話」「キモいおせっかい」になっているのではないか、という問題ですかね。
とくに会社内でのこういう行為は、なかなか扱いがむずかしいものかもしれません。

というわけで、今回の回答は、髙橋純一にお願いすることにしました。
社内の話題なので、経営者の視点でなにか言ってもらえると、新しい発見があるような気がしたのです。
で、会う場所ですが……。
前回は丸の内のホテルでいい雰囲気だったので期待していたのですが、今回は大宮のいつものオフィスまで来るように言われちゃいました。

まるで取調室のような、あの小部屋です。

「むずかしいような、むずかしくないような、いまふうの問題をはらんだネタだと思うんですけどね」
と、言いわけのように言いながら、私は髙橋純一にお悩みの内容をiPadで見せました。
目の前でむずかしい顔をして……といっても、いつも「むずかしい顔」なのですが……熱心に読んでいる髙橋純一を、私はぼんやりと見つめているしかありません。たとえば壁に絵でもかかっていればそっちを見ていることも可能なのでしょうが、それもない。ある意味、拷問部屋みたいなものです。
彼の妻である由佳理だったら、いつまででも見ていられるんだけどな、と、あらぬことを妄想しながら、私は少しばかり気を取り直していました。面談は、由佳理とはこの部屋で、髙橋純一とは丸の内のホテルのラウンジで……というわけにはいかないものかな、と、これまた叶わぬ望みなのですが……。

「なるほど」
と、髙橋純一が苦笑を浮かべながら言います。
「いまどきは、こういうことになっている、と……」
彼は、そう言って、少し表情を曇らせました。

「どういう意味ですか」
私は思わずそう聞いていました。

「いや……」
髙橋純一は私を見て、つぎにiPadを見つめて、また私を見ました。そして、ぼんやりと笑います。
「こういう人物って、昔からよくいると思うんですよ」
「ですね」
「しかも、仕事はできるタイプではないけれど……なんて言われてる」
「ありがちです」
「そうですね。典型的なお人好し、みたいなね」
「そうそう」
「寅さん、みたいな……」
「ははぁ、なるほど」
私はさすがに寅さんまでは想像しませんでしたが、確かに、こういうタイプ……世話好きでお人好し、けど、少しばかり過剰で煙たがられる……というのは、山田洋次監督が描くところの「寅さん」かもしれません。

「寅さんが会社にいたら、確かに、ウザいですね」
と、私は笑ってしまいました。

「まぁそうなんですが」
髙橋純一は、そう言って苦い顔つきをしています。

心遣いは、美徳

せっかく髙橋純一のところにネタを持ってきたのですから、私はその趣旨をつらぬくつもりで、少しいじわるかもしれないと思いつつ聞いてみました。
「会社を経営する立場で言うと、こういう、仕事はできないけどお人好し、なんてタイプはどう扱うんですかね」
「…………」
「きっとすぐに仕事の一線からは脱落しちゃう気もするんです。なにせ、お人好しなわけですからね」
「…………」

黙考するような顔つきで、彼はじっと私を見ています。薄気味悪くなって視線を逸らそうとしたあたりで、彼はぽつりと言いました。

「やはり、心遣いというのは、美徳なんですよ」

そう言って、しっかりと私を見て、そのあとでゆっくりと笑います。
「ふた月に一度、焼きいもを買ってきてくれる……その背景には、なにか、ここには書いてないストーリーがあるはずなんです。どこかで、この女性が焼きいも好きというのを聞いたとか、たまたま買ってきた最初のときにとても喜ばれたとか、ほかの社員に配って評判がいい、とか……。なににせよ、そこにあるのは、このおじさんの心遣いだと思うんですよ。そして、それは、間違いなく、美徳です」
「まぁ、そうでしょうね」

私は彼の真意がつかめずに、曖昧な表情のまま、首をかしげているしかありません。

「問題はね」
と、彼は言います。
「毎日たくさん買ってきて強引に渡すとか、見返りを要求するとか、若い女の子にしつこくなにか買ってくるとか、食事に誘うとか、迷惑行為のようになってはダメですが……そういうわけではないんですよね」
「でしょうね……そんなふうには書いてない。いまどきの風潮を考えると、このおじさんの行為を止めたほうがいいのではないか、ということですね」
「そう……それに、この人は定年過ぎのおじさん……具体的に人事制度がどうなってるかわかりませんが、とにかく、おじさんは定年過ぎてなお会社にいるわけです」
「そうですね」

そこで、髙橋純一はうなずいて言いました。

「松尾さんのご質問の……会社を経営する立場で、仕事はできないけど、こういうお人好しなタイプをどうするか……ということにお答えすると」

そこまで言うと、彼はみょうにまじめな顔で私を見つめたのです。

「試されているのは、経営者のほうですね」
「は?」
「だから、この会社では、まだこのおじさんを社内に置いている」
「…………」
「それはつまり、この会社は悪い会社ではないということなんです」
「あの……よくわからないんですけど」
私は首をかしげるしかありません。

「いや、だって……」
と、髙橋純一は笑いました。
「だって、社内に、美徳が存在してるんですよ。悪い会社のわけがない」
「…………」

大切にしたほうがいい

わかったようなわからないような、そんな気分です。
そういう私の顔つきを察したのか、髙橋純一はおだやかな表情で、私を見つめます。

「たとえば、寅さんが身近にいたら、ほんとに少しばかり迷惑な存在かもしれないですよね。暑苦しいというか」
「でしょうね」
「でも、ああいう存在こそが美徳の化身だとしたら……」
「…………したら?」
「試されてるのは、こちらですよね」
「…………」
「ちょっと不気味とか、ウザいとか、仕事できないとか、実は腹黒いに違いないとか、いろんな悪口を言って避けるのはいいんですけど、実は、人間的に失敗してるのは、こちらなんですよ」
「…………」
「こういう存在は仕事ができないって決めつけて、うまく使いこなせない経営者こそが、失格ってことではないですか」

そういう髙橋純一に、私はなにを言えばいいのかわかりません。

「でも……」
しぱらく考えてから、ようやく、私は口を開きました。
「仕事ができるタイプではない……というのもまた、真実だと思うんですけどねぇ」
「ふむ」
髙橋純一は私を見ます。

その顔を見て、ふいに思っていたことが言葉になりました。
「神さま仏さまが実在したとして、バリバリ営業できるとも思えないというか……」
「ははは」
髙橋純一はおかしそうに目を細めます。
「確かに……」
そう言って笑っています。
「確かに、確かに」
何度も言って派手に笑うのでした。

私はさらに言葉を重ねます。
「仕事ができるってことは、どこか悪魔に魂を売ってる……ってことも、あるはずですよね」

「確かに」
と、笑っていた目もとを少しだけ引きしめて、髙橋純一は小さく首をかしげて、声を落としたのです。
「そうなんですなぁ」
そう言ったあとで、いやに強い視線で私を見つめました。

「だから、こういう人は大切にしなくちゃいけない」
そして、彼はまるで私と秘密を共有するみたいな顔で、小さく笑ったのです。

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