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最終更新日:2023.10.05 公開日:2023.09.26

【フリフリ人生相談】第417話「離婚を考えて、くやしくてつらくて情けない」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回のお悩みは?「離婚を考えて、くやしくてつらくて情けない」です。答えるのは、人生相談のプロ、天空です。

ストーリーテラー=松尾伸彌

画=Ayano

はじめての精神的危機

今回のお悩みはこんな内容です。

「幼い子どもがいます。つい最近、旦那が浮気していることが発覚しました。ものすごくショックでした。いろんなことを考えました。離婚とか……。でも、自分には稼ぎもないし、ひとりで子どもを育てる自信もありません。くやしくて、つらくて、情けないです。どうすればいいですか?」

「情けない」と言葉にしたいくらい深刻のようです。あまりアホな回答もできないので、山田一郎とかバンジョーはパスだなと思いつつ、ここは天空に相談にいくことにしました。天空なら大丈夫! というわけではないのですが、一応、彼はプロの人生相談回答者なので、ちょっぴり安心かな、と。

いつものように、恵比寿にある天空の事務所に行きました。
どうやらお客さんが帰ったばかりのようで、応接セットのあたりには、なにやら濃厚で重い空気が漂っている気がします。ついさっきまでヘヴィな悩みごとがこの場所にあった、みたいな空気です。

「なにやら重い空気が漂ってる感じがするんですけど……」
と、私は部屋の空気を大きくかきまわすように腕を振りました。
「お、わかるかい? さすがだね。なかなか悲惨な相談ごとでさぁ、けっこう疲れたよ」
天空はキッチンのほうから声をあげながら、姿を現しました。両手に缶ビールを持っています。

「飲むでしょ?」
と、リビングのテーブルをはさんで、私に渡してくれます。天空はすぐにソファにどっかりと座り、プルリングを引きました。

「ほんと、疲れたぁ」
重い相談ごとで疲れている天空に、またまた今回のような相談ごとは申しわけないと思いつつ、すでに来てしまっているので、知らん顔してiPadの画面を開いて天空に渡しました。

「こういう内容なんですけどね……」
天空は少しばかりどんよりとした顔でiPadを受け取ると、ビールを口にしながら読んでいます。
すぐに読み終わって、私のほうを見ると、天空は「ふーん」と言いました。

「すみませんね、ちょっと重い内容で申しわけないんですけど」
と、私は一応、言ってみました。
「いや、べつに、重い内容でもないよ。ある意味、よくあるやつ、かな?」
「そうですか?」
「結婚して、旦那に浮気されて、はじめて経験する精神的危機ってやつね。よくある……というか、もうほとんど、これかもしれないね、若い奥さんがここにやってくる理由……」
「そ、そうなんですか?」

私は驚きながらも、もらった缶ビールをひとくち飲みます。
天空は、ひと仕事終えたあとみたいな顔をして、グビグビと缶ビールをかたむけて、うまそうに「ぷはぁ」などと言っています。

つらい目覚めもあるけれど

「天空さんには慣れてる悩みってことですね」
「昔はさぁ、旦那に浮気されても、すぐに離婚ってことにはならなかったんだよね。仲人がいたり、あと、結婚は家と家のつきあい、みたいなところもあったじゃない?」
「いつの話ですか、それ」
と、私は苦笑するしかありません。

「そうそう、いつの話ってくらい昔の話。そのころはさ、コンセンサスとして離婚はないって前提だったから、浮気されたほうはガマンするしかなかったわけだよね。ガマンはつらいけど、それしかないから、まぁガマンするわけだよ」
「…………」
「でも、最近は、ガマンする必要はなくて離婚って選択がアリだから、わりと早い段階で、別れを想像するよね。結婚して間もない若い女の人が離婚を考えるわけだよね」
「ふむ」
私は軽くうなずきます。

天空は、ごくふつうの日常会話のような口ぶりで、おだやかに話しています。
「若くて人生経験もあまりないわけだから、慰謝料ガッポリ取ってやろうとか、養育費をしっかりともらうためには弁護士に頼んで、みたいなことは、すぐには思いつかない。まず頭に浮かぶのは、別れてからどうやって生活するか、子育てはできるのか……とか、そういうことだよね」
「そうでしょうね」
「すると、そこで、一気に不安になるわけだ。もちろん、結婚前に仕事をしてたり、なにかの資格を持っていたりって人はいいんだけど、あまり働いたことがないまま結婚した人は、ビビっちゃうわけだよね」
「確かに」
「それで、このお悩みの奥さんみたいに、くやしくてつらくて情けない……つまり自己否定しちゃう精神状態になる」
「…………」

解説としては実によくわかると思いながら、私は天空を見つめていました。「それで?」と問いたい気持ちをおさえつつ、ビールを飲みます。

そんな私を見て、天空はぼんやりと笑顔を浮かべました。
「くやしくてつらくて情けない……って自分を否定しちゃいがちなんだけどさ、でも、実はそれって、ようやく訪れた目覚めってことなんだよね」
「…………」

天空はふと悲しそうな目をして、言葉をテーブルの上に置くような口調で言いました。
「つらい目覚めではあるんだよ……でも、間違いなく目覚めなんだな」

人生、ここからってやつ?

目覚め……天空なりに、うまいこと言ったつもりなのでしょうが、それで納得できるわけはないのです。お悩みをくれた奥さんに「それこそが目覚めだから」と言ったところで、つらい気持ちがラクになるわけはありません。

「離婚というワードが頭に浮かんではじめて、さてさて、どう生きていくかってことを考えるようになった、と。それは目覚めなんだから……と?」
と、私は問いかけるように天空を見つめます。

「そう」
天空は大きくうなずいて満足そうです。いやいや、そこ、ドヤ顔するとこ? なのです。
「目覚めなんだから、ガマンしなさいってことですか?」
「ガマンはしなくていいよ。目覚めたんだから、これからはしっかりと立ち上がって生きていくんだよ」
「…………」

私は首をふりつつ視線をそらすしかありません。だって納得できないのです。

「そんなの、悩んでる人に言って、納得してくれます?」
「さあ……それは知らない」
「そんなのちょっと無責任じゃありません?」
「どうかな。なにしろ、おれには責任はないからね。浮気された奥さんが子どもを抱えてどうするのって話だけど、基本的に、おれにはなにもできないよね。松尾さんもそうでしょ? せいぜい、こうやってお悩み相談に乗ってるくらいなわけだよ」
「そうですよ」
「だから、あなたはようやく目覚めたんだから、あとは立ち上がって生きていくんだよねって、言ってあげるしかないじゃん?」
「…………」
「ひとつ言っとくとさ、目覚めの話は、案外、効くんだよね、こういう悩みには……」
「そうなんですか?」

「くやしくてつらくて情けないって嘆いてる根っこの精神状態はさ、環境が変化することへの怯えなんだよ。どういう環境かというと、ぬくぬくとなにかに依存していた状態……ラクチンなわけだよね。でも、そうはいかない、これからはひとりで生きていくんだよってわかったとたん、おろおろしちゃうわけだよ」
「まぁ、そうですね」
「おろおろしてる人にさ、言ってあげる言葉があるとすれば、大丈夫だよ、ひとりで生きていけばいいんだよってことしか、なくない? だって、まじで、それしかないんだから。誰にも頼らない、自分で仕事を見つけて、ひとりでいろんなことをやりくりする……そりゃあ大変だよ。でも、それが人生……それが生きていくってことさ」
「…………」
「でさ、そうやってしっかりと自覚できるとさ、意外に強いもんなんだよ。よし、ひとりで生きていくぞって覚悟してさ、そのうえで、浮気した旦那と話してみなよ、こっちに度胸がついてるぶん、いきなり旦那がおろおろしたりするから。男の馬鹿さかげんとか、おろかさが見えてきたりするわけ」
「…………」
「そもそも、結婚するよりずっと前に……たとえば、親元を離れて生活するとか、社会人になるときとか、そういうタイミングで、ふつう目覚めるんだよ、だいたいね。これからは誰にも頼らずに生きていかなきゃ、って。でも、目覚めないまま結婚しちゃうとか、就職しちゃうとね、ずっと依存して生きていっちゃうわけ。そうすると、ひどい男なのに別れられないとか、超ブラック企業なのに辞められないとかってことになる」
「…………」
「だから、目覚めるのは大切なの。この奥さんは、ようやく目覚めるべきときがきたんだから、素直に目覚めちゃいなさいってことなんだよね」
「…………」
「たとえばさ、このまま離婚せずに人生をやっていくとしてもだよ、このタイミングで、ひとりで生きていく覚悟をしておくかどうかで、これからの人生はまったく変わってくるからね」
「それは確かに、そうかもしれない……」
と、私は、ようやく腑に落ちた気持ちがしました。

私は自分の頭のなかを整理するようなつもりで、言葉を探しつつ天空に言います。
「今回の旦那の浮気がいいきっかけだと思って、ここで人生のシミュレーションをやってみる。それが目覚めってことですね」
「そう……」
と、天空はうなずきました。

「つらい目覚めもあるけど……でも、ずっと眠ってるより、100倍いい」
と、天空は楽しそうに笑ったのです。

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