リアウイングの無いレーシングカー、プジョー9X8がWECモンツァでデビュー
2022年7月10日に行われた世界スポーツカー選手権(WEC)の第4戦モンツァ6時間レースで、プジョーのレーシングカー9X8(ナイン・エックス・エイト)がデビュー戦を飾った。9X8が2021年7月に発表された時の姿は衝撃だった。なんとレーシングカーに不可欠なリアウイングが無かったのだ。そして1年間の開発期間を経てデビュー戦に登場した姿はどのように変わったのか? その変化をモータースポーツライターの大串信が解説。
1年前のリアウイング無しの衝撃
2022年7月第1週、イタリアのモンツァ・サーキットで開催された世界スポーツカー耐久選手権(WEC)シリーズ第4戦モンツァ6時間レースのル・マン・ハイパーカー(LMH)クラスに、プジョー9X8が実戦デビューを果たした。1年前の2021年7月8日、新たにWECへ参入するため開発したプジョー9X8が公開されたとき、モータースポーツ界は騒然とした。というのも、高性能レーシングカーには不可欠なアイテムだと考えられてきたリアウイングを備えていなかったからだ
レーシングカーが、空気の力を応用して走行中の性能を引き上げるようになったのは1960年代のこと。それ以来、空気抵抗が増す反面ダウンフォースが生じて走行安定性が向上するアイテムとして、ウイングはレーシングカーの基本的な装備として定着した。だが70年代後半、車体下面と路面の隙間を流れる空気を用いてダウンフォースを生み出すグラウンドエフェクト効果が実用化されると、ダウンフォースをグラウンドエフェクトに任せ、空気抵抗を減らすためにウイングを廃すことはできないか、という技術的な挑戦が繰り返されるようになった。しかしどれも目立った成功を収めることはできなかった。
ウイングを装備していないプジョー9X8の詳細構造はまだ明らかではないが、パワーユニット(ガソリンエンジン)とハイブリッドパワー(電気モーター)を合わせて実用最高パワーが700PSを超えるレーシングカーが、パワー相応のダウンフォースを得ないまま走行するのは事実上不可能と考えられていた。プジョー9X8 発表当初は、プジョーの技術陣が何かこれまでにない方法でウイングを補うだけのダウンフォースを生み出すことに成功したのか? それとも話題作りのためにウイングを取り外した状態で発表はしたものの、その後開発熟成テストを進めればやはりウイングを廃すことは無理であることが判明し、結局はウイングを装備して実戦デビューするのか? 1年後のデビュー戦までにさまざまな観測が為されたものだった。
昨年の発表後、プジョー9X8は非公開の場で開発熟成テストを繰り返し、少しずつボディワークに改良を受けていった。この過程で、ボディ各所に小さなフィンが追加されたほか、リアカウル後部左右に発表時には存在しなかった小型のウイングが設けられていることが2022年5月に発表された写真で確認できた。しかし、最終的には昨年と同様にメインとなる大きなリアウイングが設けられないままの姿で、デビュー戦が行われるモンツァ・サーキットに現れた。
BoPの見直しが繰り返される2022年シーズンWEC
プジョー9X8が参戦したのはWECの最高峰クラスと位置づけられるLMHクラスで、ライバルはトヨタGR010、グリッケンハウス007 LM、アルピーヌA480ギブソンとなる。昨年新たに導入されたLMHクラスではトヨタGR010が圧倒的なパフォーマンスを発揮しル・マン24時間レースを含むシリーズ6戦で全勝を遂げた。
これを受けてシリーズを運営するFIAは、2022年度のWECでは車両毎のハンディ(BoP=バランス・オブ・パワー)を見直し、トヨタGR010には昨年より重いハンディを課した。これも影響したか、セブリングで開催された今シーズン開幕戦ではアルピーヌA480が優勝。しかしスパ・フランコルシャンでの第2戦と第3戦ル・マン24時間ではトヨタGR010が逆襲して優勝した。
そしてシリーズ第4戦モンツァにプジョー9X8が参戦するにあたって、FIAはBoPを新たに見直した。まずプジョー9X8については、最低重量が1079kg、最大出力は515kW(約700PS)、1スティントでの最大エネルギー量は909MJとした。対するトヨタGR010は最低重量が1kg増やされ1071kg、最大出力は7kW増の513kW(約697PS)、1スティントの最大エネルギー量は7MJ増の905MJとなった。
ここまでならほぼ同等ではあるが大きく異なるのは、フロントに搭載しているモーターを起動できる最低速度(デプロイメント・スピード)で、トヨタは開幕時から190km/hとされているのに対し、プジョー9X8は150km/hとされた。つまり150km/hから190km/hの速度域ではプジョー9X8が前輪も駆動してパフォーマンスアップできるのに対し、トヨタGR010 はエンジンのみの後輪駆動車として闘わねばならないということになる。FIAによればタイヤサイズを考慮した設定だということだが、トヨタGR010にとってはきわめて重いハンディである。
いざデビュー戦
プジョー9X8の成績は?
デビュー戦の予選は5番手と最後尾
リアウイングのない異様な姿のまま、実戦の場であるモンツァ6時間レースに現れたプジョー9X8が、果たしてどんな走りを見せるのか注目が集まった。その公式予選では、グリッケンハウス007(オリビエ・プラ/ロマン・デュマ/ルイス・フェリペ・デラーニ組)がポールポジションを獲得、トヨタGR010(セバスチャン・ブエミ、平川亮、ブレンドン・ハートレー組)が2番手、アルピーヌA480(ニコラ・ラピエール、マシュー・バキシビエール、アンドレ・ネグラオ組)が3番手、トヨタGR010(マイク・コンウェイ/小林可夢偉/ホセ–マリア・ロペス組が4番手となり、プジョー9X8(ロイック・デュバル/グスタボ・メネゼス/ジェイムズ・ロシター組)は0秒334差で5番手につけた。しかしもう1台のプジョー9X8(ポール・ディ・レスタ/ミッケル・イェンセン/ジャン-エリック・ベルニュ組)はマシントラブルでノータイムとなり最後尾からのスタートとなった。
決勝レースはトラブル続発で33位と38位
6時間にわたる決勝レースでは、トヨタの2台のうち1台が序盤のうちにマシントラブルを起こして後退、もう1台はアルピーヌと接触して遅れ、ポールポジションからスタートしたグリッケンハウスがトップに立って独走に持ち込んだ。しかし結局トラブルでレースから脱落、予選3番手からスタートしたアルピーヌが今季2勝目を飾った。
プジョー9X8は、長い決勝レースでは出走した2台ともに複数のマシントラブルに苦しんだ。特にエンジンとハイブリッドシステムを最適のバランスで働かせるための制御系に発生したトラブルは深刻で、決勝レース中、たびたび走行不能の状況に陥り制御システムをリセットするなどの対応を迫られた。また、レース中コースに散らばるタイヤカスなどを拾い、冷却系が働かなくなった結果、オーバーヒートを起こすなどの問題も見られた。この結果、プジョー9X8の1台は序盤のうちにコース上でストップし、もう1台はガレージでトラブル対応を重ねて走り続けた。走り続けたデュバル/メネゼス/ロシター組は、優勝したアルピーヌから25周遅れの総合33位でレースを終えることとなった。
WEC第4戦モンツァ6時間レース 決勝レース総合順位
1位:6/アルピーヌ・エルフ・チーム/アルピーヌ A480ギブソン/A.ネグラオ、N.ラピエール、M.バキシビエール/194周
2位:8/トヨタ・ガズー・レーシング/トヨタGR010 HYBRID/S.ブエミ、B.ハートレー、平川亮/194周(2秒762遅れ)
3位:7/トヨタ・ガズー・レーシング/トヨタGR010 HYBRID/M.コンウェイ、小林可夢偉、J.M.ロペス/192周(2周遅れ)
4位:41/リアルチーム by WRT/オレカ07ギブソン/R.アンドラーデ、F.ハプスブルク、N.ナト/188周(6周遅れ)
5位:38/JOTA/オレカ07ギブソン/R.ゴンザレス、A.F.ダ・コスタ、W.スティーブンス/188周(6周遅れ)
33位:94/プジョー・トタルエナジーズ/プジョー9X8/L.デュバル、G.メネゼス、J.ロシター/169周(25周遅れ)
38位:93/プジョー・トタルエナジーズ/プジョー9X8/P.D.レスタ、M.イェンセン、J.E.ベルニュ/46周(148周遅れ)
※順位:カーナンバー/チーム/マシン/ドライバー/周回数(トップとの差)
富士スピードウェイに9X8がやってくる
予選を見る限り、リアウイングを持たないプジョー9X8の戦闘力はトヨタ、アルピーヌ、グリッケンハウスに並ぶレベルにあり、熟成度が上がれば早い段階で優勝争いに関わるだけの素性を持っていそうな状況ではある。またプジョーは、2022年9月9~11日に富士スピードウェイで開催されるシリーズ第5戦富士6時間レースにも2台の9X8を送り込む予定でいる。ホームでのレースを迎えるトヨタGR010に対し、異形の挑戦者がどんな走りを見せるのか、気がそそられるところではある。
昨年の発表時とデビュー戦直前を
プジョー9X8の変化を写真で紹介。
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