車中泊避難とは? 災害時に役立つその基本をプロが指南!
「車中泊避難」という言葉を聞いたこと、ありますか? 避難生活にクルマを活用することで、近年さまざまな理由からその注目度が高まっています。そこで今回は、日本で唯一の車中泊専門誌『カーネル』の編集長である大橋保之さんに車中泊避難の基本について教えていただきました。車中泊避難をする理由や、ふだんの生活で準備しておけること、車中泊に慣れていない人が注意するべきことなどを解説。いざというときのために、自家用車をお持ちの方はぜひ参考にしてみてください。
記事提供元/カエライフ
大橋 保之さん/カーネル編集長
車中泊を楽しむ雑誌『カーネル』の編集長にして、アウトドア情報メディアサイト「SOTOBIRA 」も運営する。プライベートでは日産「ウイングロード」、会社用には日産「NV200バネット」がベースのライトキャンピングカーを駆って、公私問わず車中泊。 著書に『やってみよう! 車中泊』(中公新書ラクレ)
車中泊避難、注目の背景は? 避難先としてのクルマ
― 最初に、車中泊避難が注目されるようになった背景について教えてください。
大橋:新潟県中越地震や東日本大震災のときからすでに車中泊避難というものは話題になっていましたが、より注目されるようになったのは2016年の熊本地震からかと認識しています。熊本地震のときには、主に大きな余震が続いていたことから、自宅で就寝するのが怖いと感じてクルマでの避難生活をされた方が多かったようです。
また、最近ではコロナ禍での避難生活の一手段として注目されているといったこともあります。
ここで注意したいのは、「クルマで避難行動を行うこと」と、「避難生活でクルマを活用すること」の違いです。「クルマで避難行動を行うこと」に関しては、行政からガイドラインが出されていいます。まずはそれらを参考にしてもらいつつ、自分が住んでいる(働いている)地域に、照らし合わせてみてください。
しかし、今回ここで紹介したいのは、この「クルマで避難行動を行うこと」ではなく、「避難生活でクルマを活用すること」についてです。避難生活で車中泊をしなくてはいけない状況とは、どんな時か? 心身ともに、少しでもストレスの少ない車中泊避難を行うにはどうすればいいのか? 「ただ横になれればいい」というわけではないのが、車中泊避難の難しさです。
― どういった理由で車中泊避難をするのでしょうか?
本震後の余震による自宅や避難所の倒壊の恐れ、プライバシー面の懸念、ペットがいる、家族の事情などさまざまな理由があって、車中泊避難を選んでいる人がいました。避難生活のひとつの選択肢として車中泊のことを知り、事前に準備しておくことは、さまざまな災害が多発している昨今、重要な防災対策だと思います。
― 緊急時に避難の一手段としておこなう車中泊と、レジャーでする車中泊には違いはありますか?
体や心にかかる負担が大きく違います。レジャーでは、事前準備ができて自分が選んだ場所で楽しく車中泊ができます。スケジュールを自分で決められるため、心には余裕があります。
一方で、緊急時の車中泊では先の見通しがつかず大きな不安がともないます。準備も万全ではなく環境も選べないことが多いため、ストレスも多くなるのがレジャーでの車中泊との大きな違いです。
平時に準備しておけること
― 緊急時の車中泊でもあわてないように、事前に準備できることはどんなことがあるでしょうか?
まず、可能ならふだんから車中泊に慣れておくこと。レジャーとして楽しんでおくことで、緊急時にも余裕をもって対応することができます。
ただ、なかなかそれが難しいことも多いと思うので、最低限、自分のクルマについて「車中泊」の視点から知っておくことは重要です。
― 具体的にどんな点について、自分のクルマを知っておけばいいでしょうか?
どういうシートアレンジで、どこに何人まで寝られるのか?ということは最低限知っておく必要があります。それが事前に分かっていれば、人数的に車内で寝られない家族についてはテントを用意するなどの対策が可能です。
平時に準備しておけること
- レジャーとして車中泊を経験してみる
- 自分のクルマのシートアレンジなどを知っておく
- クルマに積んでおける防災グッズの準備
※実際に寝てみるのがもっとも効果的
― 車内で寝られるかどうかのチェックポイントについておしえてください。
車種やシートアレンジによって異なりますので、下図を参考にしてみてください。ちなみに、大人ひとりが快適に寝るためのスペースは、横幅は55㎝+α、長さは身長+15~20㎝とされていますので(キャンピングカーの規定から算出)、あわせて参考にしてください。
とはいえ、実際にいちど車内で寝てみるのがベストです。体を横にしてみると、思ったより気になる段差があったり、逆に思ったほど気にならない箇所が体感できるからです。これは緊急時の心の余裕にもつながります。
寝られるかどうかのチェックポイント
- シートのリクライニングのみの場合
寝られるのは基本運転席と助手席のみ。完全にフラットにはならず、長さが足らない場合は足元に荷物などを置く必要があるのが注意点。また、後ろのシートは通常使えなくなる。
- リクライニングしたシートをつないだ場合
水平に近くなるが、一部段差が生じることが多いので対策が必要。子どもなら横に寝られることも。
- シートを倒したラゲッジルーム
比較的フラットになることが多いが、床が硬かったり、荷物の移動が必要だったりすることも。
― ふだんからクルマに積んでおいておいたほうがよいものはありますか?
車内スペースには限りがあるのですべては積めないと思いますが、下記を一例として参考にしてみてください。緊急時に必要なものがセットになった車載用の防災グッズも販売されているので、チェックしてみるのもオススメです。
クルマに積んでおきたいアイテム
- 銀マット:目隠しやマットとして、防寒など用途多様で重宝する
- テープ類:幅広のものが汎用性が高い
- 針金:補修用、簡易カーテンや洗濯ひもとしても便利
- マルチツール:飲食のため等幅広く使える
- カイロ:防寒対策として
- マスク:乾燥対策や日常使いの予備としても
- ポンチョ:トイレ時の目隠しや、雨&防寒対策に
― 季節によって注意すべき点はありますか?
季節によって注意すべきポイントは大きく異なります。とくに、注意すべき季節は夏と冬です。そもそも車中泊では、アイドリングストップが基本。騒音や環境問題に加えて、被災時は燃料を少しでも無駄にしないために、エンジンを切って寝ることがベースとなります。つまり、エンジンオフにより、エアコンを使用せずに寝ることが大前提。
― 夏の車中泊の注意点をおしえてください。
夏に行う車中泊はレジャーであっても難易度が高く、車中泊のベテランでも苦戦することが少なくありません。その要因として挙げられるのが、暑さ、虫、雨などです。
夏の車中泊の注意点
- 暑さ対策:クルマ用の網戸、涼感系グッズ、ミニファン等を活用
- 虫対策:防虫剤の活用、ロケーションにも注意
- 雨対策:濡れモノに注意、大きな傘やレインブーツも活用
※暑さ対策で何より効果があるのは「標高をあげる」こと
なかでも暑さ対策は、まさに車中泊の大きな難題のひとつ。窓に装着する網戸やハンディタイプの扇風機、さらには触るとヒンヤリする涼感系寝具などを準備しておくと効果はあります。しかし、猛暑日や酷暑日の夜、気温が下がらない熱帯夜の場合、抜本的な解決にはなりません。
ではどうすればいいか? ポイントは車中泊する場所です。暑さがこもるアスファルトよりは土の上。日中、直射日光の当たる場所よりは木陰に止めておくこと。そして、何よりも効果が高いのは、「標高を上げる」ことです。標高が100m上がれば気温は0.6℃下がるといわれています。つまり、海抜0mで26℃の熱帯夜だったとしても、標高1000mならば気温は20℃になります。20℃ならば、十分に車内で寝られる気温です。
ただし、車中泊場所として平時は大丈夫であった場所でも、災害直後は危険が生じる場所も多々あります。くれぐれも場所選びは慎重に、安全第一で。少しでも危険を感じる場所の場合は、絶対に近づかないようにお願いします。
虫対策としては、車内に虫避けや虫刺されの薬を入れておくこと。毒を抽出するポイズンリムーバーといった応急器具なども準備しておきましょう。ブヨなどは水辺に多く棲息するので、夏場は河原や湖畔などを車中泊場所として避けることをおすすめします。
さらに夏場に限らない雨対策としては、悪天候時はそもそも水辺の近くで車中泊しないことが第一条件。車内に濡れものが溜まると、カビや悪臭の原因になるので防カビ、防菌の消臭スプレーは車内にあると重宝します。濡れもの用ボックス(もしくは袋)もあると便利。付け加えるならば、出入りするドア部分にすだれのように装着するレジャーシートや、長靴、そして大きめ傘なども準備しておきたいところです。
― 冬の車中泊の注意点をおしえてください。
メインとなる大きなポイントは、冷え込み、凍結、積雪の3点です。
冬の車中泊の注意点
- 冷え込み対策:窓からの冷気を遮断し、効果的な重ね着やカイロ、羽毛製品を活用
- 凍結対策:凍結しやすい場所での駐車を避け、靴用の滑り止め等を準備
- 積雪対策:悪天候時の夜間の運転を避ける
※積雪時のアイドリングは一酸化炭素中毒のおそれがあるので厳重注意!
まず冷え込み対策として考えておきたいのが、クルマの冷え込み対策と体の冷え込み対策の2点です。冷気の多くは窓から伝わってくるため、窓をすべて内張りすれば、大きな断熱効果が得られます。市販のシェードがベターですが、緊急時にはダンボールや梱包材(いわゆるプチプチ)、もしくは銀マット(厚さ5mm以上がベター)など、現場にあるものを活用して、できるだけ窓を塞いでください。
そして体の冷え込み対策。できるだけアウトドア関連の高機能ウエアがベターです。さらに重ね着を駆使して、保温対策を行うことをおすすめします。速乾性の高いアンダーに、フリースやウールなどのミドルウエア。さらにダウンや化繊の保温着を着れば、効果的に体を保温できるはずです。
次に凍結対策。ここではおもに走行時の凍結対策ではなく、車中泊時の凍結対策を紹介しましょう。もっとも注意すべきは、駐車した場所の路面が凍結している場合。深夜にトイレに行くときなど、不意に足を出して滑り、ケガをすることも少なくありません。まずは日中に水が流れている場所や水が溜まっている坂の下、さらには除雪した雪の山が近くにある場所は避けて駐車すること。
さらに靴に装着する簡易滑り止めなどを準備しておくといいでしょう。積雪時の除雪作業でも役立ちます。装着は手間でも小まめに行うように。ここで手を抜いて、転んで大ケガしては、被災時にさらに大変なことになります。注意点としては、山登りになどに使用する軽アイゼンはNG。爪が鋭すぎて、雪がない場所ではかえって歩きづらいからです。
冬の注意点の最後は積雪対策です。もっとも避けるべきは、積雪時の夜間運転。いくらスタッドレスやチェーンを装着していても、起こりうるリスクを100%回避できるわけではありません。とくに被災時、少しでも無用な事故を減らすためにも、積雪時の夜間運転は、できるかぎり避けるべきです。
そこで重要になってくるのが、積雪となる降雪が予想される前日。悪天候が予想される場合は、速やかに安全な場所に移動すること。この場合、車中泊にこだわることなく、危険を感じたら建物に避難することも視野にいれておきましょう。
― ほかに注意すべきポイントをおしえてください。
先にも書きましたが、基本はアイドリングストップではあります。しかしながら、車内で寝ていたら熱中症になるほどの暑さや、低体温症になるほどの寒さの場合は、迷わずエンジンオンにして、エアコンを使用すること。状況は緊迫している緊急時です。命よりも大切なマナーはありません。自分だけではなく、一緒に車中泊をしている子どもやお年寄りの体調も踏まえて、判断することが大切といえるでしょう。
ただし、積雪の可能性がある場合は、絶対に「エンジンオン」で車中泊を行うことは避けるようにしてください。マフラーを積もった雪が塞いでしまい、排気ガスが車内に逆流! 一酸化炭素中毒で最悪死に至る場合もあります。マフラー全体が塞がれなくても、中に雪が入って排気ができなければ、同じ状況になる可能性は高いです。
そもそも四季を問わず、「車中泊を行うことが危険」である場合は、被災時の車中泊避難は諦めて、短期間でもいいので建物などの避難所を使用すること。車中泊は万能ではありません。状況によっては「車中泊をしない」ことを決断することも大切です。
はじめての車中泊、その基本的なポイント
― はじめて車内で寝る場合の注意点を教えてください。
車内をできるだけ水平・フラットにすること、そしてシェードなどで窓をおおいプライバシーを守ること、この2点が非常に重要です。そのために、車中泊専門誌『カーネル』では「三種の神器」と呼んでいるマット、シェード(もしくはカーテン)、寝袋の3点を推奨しており、それらがあれば快適な車中泊に近づけることができます。
はじめての車中泊で注意すべき点
- 寝床のフラット化:体のリラックス
- プライバシーの確保:心のリラックス
三種の神器:マット、シェードもしくはカーテン、寝袋でより快適に
― 車内をフラットにする場合のコツなどはありますか?
まず駐車する場所が水平かどうかを確認しましょう。車内のシート上の段差はタオルやクッションなどで埋めたり、厚みのあるマットを使ったりすることで解消できます。完全にフラットにできない場合でも、エコノミークラス症候群を防ぐために、足は体と同じ高さになるように注意しましょう。
― プライバシーについてはどういう点を注意すべきでしょうか?
窓をおおう専用のシェードがあればベストです。ただ、タオルや毛布、銀マットなどの日用品でも代用可能です。季節に応じたもので対応しましょう。
人通りの多い場所を避けたり、耳栓やアイマスクもあると安心です。普段とまったく違う環境で、なおかつ災害避難という特殊な状況です。プライバシーと防犯対策の十分な確保がココロの余裕にもつながります。
エコノミークラス症候群とその予防策
― エコノミークラス症候群とはどんなものですか?
狭いシートなどに座ったまま、長時間、足を下にして同じ体勢で過ごすと、足の血液の流れが悪くなり、血管のなかに血栓ができることが発症する一因といわれています。呼吸困難が主な症状で、初期段階では、下肢の赤身、腫れ、むくみ、だるさなどの症状も出ます。
― 予防法を教えてください。
車中泊におけるエコノミークラス症候群の予防法としては、大きくわけて3点あります。
エコノミークラス症候群の予防
- できるだけ足を上げて心臓と同じ高さにして寝る。就寝時の体勢も適宜変更。
- 適度な運動や足のマッサージ、定期的な足の曲げ伸ばし。
- 適度な水分補給も大切。夜間もできれば車内に水分を保管。
※ふくらはぎの働きを助けるサポートソックスの着用も有効
まずは就寝時および車内生活での姿勢です。長時間、狭い車内で同じ態勢で過ごさないこと。さらに、就寝時に体はできるだけ水平に! 足は心臓の位置と同じくらいの高さになるような姿勢を意識してください。寝返りなど、体勢を適宜変えることも重要です。長時間、足を曲げて下にして寝ると、血液の流れが悪くなり、ふくはぎに血栓ができる原因になります。
次に、運動やマッサージを小まめにすることも大切です。とくにふくらはぎの血液の循環を促進させるため、歩行やラジオ体操などが効果的。被災時は、とくに気持ちが沈みがちです。外に出て、散歩や体操を行って少しでも気分転換になれば、心身ともにプラスになるはず。とはいえ、クルマからなかなか出られない人も多いかと思います。そんなときは、車内でできる足首&膝の曲げ伸ばしや、足の指を広げたり曲げたりする足指ジャンケンだけでも、血液の循環を助けます。とにかく固まった筋肉をほぐすことを心掛けてほしいです。
そして、定期的な水分補給も忘れずに。被災時、とくに女性はトイレがないと水分補給を減らしてしまいがちです。水分が足りなくなると、血液の中が脱水症状となり、血栓ができやすくなります。事前に、水は多めに積んでおきたいところです。夜間でも、手軽に水分補給できるようにしておくこと。
さらに、最近ではエコノミークラス症候群を予防するためのサポートソックスも販売されています。これは、ふくらはぎを加圧する靴下で、その効果は大学病院などで実証されています。緊急時の車中泊アイテムとしてクルマに積んでおけば、大きな予防策となるはずです。
また、ここで紹介していることは、「車中泊避難」に限ったことではありません。被災時に狭い避難スペースで過ごした場合にも当てはまることです。「車中泊避難はしないから大丈夫」ではなく、エコノミークラス症候群の予防として、ぜひとも覚えておいてほしいところです。
さいごに
― さいごに車中泊をしたことがない方に向けて一言お願いします!
「車中泊避難」と聞くと、どうしても「ただ寝るだけでしょ」と短絡的に考える人と、逆に「なんだかとっても大変そう」と重々しく感じてしまう人のように、極端に分かれることが多いように感じています。しかし重要なのはその中間で、「ただ寝るだけ」でもなく「大変」でもなく……。まずは気軽に平時から車中泊にチャレンジしていただき、自分にとって必要と思えるアイテムや知識をしっかりと準備してもらうことが、「車中泊避難」のポイントになるかと思います。
クルマは緊急時にとても心強いベース基地になります。そのベース基地をさらに活かすのが、車中泊であり、車中泊を行うためのアイテムと知識です。それを少しでも今回の記事で感じてもらえれば、とてもうれしく思います。
※1 本記事を参考にされる場合は、自己責任にもとづいたご判断のうえ行ってください。
※2 本記事に掲載された情報は、記事公開時点のものです。