吉田 匠の『スポーツ&クラシックカー研究所』Vol.14 アルピーヌA110という名のフランス製スポーツカー(前編)
モータージャーナリストの吉田 匠が、古今東西のスポーツカーとクラシックカーについて解説する人気連載コラム。第9回目はフランス製スポーツカーの「アルピーヌA110」を大特集。3回に分けてお届けする。初回はA110のヒストリーを振り返る。
ジャン・レデレという男
スポーツカーの生産国というと、イタリアやイギリスやドイツ、それに日本を思い出すが、実はフランスにも素晴らしいスポーツカーが存在する。ルノー傘下のアルピーヌが生み出すA110というクルマだ。全長4.2mほどの比較的小柄なボディのミドシップに1.8リッター4気筒ターボエンジンを横置きして後輪を駆動する、英語流に言うとミドエンジン方式のレイアウトを持った、本格的なスポーツカーだ。
フランス大西洋岸の港町ディエップ、そこにあったルノーディーラーの息子に生まれたジャン・レデレという男が、アルピーヌの生みの親だ。レデレは自動車屋の息子に相応しくクルマ好きに育ち、第二次大戦直後のルノーの主力モデル、750ccリアエンジンの4CVという小さな4ドアセダンに乗ってレースやラリーに参戦していたが、やがて彼はある閃きを得る。このルノー4CVに軽くて低く空力的なボディを組み合わせれば、理想的な小型スポーツカーが誕生する、と。
しかもその頃ルノー4CVには、エンジンをハイパワーにチューンし、標準では3段のギアボックスを5段に換えたレース用のベース仕様、「1063」というモデルが存在したから、それをベースに使えば高性能な小型スポーツカーを生み出せる。レデレはそれを実行に移し、1955年秋に初の市販型アルピーヌとして登場させたのが、4CVに軽量で背の低いプラスチック樹脂=FRP製のボディを組み合わせた2座クーペ、A106だった。
ポルシェを破りモンテ初優勝
アルピーヌという名は、フランス語で「アルプスの」という意味で、アルプス山中のワインディングロードを軽快に素早く走り回り、ラリーで優勝できるようなスポーツカーに憧れた、レデレの想いを存分に込めた車名だった。
やがてルノー4CVが次期モデルのドーフィンにモデルチェンジすると、それをベースにしたアルピーヌも、A106より洗練されたボディを持つA108に発展する。さらに1962年にドーフィンがルノー8、別名R8に換わると、その翌年の63年、A108も基本的なスタイリングは変えぬまま、一段と高性能で洗練されたA110に発展する。
A110は1100cc、1300cc、1600cc、1800ccとエンジンのバリエーションを増やしながら高性能化していき、ついに1971年、それまで3年連続優勝していたポルシェを破って、自国開催のモンテカルロラリーで念願の初優勝を果たす。
こうして初代アルピーヌA110は、アルプスを素早く駆け巡ってラリーに勝つという、ジャン・レデレの夢を実現したのだった。その後アルピーヌは、A310,V6,A610とモデルチェンジして大型化していき、1995年のA610ターボを最後に市場から姿を消す。
そのアルピーヌとA110の名が復活したのは、2017年のことだった……。<中編へと続く>