なぜ「シトロエン AMI(アミ)」はパリで人気者に? フランス車らしさ満点の超小型EVの魅力とは。
シトロエンのマイクロEV、AMI(アミ)がいまパリっ子たちの間で人気だ。小さくて遅いのがむしろ心地よい!? 市民に愛される理由はどこにあるのか? モータージャーナリストの塩見 智が現地で試乗。レポートをお届けする。
小さくて変顔でカワイイのだ!
2022年4月末、2年とちょっとぶりの海外出張へ出かけた。目的地はフランスとイタリア。両国ともに一時期はコロナウィルスが猛威をふるったが、現在はどちらも日常を取り戻す政策を取り入れていて、ほとんどの国民がマスクなしの生活に戻っていた。郷に入っては……というわけで私も滞在中は公共交通機関に乗っている間を除いてマスクなしで過ごした。これが快適で快適で。帰国後しばらくして我が国でも外にいる間はマスクを外してOKということになったが、まだ多くの国民がマスクのまま。そろそろ外したい人が気兼ねなく外せる世の中になってほしい。
いきなり話がそれたが、出張の目的はステランティス各ブランドのPHVモデルを中心としたニューモデルに試乗すること。ステランティスは取材の目玉というか隠し玉として、日本導入予定のないマイクロEV、シトロエンAMIにも試乗させてくれた。写真を見ていただければわかっていただけると思うが、これが小さくて変顔でカワイイのだ。パリ郊外のポワシーという工業都市にあるステランティス(元々はプジョー)の工場敷地内を試乗した。
AMIは2020年に登場したマイクロEVで、扱いは乗用車ではなくEUにおける四輪原付自転車(フランスでは14歳から免許取得可能)。フランス国内では売れ行き好調とのことで、実際、パリでもちらほら見かけた。名物のバンパー・トゥ・バンパーの縦列駐車の列に点在していた。
パリは密集した街で幹線道路は広いが、路地に入ると東京と変わらぬ狭さの区間も多い。両側の道路脇には駐車車両がびっしりなので、大きいクルマで運転するのはなかなか緊張する。だから市民は昔からマイクロカーが好きだ。縦列駐車の中にスマート・フォーツーだけ90度異なる角度で駐車している光景もよく見かける。数年前までリジェをはじめいくつかのマイクロカーがたくさん走っていたが、そのうちのいくらかがAMIに置き換わっているのだろう。
フランスらしい割り切り方
AMIのサイズは全長2410mm、全幅1390mm、全高1525mm、ホイールベース1728mm。スマート・フォーツーよりもひとまわり、いやふたまわり小さい。最高出力6kWのモーターで前輪を駆動する。バッテリーの総電力量は5.5kWh。それでも車両重量が450kg程度しかないので、一度の充電で約70km走行することができるという。最高速度は45km/hに制限されている。しかしそもそも四輪原付は高速道路を走行できないので問題ない。
強化プラスティックのボディ外板は未塗装。全車この淡いブルーだ。左ハンドルで、運転席側は後ろヒンジの前開き、助手席側は前ヒンジのドアが備わる。左右のドアを共通化することでコストを削減しているのだ。実にフランスらしい割り切り方ではないか。左右ウインドウは下半分を折り返すようにして開けられる。往年のシトロエン2CVを思わせる。
車内はほとんどすべてプラスティック素材で構成されている。左右シートの座面と背もたれ部分に申し訳程度のクッションが配置されている。シート裏面を見ると鉄骨がむき出し。荷室はないが、助手席足元にスーツケースを置くのに適した形状の大きな空間が設けられる。ストッパーや固定バンドなどは見当たらなかったが、加速時に飛び出してこないよう助手席の人が足で押さえておくのだろうか? 車内空間は最小限。ただし前後左右のウインドウやグラスルーフが大きいので閉塞感はない。簡素でプラスティッキーな車内にいると非日常的で、不思議なことに気分が上がる。
AMIの可能性
キーを捻って始動し、運転席の座面左側(ドア側)に配置されたATセレクターでDを選んでスタート。広い直線でアクセルペダルを深く踏み込んでみたが、過去に経験したEV史上もっともマイルドな加速を見せたので、思わず笑ってしまった。最高速は45km/hと聞いていたので、そこまでは勢いよく加速し、リミッターによって45km/hに制限されているのだろうと予想していたが、なかなか40km/hを超えない。要するにめちゃくちゃ遅いのだ! 45km/hあたりが実力としての最高速なのかもしれない。ま、高速道路を使わないコミューターなので、40km/h程度出れば十分という考え方なのだろう。
動力性能が動力性能なので、ハンドリングについて注文はないが、ステアリングを切れば切ったなりに曲がる。ステアリングのギア比は相当にスローだった。前後左右に小さく、相対的に車高が高いので、いかに低重心のEVといえども横転が心配なのだろう。
パワーが限られており、キビキビとしたハンドリングも持ち合わせていないが、そんなことは関係なく、走らせていてとても楽しい。自分ともうひとりを運ぶのに一切無駄のないパッケージからは潔さが感じられ、道具として満足感が高い。もしも日本メーカーがドアの開き方が左右で異なり、駅のベンチのようなシートのクルマを世に問うたら日本人が受け入れるだろうか。
こういう割り切ったモビリティを実現するフランスの国民性や寛容度が羨ましい。価格は6000ユーロ〜。1ユーロ137円とすると82万2000円〜。ただし買い切って所有する人は少なく、各種シェアリングサービスで利用した分だけコストを負担するケースが多いと思われる。
進む高齢化、国としてカーボンニュートラルを目指す姿勢、そして自動化など、我々が速度の低下を受け入れれば、実現や進化の可能性が高まるものが増えているように思える。AMIのようなソリューションは、例えば現在のセニアカー以上、クルマ未満のほどよい速度のモビリティとして日本でも大きな可能性を秘めているのではないだろうか。