真夏の過酷なレースからドライバーを守れ! レース運営を支える専属医療スタッフたちのもうひとつの闘い(前編)
過酷な暑さの中で開催されたSUPER GT 第4戦。熱戦が繰り広げられたツインリンクもてぎのサーキットには、300kmを走り抜くためドライバーたちを陰で支える医療のスペシャリストたちがいた。レース全体の医療を管理し、運営を医師(メディカルデリゲートという)の立場から支える山口孝治氏に、ドライバー達の熱中症予防と対策を伺った。
なぜひとは熱中症になるのか?
「かつてのレーシングドライバーは『オレのクルマは車内のフロアで卵焼きができる』なんて自慢していたそうです。いまは、さすがにそこまではひどくないようですが、かなり暑いことには変わりありません」
SUPER GTのレース運営を医師の立場から支える山口孝治メディカルデリゲート(以下、山口MD)は、車内の温度が50℃を越すこともある真夏のレースの過酷さをそう表現する。そのような暑い環境に長時間いれば熱中症にかかるのは当然のことだが、そもそもなぜ人間は熱中症になるのか? 熱中症のメカニズムを、まずは山口MDに解説してもらった。
「私たち人間は、体温をコントロールするための機能をいくつか持っています。たとえば汗をかくとか、脈や呼吸を速くして体温を下げるという生理的な働きが人間には備わっているのです。ところが、周囲の温度が体温よりも高くなると、こういった働きが十分に機能しなくなって体温をコントロールできなくなります。そうなる前に水分をとるなどして体温を下げないと、熱中症を発症することになります」
体温が正常値を大きく上回ると内臓の機能などが低下し、最終的には死に至ることもある。これが熱中症の恐ろしさだが、SUPER GTなどのレースでは、どのようにしてドライバーが熱中症に陥るのを防いでいるのだろうか?
真夏のレースではクールスーツが必須
かつて真夏のレースではドライバーの身体を氷水で冷やすクールスーツという装備を用いるのが一般的だった。これは車内に据え付けたクーラーボックスのなかに氷水を蓄えておき、これとドライバーが着用する特別なベストをパイプで連結。クールスーツ用の電動ポンプを働かせることで氷水を循環させ、特製ベストを介して上半身を冷却していたのである。
このクールスーツは、簡便な装置でドライバーの身体を直接冷やすことができるので、現在でも広く活用されているが、やっかいなのは、しばしば電動ポンプなどが故障して冷却効果がダウンしてしまう点にあった。
「SUPER GTでは、タイやマレーシアのような赤道直下の国に遠征することもあれば、かつては真夏の鈴鹿サーキットで1000kmの長時間レースを行うこともありました。そんなときには、かなりの確率で熱中症にかかるドライバーがいました。その原因はクールスーツの故障がほとんど。しかも、ドライバーはクールスーツが壊れても無理して走り続けるから熱中症になってしまう。もちろん、チームのために最後まで走りきりたいという気持ちはわからなくもありませんが、やはりクールスーツが壊れてもガマンするというのはよくありません。さすがに最近は減ってきましたが、2、3年前まではこうしたトラブルがよくありましたね」
クールスーツのトラブルはもちろん避けなければならないが、仮にドライバーの身体を冷やす装置が正常に働いていたとしても、真夏のレース前に気をつけるべきことは少なからずあると山口MDは指摘する。
「レーシングドライバーはまず第一に激しいスポーツをするアスリートですから、毎日規則正しい生活をしなければなりません。そのうえで、真夏のレースでは暑熱順化といって、暑い環境に身体を慣らす準備をする必要があります。そのためには、自分が走る順番がくるまでエアコンが効いた涼しい部屋に閉じこもっているのではなく、屋外などのように多少温かいところにいて暑さに身体を慣らしておかなければいけません。さらにいえば、夏がやってくる前から身体を暑さに慣らさせておくことも大切です」
暑くても根性で走る!はもう過去の話
年間を通じてSUPER GTシリーズに帯同する山口MDは、熱中症だけに限らず、健康に関するドライバーの意識を高めるため、さまざまな啓発活動を行っているという。
「例年、シーズン開幕前に岡山国際サーキットで公式テストが行われますが、そのときは熱中症、脳震盪、外傷という3本柱でドライバーに講義をしています。いまは新型コロナウイルス感染症の影響があるのでYouTubeで配信していますが、そういう講義を受講することがSUPER GTに参戦する条件のひとつにもなっています」
山口MDの努力もあって、最近は熱中症に苦しむドライバーの数は減っているようだ。
「そうですね、症例は確実に減っていますね」と山口MD。「最近はエアコンを装着したレーシングカーも増えるなど、周辺の環境が整ってきたことも理由のひとつですが、ドライバーの意識も大きく変わってきました。昔は『暑かろうとなんだろうと根性で走る』みたいなタイプが少なくなかったんですが、最近は教育が行き届いているのか、若いドライバーのなかには科学的なアプローチを好む人が増えているように思います」
真夏に熱いレースを繰り広げるためにも、まずはドライバーをしっかり冷やすことが肝要のようだ。