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最終更新日:2021.08.30 公開日:2021.08.30

真夏の過酷なレースからドライバーを守れ! 運営を支える医療スタッフたちのもうひとつの闘い(後編)

医療部門の統括責任者としてSUPER GTの運営に携わるメディカルデリゲートの山口孝治氏。メディカルデリゲートとはいったいどのような仕事なのだろうか。医療従事者の立場からモータースポーツをサポートする山口氏に、現職に就くきっかけからサーキット場での新型コロナウイルス対策などを伺った。

文=大谷達也
取材協力=GTA

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きっかけは自身が参加していたワンメイクレース

 医療部門の統括責任者としてSUPER GTの運営に携わるメディカルデリゲートの山口孝治氏(以下、山口MD)は、現在、山梨県のとある病院で院長を務める外科医でもある。そんな山口MDが現職につくきっかけとはいかなるものだったのか? 山口MDご本人に語ってもらった。

山口孝治メディカルデリゲート

「僕が30歳だったときにフォルクスワーゲン・ゴルフのワンメイクレースに出場していましたが、その当時のご縁で富士スピードウェイのメディカルセンターのお手伝いをするようになりました。そうした関係からGTアソシエイション(GTA)の歴代MDである高橋先生や三浦先生とも親しくお付き合いさせていただくようになり、2001年ころからSUPER GTの前身である全日本GT選手権のメディカル担当をスポットでお手伝いするようになりました。その後、三浦先生が退任されることになり、『それじゃ次はお願いします』というお話しになって、SUPER GTのMDを引き受けることになりました。たしか8年前のことです」

 つまり、山口MDがモータースポーツ医療に関わるようになってからすでに20年が経過しているわけだが、当時の日本の状況は、諸外国に比べて大きく立ち後れていたという。

「いまSUPER GTで用いているメディカル系のマニュアルを私が作り始めたのが2002年ごろのことです。当時の私は主に外傷学の立場から医療プロトコルなどを策定していましたが、まだまだ国内には知見が少なく、海外から輸入した情報をもとにしてモータースポーツの事故における対応を検討していました」

 かつて、モータースポーツの現場で事故が発生したときは、各サーキットのメディカルセンターが中心になってけが人の治療などを行っていた。この場合、サーキットで受けられる医療レベルはサーキットごとでまちまちとなる恐れがあった。こうした状況に、山口MDは次第に疑問を覚えるようになったという。

「SUPER GTは各地のサーキットを転戦するレースシリーズです。たとえばあるサーキットではドクターヘリが待機しているのに別のサーキットではドクターヘリの用意がないといったことになると、ドライバーとしては安心してレースを戦うのが難しくなってきます。そこでSUPER GTを開催する各サーキットの医療体制を標準化させるべく、いま努力を続けているところです。実際に着手すると、これは本当に大変な仕事であることがわかりましたが、関係する皆さんにご協力いただきながら、少しずつ体制を整えているところです」

SUPER GTは日本だけでなく海外でも開催される(2021年度は新型コロナウイルス感染症拡大の影響により国内のみで開催)

新型コロナウイルス感染症対策

 そんな山口MDがいま取り組んでいるもうひとつのテーマが、新型コロナウイルス感染症の対策である。SUPER GTの関係者は、チームメンバーや報道陣も含めると2000名近くになるが、山口MDはそのひとりひとりの健康状態に目を光らせ、「レースの現場で感染症を広めない」ことを目指して最大限の努力を続けている。

ツインリンクもてぎの北ゲート。検温やアルコール消毒など念入りな対策を徹底していた

「私は、新型コロナウイルス感染症対策はゼロか1の世界だと考えています」と山口MD。これは、いったい何を意味しているのだろうか? 「なかには『感染率は0.01%のオーダーまでしか下げられない』と考える人もいます。ときには『それ以上、感染率を下げようとしても意味がない』とも言われます。ただし、もしもひとりでも感染者がサーキットに入ってきて、誰かを感染させたら、それは0.1%とか0.01%ではなく、100%と同じことなのだと私は捉えています」

 こうした山口MDの厳しい姿勢は、以下のような考え方に基づいている。

「約2000名のSUPER GTの各大会でサーキットに来場するレース関係者のうち、感染者がひとり混じっていたら、その比率はおよそ0.05%です。今年は毎戦、事前のPCR検査を関係者の全員に義務づけていますが、だいたい1戦あたりひとりくらいは陽性者が見つかっています。その方には、申し訳ないけれどサーキットへの来場をお断りする。おかげで、これまでのところサーキットで感染したという事例は見つかっていません」

 では、もしも感染者の来場を見逃し、サーキット内で感染が広まったらどうなるだろうか?

「レースが開催されるサーキット自体は広大ですが、関係者が集まっているパドックやピットは意外と狭いものです。ですから、万一、感染者の入場をひとりでも見逃し、そこでクラスターが発生したら、今季のSUPER GTはそこで終わりでしょう。そのくらいの覚悟で対策を行っているからこそ、ここまでサーキットでの感染拡大を防ぐことができたのだと考えています」

パドックやピットにはメカニックだけでなく関係者も集まる (写真提供=GTA)

モータースポーツの社会的認知度向上のために

 事故時の対応であろうと新型コロナウイルス感染症の感染防止策であろうと、山口MDの姿勢は一貫している。それをひと言で言うなら「科学的アプローチで常に最善を尽くす」となるだろう。なぜ、山口MDはここまで献身的な努力を続けているのだろうか? その根底にある思いを訊いた。

「残念ながら日本におけるモータースポーツの社会的認知度は決して高くありません。これをしっかり認めていただくためにも、精神論だけで語られるかつてのモータースポーツから脱却しなければいけません。そのためには科学的アプローチが欠かせないと考えています」

 医療従事者の立場からモータースポーツの社会的地位向上を目指す。山口MDの活動は、このひと言に集約されるといっても過言ではないだろう。

「最近はドライバーの意識も大きく変わってきました」と山口MD。  (写真提供=GTA)

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